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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  51 富士子の朝



 シーン51 富士子の朝



 翌朝、富士子はパチリと目が覚める。次の瞬間、富士子はパタパタと音立てて支度しないと誓った。



 いつもは朝は目覚し時計が鳴ってもベットからすぐに起き出せず、二度寝するかゴソゴソと寝返りを打っている間に、15分後にセットしたスムーズがねたましくも鳴り出し、モゾモゾと起き上がってパジャマ姿のままキッチンリビングに降りてゆく。



 浮子にノンカフェを頼み、出来上がるまでアイランドキッチンの椅子に座って、ボッーとNHK BSニュースを眺めていると、大きめのマグカップに注いだノンカフェを浮子がテーブルに置いてくれる。それをトボトボと飲みながら目が覚めるのを待って自室に戻って支度を始める。富士子の支度が済む頃には、もう、すでに、出掛ける時間はとうに過ぎていて、浮子は運転手の中田と今日の予定を打ち合わせしながら富士子をを待ち、富士子は慌てて「行ってきます」と言いながら社用車に乗る、これが通常の富士子の朝だ。



 その富士子が今朝に限って早起きしたと知るや、浮子がどう反応するか、富士子には寛容かんように想像できた。浮子は今日 、尾長さんと映画を観に行くと知っている。



 富士子は自室の洗面台で歯磨きと洗顔を済ますと、コの字のクローゼットに向かい、洋服の種類ごとに区分けされてハンガーに掛っている服を眺め、今日はスカートはやめておこうとまず決めた。なんだか・・恥ずかしいから。



 シンプルコーディネートを心がけて、パンツを2本取り出し、トップスは薄墨絵のようなタッチで 薄ピンクの花模様が入っているグレーのビックトレーナーと、サヤに褒められた首元が楕円形のブラックカットソーを選んだ。


 ベットにおいた2本のパンツ、最近購入したノーダメージのインディブルーのストレートジーンズと、ブラック・ストレートパンツのどっちにするかで迷う。散々悩んで、無難に思えるブラックパンツにした。



 インナー選びでまた迷う。ビッグトレーナーを着て行きたかったが、薄ピンクの花模様がはしゃいでいる様に思え、要にもそう思われるのではと考えてはにかみ、上下黒服になるがブラックカットソーに決めた。そして映画館の換気に備えて、アウターは膝丈のエメラルドグリーンのスプリングコートを手にする。



 ウキウキしている訳ではないと、一緒にいて恥ずかしくない装いを選んだだけだと、その配慮からいつもより少しだけ、洋服選びに時間がかかっただけだと自分に言い訳したりもした。



 姿見の前に座り化粧をするが、口紅の色が決められない。



 諦めてピンク系と赤系の2本をバレンシアガのブラックトートバッグの内ポケットに入れ 、そこでシューズに履き換えたとき用に靴下を持っていくと思い出して、クローゼットに取りに行く。



 そこで、母の形見のCHANELのクランチバックが目に入り、一緒に連れてゆく事にする。



 髪にホットアイロンを使ってウェーブを作ってみるが気にいらず、結局、お団子にした。



 着替えたが、あえて、全身を姿見に写してチェックしない。迷いが出るのを避けたかったからだ。上下黒なのだから間違えようがないはずだと信じる。書類鞄とクランチバックが入ったトートバッグを左右の手に下げ、コートを右腕に掛けてつま先立ちで階段を降りてゆく。



 玄関にトートバッグとコートを置いてハイヒールを選ぶ。ブラックストーンが一面に散りばめられたヒールと、ベージュで迷う。



 決まらず、決められずで、

 二足を玄関に出しておく。



 キッチンリビングに入って行くと浮子は居なかった。自室か、家事室のどちらかだろうとまずはノンカフェだと思い、保管缶があるであろうアイランドキッチンの1番下の引き出しを開けた。ビンゴ!ラッキー、幸先が良いと微笑む。



 浮子のコーヒーも作ろうとコ ーヒーメイカーをセットする。ティーパックでノンカフェを作り、TVを見ようとスイッチを入れるが、浮子が好きな有料チャンネル画面になっていて、リモコンボタンのあちこちを押して格闘した末に、朝の定番、NHKBSニュース にたどり着く。



 なにも考えず、ノンカフェを飲みながらTVを観ていると、なんだか、いつもの朝とは違う心持ちに落ち着かなくなった。書類鞄から完全体・液体デイバイス製造法のレシピ・ファイルを取り出して読み始める。



 まだ、誰も、このファイルの存在を知らない。



 完全体の製造レシピの全てを富士子は記憶していた。あとは今日、完全体を製造して最終的なデータを取り、思い描く数値が取れれば物質的にもデータ的にも、完成の運びとなる。



 間違いなく成功する。富士子はそう確信していた。

 



 読む環境や目にする時間帯を変えてみると、見えてくるものが違うとを経験してから、富士子はいたる所で、資料の読み直しを繰り返すようになった。だが、今、読んでいる⁇ 眺めている⁇ 見ている⁇ のは、落ち着きたいからだった。



 尾長さんと映画を観にゆくと思えば心が浮き立つ。恋はマジックだ。生活に彩りを添えて生きる希望となる。富士子は恋の失意を知らない。液体ディバイスと同じで、悪魔のような暗黒面を恋が持のを知らない。傷ついた心は回復するがその傷跡は一生残る。



 完全体・液体デイバイスが公式公表されれば、応用の可能性が無限大に広がる愛されるのと同じように。量産のあかつきには人間の内なる進化は新しい段階へと飛躍をげる、愛する事と同じように。デイバイスの未来を思えば富士子は歓喜の声を上げたくなる、愛が成就じょうじゅした時のように。液体デイバイスの使用用途の選択肢は広大で、その選択の道の数はいく通りにもなるはずだ、愛し方と同じように。富士子の精神はその道の数だけ、はなたれ弾んでいく、愛する人からの信頼を得た時のように。



 富士子がそんな心地良さを妄想していると、「おはようございます。お早いですね、お嬢様」と浮子の声が言う。はたと顔を上げると、パジャマ姿の浮子が立っていた。



 その姿を見て、果たして自分は何時に起きたのだろうと思う。浮子は浮子で出社準備が整っている富士子を見て、驚いたのも束の間、ニィーっと笑ってしまった。



 その笑みを完全スルーした富士子は資料に視線を戻した。すると浮子が「何かお食べになりますか?」としらけた声で聞いてきたので、富士子は資料から目を離さず「浮子は、なにを食べようと思っているの?」と聞き返した。



 「お嬢様のお時間が、今朝はおありのようなのでフレンチトーストに致します」と余計なことを付け加えた浮子の顔を、富士子は見る。浮子はまたニィーっと笑ってしまい「お綺麗ですよ。お嬢様」と言ってしまった。浮子は余計なことを言ったと富士子の顔を見て、はっきりと自覚する。



 浮子のハツラツは、幸福感にあふれている富士子が嬉しいのだ。自然と微笑んでしまう浮子は冷蔵庫の扉を開けて、ウキウキと朝食の準備を始めた。



 朝食が出来るまで二人は朝のニュースについて話したり、コーヒーを入れておいたと富士子は恩着せがましく言ってみたり、書類鞄の内を整理しながら待った。書類鞄の中から失くしたと思っていたお気に入りの髪ゴムを見つけ、ラッキーが増えたと思いながら左手首に通す。



 そうこうしているうちに、鮮やかな黄色の焼き上がりに明るい茶色の焦げ目が計算されたように入っているフレンチトーストと、苺とブルーベリーが添えられた皿が富士子の前に置かれる。富士子がその美しいフレンチトーストに見惚れている間に、浮子は富士子の皿の横に自分用のフレンチトーストの皿を置く。



 急ぎ、椅子から立ち上がった富士子はメープルシロップがあるであろう戸棚の扉を開けるが、そこには無く、ハズレで、浮子の笑みが気になり、椅子に戻るとフレンチトーストがのった皿の横に、すでにメープルシロップは置いてあった。



 浮子が大らかに笑う。富士子は素知らぬ顔でメープルシロップを手に取り、円を描く様にたっぷりとかけて、フォークとナイフを使って食べ始めた。



 雲を食べているかのような食感に、焦げ目の苦味と卵の風味が、シロップの甘味が、口の中に広がって富士子は顔に“満足“と書いて浮子を見る。浮子は富士子の食べる姿を見ていたらしく、同じく“満足“と顔に書いてあった。



 国男が入院してから湿りがちだったアイランドキッチンに、からりと明るい日差しが差したようだった。





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