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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
57/92

富士子編  57 時として



  シーン57 時として



 映画館への専用通路は、円柱が横たわっているような構造になっていた。壁一面がホワイトクリアファイルに似た素材で近未来的な光沢があった。同じ素材の床は長方形の板が、円柱に通してあるように見える設計だ。



 床の両サイドには20センチほどのみぞがあり、その溝からエメラルドブルーのライトが等間隔とうかんかくに丸い天井をはかなげに照らし、幻想的な雰囲気を作り出してもいる。



 ラフマニノフピアノ協奏曲2番8短調が、富士子と要しかいない通路に流れていた。



 要の左隣りを富士子はゆっくりと歩く。不穏な音階も今の富士子には心地よく、要の横顔を見上げた富士子は「ご馳走さまでした。あのチョコレートケーキのファンになりました」月光の光彩こうさいのようなおぼろげさで囁く。



 私の心はいでいる。何もかも頑張る必要は無く。この男性ひとの隣にいるのが当たり前で、遠い昔からそうだったような気さえして来て心地いい。



 立ち止まった要はすべらかに動き、富士子に向き直る。同刻どうこく、時を知らせるかのように要のコンバースの靴底がキュと耳障りな音を立てた。一瞬、目を見開いた要はひそかに息をのむ。どんな時も足音など立てない。僕はそう訓練されている。

 


 断ち切ったはずだと警告したのか。

 これからの不穏を予感したのか。

  引き返せないと鳴いたのか。

  


  つま先を見る。



 神は僕の逸脱いつだつに気づいたか……。

 Let all that you do be done in love.

(何事も愛情を持ってやりなさい)



そう、勝手な考えだった。ここから連れて逃げるわけにはいかない。僕は…進む…と……決めた。



 富士子は暗い目でうつむいた要が気になり「どうしました?」と聞く。顔を上げ、富士子の不安を見た要はふと、口元に笑みを浮かべ「綺麗なお姉さんがファンだなんて、ケーキに嫉妬してました」ツルリと嘘をつく。



 要の笑顔はあまりにも、富士子に未来を感じさせる笑顔で、あふれでる笑みをたたえた富士子が「また、一緒に来ましょう」と言った。



 なんと返事を返せばいい。涙があふれそうになった。スマホが鳴って救われる。富士子から顔を背けて左腕を後ろポケットに回してスマホを取り出す。左手の親指でON表示をスライドさせ、 左耳に持ってゆき「尾長。そうか。わかった」推察通りの行動に出たな、サラマンダー。



 振り返った要は富士子を見たまま「完了したか。今、ハイアットホテル内。了解。 向かう」と言ってスマホを下ろし、富士子を見つめたまま親指でOFFにした。



 口元を引き締めた要は「緊急招集が掛かりました。行かなければなりません。あなたをタクシー乗り場まで送ります。すみません」と言い、富士子は「気にしないで下さい。お気をつけていらしてください」咄嗟とっさにそう言ったが、残念さの宿る声になった。いけない。仕事に行く人の気持ちを乱してはいけない。



 要は笑みを浮かべ、その笑みに哀情を感じた富士子は指先をそろえた右手を右のこめかみにあて「いってらっしゃい」少年のような言い方をする。要の背中を押すつもりで明るく振る舞う。



 返礼を返した要は「行って参ります」パリッと返す。



 2人は来た道を折り返した。





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