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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
52/92

富士子編  52 B



    シーン52 B


 いつもよりはやく出社した富士子は直ぐに研究所に入り、データを取るために完全体・液体デイバイスを製造していた。音もなく研究所に現れたBが「ここにいたんだ、富士子さん。今日はお早いご出勤だね」と言いながら、刺すような目つきで富士子に歩み寄ってくる。


 その目を見た富士子は気味が悪いと思い、なぜそんな眼差しで見られなければならいと内心でムッとしたが、もちろん表情には出さない。



 「話があるんだ」とBさんは言ったけれど、私はない。倫理規範を弁護士と話し合っていない。それが整うまでは誰にも、完全体の完成を知られたくない。だけど、私はきっと・・・公式発表された後も、製造レシピの公開には踏み切らないだろう。たとえ倫理規範が定まったとしても・・罪悪感さえ感じず、暴走する人はいる。



 つぎの工程で完成体になる液体デイバイスを、Bに気づかれない様に破棄しなければと、富士子は咄嗟とっさに「オフィスでお話ししませんか?」と言い、Bは「何しているの?」と言いつつ富士子の手元をのぞき込んだ。



 富士子の耳元で「もしかして、完全体完成したの!!!」Bは甲高く狂喜きょうきの声を上げた。至近距離での狂喜は富士子を驚かせ、半歩下がらせた。限界まで肩をすくめた富士子は一気にBの顔を見る。Bは期待度100点満点の目で富士子を見ていた。



 Bの視線が富士子の心をのぞき、見つめ 、さぐりだす。その眼差しが完全体を完成させたのか⁈ そんな報告受けていない!!!また、独り占めの賛美泥棒かよとでも言っているかのように非難をびてゆく。



 嫌な目だ。あと数日、時間が欲しい。完成報告は今じゃないと思う富士子は「違います。完全体ではありませんが、それに近いものなんだと思いますが、融解しました。破棄します。オフィスでこのレシピを説明します」と言葉をつむぐ。Bは「完全体じゃないのか」一旦はうなずいたものの、「本当に完成体じゃ無いんだね⁈」と詰める口調で言った。



「ええ」と言った富士子は、残念で仕方ないと言わんばかりのため息をついた。



 その顔を見たBは「わかった。オフィス に居ればいいんだね。そんな片付けなんてあいつ、ほら、なんて言ったっけ、あいつだよ。ああーーもう、名前忘れた。とにかく他の奴にやらせてさ、早く来てよね。私も話があるんだからさ」と言った半分は、歩き出しながら口にした。



 その後ろ姿が完全に見えなくなるのを確認してから、富士子はターボ分子ポンプからスパッタを取り出して、完全体を耐熱ガラスに移し、電子レンジに入れて破壊するやホッと息をついた。他の研究者が出勤する前だと思っていたのに、よりによってBに見つかるなんて鳥肌。そういえば、私が深夜に作業しているのも知っていた。スケジュールを把握されてるって事⁈ まさか!!いいえ、それは断じてない。


 とにかく、オフィスに行こう。



 Bは研究所から持ち込んだのであろう丸椅子を富士子のデスクの前におき、本棚から“アインシュタインの150の言葉“を取り出して立ち読みしていた。



 デスクに向かう富士子にBが「ねぇ、富士子ちゃん。人の邪悪な心を変えるより、プルトニウムの性質を変える方が容易よういいって書いてあるけど、どう思う?」と聞く。「私、人の感情の事となると自信がありません」と正直に答えた富士子に、ニタリと口元をゆるめたBは「そうだよね。友達いないもんね」と言って、雑な手付きで本棚に戻す。



 丸椅子に座ったBが「それで?今朝はどのパターン工程でいったの⁈完全体に近かったんでしょ。教えて」デスクに身を乗り出すようにして富士子に迫る。



 富士子は1番下の引き出しを指紋認識で開け、取り出したファイルをBの前におく。Bは目を皿のようにして、むさぶるように読み始めた。



 だか、しかし、富士子がBに渡したファイルにある製造工程は、富士子からしてみれば2世代前のプロセスで、密かに完成させた完全体・液体デイバイスの工程とは何の接点もないものだった。



 しばしの時が流れ。



 高揚した顔をファイルから上げたBは「富士子さん!早速この工程を試してみようよ」椅子から立ち上がろうとする。富士子は「資料を読んだだけでは、細かい製造レシピは理解しにくいわ。研究所に行く前に、まずはBさんが読んだ感想と、この工程に対する意見を聞かせて頂けませんか?それにお話があると言っていませんでしたか?」と言って引き留める。



 Bはしぶしぶ丸椅子に座り直す。瞳孔が開いた目には不満があった。



 だが、Bは「あ、そうだね」と軽く言い、ファイルを読んだ感想にこれまでの自分の功績こうせきぜながら語り、富士子はこれから数時間、Bと面と向かって話すのかと思えば気が重くなった。されど富士子は、けれども富士子は、明日の顧問弁護士との面談が終わるまで、出来るだけ研究所からBを遠ざけておきたかった。



 Bの話を聞くしかない。



 話し続けているBの顔を、富士子は真剣な眼差しで見続ける。




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