富士子編 61 男たち
シート61 男たち
玄関から出ると、私に向かってイギリス男が進み出ようとした。それを視線一つで制した宗弥に、踏み出しかけていた足を止めたイギリス男が頷く。宗弥がイギリス男と大男に歩みよって3人は円陣を組み話し始めた。
その意思疎通はごくごく簡素で、仕草一つで互いの意を汲んでいる。その有り様に富士子は信頼と結束の深さを知った。
私の知らない宗弥がいる。
宗弥のもう1つの世界は私を拒絶した。
宗弥はほとんど声にならない声で「チャンス、ミニを駐車場に戻しといてくれないか」と言い、「ファイター、あのホテルに富士子と入る。俺と来てほしい。いいかな?」と言った。
「わかった」と言ったファイターは広い歩幅で歩き出し、ローバーの運転席ドアを開ける。
その背を見送っていた宗弥はチャンスに視線を向け「俺の戻りは明日の夕方くらいだ。トーキーに定時連絡入れる。今お前が見聞きした事を要に報告してくれ。ああ、それからミニのガソリンが残り少ない、入れといてもらえるか」と言い、「はい」と言ったチャンスに、「なんか・・すまん。俺、勝手ばっか言って」とこぼした宗弥の視線が落ちる。
チャンスは「自分もあとで合流しましょうか?」と聞いた。「いや、男3人に女1人じゃ返って目立つ。ありがとな、チャンス。それから、、、要に付いててくれ。やり合った」と宗弥から聞いたチャンスが額を硬くして「二人とも怪我は無いですか?」と聞くと、「殺されるかと思ったよ」と宗弥が笑う。
振り返った宗弥は富士子を窺い見る。そして「大丈夫か?」と気遣い、富士子は泣き腫らした顔でかすかに頷く。
富士子の赤い目を見た宗弥はやり切れず、踏みしめるようにして歩きだし、ローバーのドアノブに左手をザアッと乱暴にあてて鍵を解除するとドアを開けた。「富士子、乗れ」と押し殺した声で促し、緩慢な動作で車に乗車する富士子の左肘を右手で支えた。
宗弥は富士子の後を追うように乗り、富士子の隣にいつもよりも距離を空けて座る。ファイターはバックミラーで2人の乗車を確認していた。チャンスは車道中央に出て周辺を警戒する。
白い月と深海のような静寂の中を、ローバーはスタートした。
両膝に両肘を付いた宗弥は、組んだ両手に顎をのせて富士子を見ていた。視線を感じた富士子は宗弥に顔を向ける。宗弥は目の縁を深紅に染め、白目には幾重にも細く、赤き血管が走り、頬はコケ、唇はガサ付いていた。散々たる風貌だった。
その顔を見て、責任を感じる。
宗弥が小さく、笑いかけてきた。
微笑みを返す。私は笑えているのだろうか。
わからない。もう、自分の事はどうでもいい。
「あの喫茶店で何をしているのか、教えて」富士子の声は枯れていた。「規定上、話せないんだ」 と答えた宗弥に、富士子は「規定て何?」と言い返す。宗弥は「知らなくていいこと」と言って運転しているファイターをバックミラー越しに見た。
ファイターも宗弥を見ていたが、ファイターからはなんのアイコンタクトはなく、宗弥は視線を富士子に戻す。鏡越しに富士子と目が合ったファイターがスゥーッと視線を前に戻した。ファイターの勘は宗弥が取った行動にしっくりとしない。チームが護る金庫室にいた方が、富士子はどこよりも安全だ。と、ファイターは考えていた。
2人の視線でのやりとりが癇に障った富士子は八つ当たりだと、保護を受けている身だと、的外れだと、わかっていながらもやめられず「あなた達、自分が何をしてるかも説明できないなんて! どうかしてる!」と苛立つ口調で言い放ち、その言い草を「富士子、そんな風に言うな」宗弥はアクセントの無い声でたしなめた。
どうにもしょうがなく、虚しく、何もかもが青天の霹靂で、胸が潰れる思いをどうすることも出来ず、宗弥から顔を背けた富士子は車窓越しの景色を見ながら「どうも、申し訳ございませんでした」至極つむじの曲がった言い方をする。
幼馴染の宗弥を遠く感じ、運転席の男といい、道に出て車を見送った男も、渾身の力で頬を打った男は一段と、この男性たちは戒律にも似たルールの内に自己を秘め、内密を美徳とし、帰属意識は極めて高く、私はついて行けず、わからずで、置いてけぼりで何一つ、立ち入れない。
流れ、ぼやける風景を富士子はおぼろげに見ながら、頬を打った男が自分に刻んだ言葉を思い出す。
液体デイバイスの暗黒面・・気づかなかった。考えた事もなかった。悪魔のような用途が・・そんな道があったなんて・・・・私は・・良い事をしていると自負し、自己陶酔の研究開発に没頭していた。
恥ずべき、厚かましさだ。
私は、今まで、何をしていたのだろう。
意味のない、無駄な事に時間を費やしていたと考えれば・・・やり切れない。
これまでの人生が……。
現実味のない自失が、世界と私を途絶する。
小さな繭に入っているみたいだ。
ここから、出たくない。
一生、このままでいい。
富士子は、精魂尽き果てた。




