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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  53 父の勝手


   シーン53 父の勝手



 深緑色のスプリングコートを羽織はおった富士子が病室のドアをノックする。



 室内からの返事は無く、イギリス奇兵隊を思わせる警備員の小淵沢は、富士子の横顔をチラリと見て「会長と浮子様が、室内にいらっしゃいます」と鉄背を崩さず、前を見たまま言った。「あっ、ありがとうございます」会釈した富士子が入室すると、開いた大型トランク5つが部屋のあちこちに散らばっていた。



 どういう事??何も聞かされていない。



 ベットサイドに座り、スマホを左耳にあてていた国男が、富士子を見た視線を浮子へと向ける。ドアに背を向けてチェアーに座り、パジャマを畳んでいる浮子はその視線にも富士子にも気づかず、国男は「浮子」と小声で呼ぶ。「はい」手を止めた浮子が国男を見た。国男は浮子を捕らえた目をドアに向け、その目線を辿たどった浮子は富士子に気づき「お疲れ様です。お嬢様」と言うや、パジャマを隣の椅子に置いて立ち上がり、富士子の元へと急ぐ。



 何かが変だと富士子の勘が言う。富士子のそばに立った浮子は右手を口元にえてつま先立ちになり、富士子は身をががめ、浮子が耳元でささやく。「お嬢様、旦那様が先ほど急に療養をねて明日の朝、軽井沢に行くとおっしゃいまして。旦那様はお嬢様とわたくしも、同行すると決めておいでです。今、その準備をしております。樽太郎様からのちほどここにいらっしゃると、ご連絡がありました」と言った。



 なんの相談もなく、勝手にそう決めたと怒りを覚えた富士子は、父をジロリと見る。国男は富士子の怒りを嗅ぎ取り、電話相手に「一旦、お電話を切らせてください」と告げ、電源をOFFにしたスマホを枕の上に投げるようにしておき、自分が腰掛けているベットの右横をトントンと右手で叩く。



 その仕草を見た富士子の眉間にVの字の深く険しいシワがよる。それを見た国男が「富士子」と静かな声で名を呼び、同じ所をまたトントンと叩く。



 富士子は、静かなため息を付く。

 自分の意思をゆずらないと決めている時に、父が見せる仕草だった。



 国男から左横にスーーっと視線を外した富士子は、ドアから2つ目のチェアーに左肩から下ろした書類鞄とトートバッグをおき、脱いだスプリングコートの肩を合わせて畳み、トートバックに必要以上に時間を掛けて入れた。そして静かに、左隣にあるチェアーを父の正面に持っていくと腰掛けた。



 その様子を見ていた浮子が表情を硬くして「旦那様、隣部屋の片付けをして参ります」と言い、国男の返事を待たず、急ぎ足で隣部屋と退しりぞいた。その姿を見送った富士子は、こんな時こそ側にいてほしいのにと思う。



 富士子は浮子に歯がゆさを抱く。幼い頃から浮子は父のこの仕草を目にすると、私をひとり父の前に残してどこかへ行ってしまう。そう考えれば今冷めた心が、急転直下の急速冷凍でカチカチに凍った。浮子への不信が怒りに変わる。



 富士子は幼女の頃から浮子が居なくなると、不安から国男にいどむ気持ちになるのがつねで、今日も浮子を見送った富士子は口を真一文字にして父を見上げた。富士子の心の宮殿に住む心の友ブルーは体育座りをして、震える手で顔をおおい『ふじちゃん・・』と不安げに話しかけて来た。富士子は『心配しないで』と念ずる。



 父の目からあらそうなとでも書いてあるかのような視線が飛んで、沈黙をいる矢となって富士子をる。富士子は押し黙って目を伏せた。国男は「明日、朝9時に軽井沢に移動する 。1ヶ月ほどの滞在になると思う。浮子から聞いたと思うが、お前にも来てもらう。準備をおこたるな。明日の8時に中田の車で病院に来るように」その口調と声には、有無を言わせぬ国男の意思があった。  



 父から娘にではなく、上司の訓示のようだと富士子は思う。明日は液体デイバイスの倫理規範を、顧問弁護士と話し合う予定が入っている。勝手な事を。今は弁護士との打ち合わせを何よりも優先すべきだ。液体デイバイスの未来を決める事柄なのだから、軽井沢に行けるわけがない。懸命に取り組んできた液体デイバイスの道が、決まる日をヅラすなんて馬鹿げてる。何もかもうち捨てて、やっと、完成に漕ぎ着いたのだから。液体デイバイスの成功は私の・・・唯一無二の成果で生きてる意味だ。



 それに1ヶ月にもおよぶ予定を親に決められるほど、私は子供ではない。



 挑むように富士子は「完全体・液体デイバイスが完成しました。今後は実用化に向けてデーターを揃えて行かなければなりません。同時に運用に関わる人達に向けて、液体デイバイスに対する倫理面の条項素案作じょうこうそあんづくりもあります。会長もいち早い実用化と運用を望んでおられたと、私は認識しております。ですから私は、東京を離れる訳にはいかないのです。会長、私は軽井沢にはまいれません」たんたん々とそう語り、軽井沢行きを拒んだ。



 国男は花火を散らす視線で「運用認識の条項は軽井沢でも作成できる。それに会長の私が不在のまま進めていい話じゃないぞ」いばらが生える声を富士子にしならせた。



 実の娘に出す声ではない。家族だからと言って、いつまでも私を私物化していいわけじゃない。なんと冷たくゾッとする傲慢ごうまんさなのだ。血が繋がっているがゆえ怠慢たいまんという名の身勝手。



 「私が言っているのは、会長に上げる前のお話です」と言った富士子のこめかみに血管が浮く。「ああ、わかってるよ。だが、それも液体デイバイスに関わる事だ。その打ち合わせにも私の立ち合いが必要だ」国男は断固たる態度を崩さない。なぜ!!あれほど待ち望んでいた完全体の完成報告を目尻ひとつ下げず、興味さえ示さず、詳しく聞こうともしないのか!!!父はどうかしてる!!!!



 富士子はスタッと椅子から立ち上がり、いきおあまってよろけそうになる身体を、なんとか制御せいぎょしてスタスタと歩き出す。トートバッグと書類鞄を左手に持って父の顔を見る。だが、射るような目を見開いた父の目つきが嫌で、すぐさま視線を床に落とした。視界のはしに父の足先が見えた途端、富士子の目に刺すような痛みが走る。



 どうして…こうなる。・・・完全体の完成を報告したのに・・・・まずは…、「おめでとう」ではないのか…。



 富士子は真顔にする事で涙をこらえ、一気にドアを開け、外に出ると後ろ手で閉めた。廊下に遮蔽音しゃへいおんが響く。

  


 隣に立つ小淵沢は驚きを隠せず、富士子の顔を見たが、富士子は「失礼します 」と平静へいせいに言い、会釈して歩き出した。



 何故、いつも父とは…こうなる。

 怒りが悲しみに変わる。

 歓喜のままに液体テイバイスの完成を告げ、できれば「ここまで良く頑張ったな」と言って欲しかった。





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