富士子編 6 参道
シーン6 参道
石段の手前で俺は要に目配せする。同じことを考えていたらしい要が頷く。さすが俺のバディ 。満足した俺は両手を高らかに打った。
タン・タァ・タン・タン・と小気味良いテンポで3度、両手を打ち鳴らしながら「男は黙って」と大きな声で言い、要が「痩せ我慢!」と引き継ぐ。以心伝心の俺の親友は流石だ。誇らしさに俺は胸を張る。
痩せ我慢⁈何?何してんの⁈2人で何しようとしてるのーーー⁈ 富士子の視線は要と宗弥を見るのに忙しい。宗弥が「はっ!」と覇気のある声を発し、2人はそれぞれに精度の高い回れ右・左をすると、互いの両手首を握りあって大きな腕輪を作った。
その輪に高低差をつけた要は、呆気に取られて目を丸くして見ている富士子に「綺麗なお姉さん、お座りください」とおごそかな口調で言った。「座る ⁈」尾長さんに聞き返す。「僕らにお任せを綺麗なお姉さん。その足じゃあ、この急勾配な石段を下るのは無理です。転げ落ちたら首の骨が折れます。僕たちは負傷者を運ぶ訓練も受けています。お任せを」と言うなり、渋顔で要を睨んでいる宗弥との腕輪で、要は富士子の身体をすくい上げた。
2人は足並みを揃えて長い石段をやすやすと下り始め、宗弥は「富士子、上半身をふらつかせるな。俺たちの肩に腕を回せ」と命令口調で言った。
私は背筋を伸ばして「はい」と返す。戸惑いつつも、2人の肩に片腕ずつ預けた。尾長さんとの距離が近い。横顔の凛々しさが私の胸をトクンと打つ。それを合図に私は『えっと!私、今、尾長さんの腕に乗ってるのよね』と気づき、今!今なの!遅いでしょ、もう!!慌てて作った笑顔を宗弥に向け「ねぇ、息があってるけど、いつも2人でこんな事ばかりしてんの?」とごまかす為に聞く。早口になった。
尾長さんが「困っている人、助けを求めている人、懸命に生きている人を、僕らは護ってます」と答えた。「私は 、どれにも当てはまって無いです」と即答する。
宗弥が私をチラリと見て「特例がある」と言って、意味ありげに右眉を上げた。宗弥の顔を覗き込んで「特例って⁈」と聞いた瞬間、「綺麗なお姉さんを守ることです」と尾長さんが答えた。顔を忙しく左右に振っていた私の脳裏に、冗談?茶化し?ノリ?と浮かぶ。尾長さんの横顔に視線を注ぐ。尾長さんは実直な眼差しで前を見ていた。
野生美と誠実。相対する印象の尾長さんは、不思議な人だ。
素直さに欠ける私は「そう思って頂けるなんて、光栄です」気取った口調を強調する。宗弥が「なんだよ富士子。他所行きの声出して研究所かよ」と笑い出す。つられて、私も笑う。確かにそうだ、他所行きだった。今度は「光栄ーでーすーー!」中学生みたいに空を上げて言った。スッキリした。尾長さんが声を上げて笑い出す。毎年、帰り道で感じる憂鬱さは、今私のどこにもない。
青空までもが、優しい。
足元をそっと見る。ハイヒールが規則正しく揺れている。今日、このハイヒールを選んで来て良かった。