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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  48 富士子と要と国男と浮子のちらし寿司



  シーン48 富士子と要と国男と浮子のちらし寿司



 左手に持った湯呑みからお茶を飲んだ国男は、ふと思いいたって「尾長さん、日本国は戦後、驚異的な復興を遂げましたが、今のこの国をどう思っていますか?」と興味を抱いて聞く。



 茶器をテーブルに戻し、漆黒の瞳で国男を見極めた要は意を決して、背筋をあらため「私は仕事柄、政治には無関心であるよう心がけています。あくまで、私個人の思うところでよろしいでしょうか?」と問いかける。「構わない。聞かせてくれ」短い言葉を選んだ国男の背も、なぜか自然にあらたまる。不思議な男だ。相手に親近感をいだかせて懐には入れるが、自分の心は見せない。勝手なものだ。ご自由にとはいかない抱擁。いや違う、これは支配力。



 「では」と言って話し出した要は「これからの我が国は日々、変化する世界のパワーバランスを見ながら、各国が何を考えて政治を行い、外交交渉の力点をどこに置いているか、軍事力を自国のためにどう展開し直すのか、国家間でどういった内容の同盟を結んでいるか、また各国の最高権威の地位にある政治家、並びに政権与党はどのような思想を持って思考するのか、忍耐の限界点はどこなのかを情報、報道、動向を元にして見極みきわめ、考察こうさつしながら日本国の50年後、70年先のあるべき姿を考えた上で、今を判断して行かなければならないと思います」独特の低音ながらも通る声で語った。



 国男は「そうだな」と言ってうなずき、「企業経営と似ている」」と言った。柔らかい笑みを浮かべた要が「お恥ずかしい話ですが、企業経営となると私は素人です。申し訳ありません」と言うと、国男は「話の腰を折った。すまない。続きを聞かせてくれ」とうながす。要は「はい。長くなりますが、構いませんか?」と言い、国男は「構わない。こういう話をするのは久しぶりだ。それに今の私はじっとしていなければならない。人の話を聞く時間は腐るほどある。若い人の意見を聞く機会にしなければ勿体無いだろう」風を受け、走り出したダガーボートのような力強さで言った。



 「承知しました」と言った要は「我が国は最北端にある北方領土の島々が北海道へと続き、最南端は沖縄の南にある島々へと鎖状さじょうに伸びています。最西端は台湾まで約100キロの与那国島です。領土は細長く引き延ばされています。国土は小さくても海岸線は非常に長く、排他的経済水域は巨大です。日本国を北大陸の地図上に置くと、モントリオールからメキシコのモンテレイまでカバーします。アジア諸国が国益や領土拡大を狙って海に出ようとすれば 、我が国はその玄関口に見えるでしょう。拠点になりうるとも考えるはずです。日本国の隣国には兵士 8万人、艦艇260艇、軍用機390機を有する極東ロシア、北朝鮮は中国に匹敵する兵士100万人、艦艇800隻、軍用機560機、弾道ミサイル1000機以上を保有し、核弾頭を持っています。中国の年間軍事費は約20兆円、それ以上だとも分析されています。この中国にはおよそ120万人の兵士、艦艇800隻、軍用機3000機あります。あと数年もすればアメリカを抜き、世界第1位の経済大国になるともいわれています。その中国は今や独自の価値判断で 、世界に経済進出しています。それが原因でここ最近は米国と対立し、世界各国からも孤立を深めてもいます。各国は中国の台頭と動向を、それぞれの国から見た視点で対応を検討し、判断を下しています。近年東シナ海、南シナ海、台湾海峡、尖閣諸島で領海侵犯を繰り返す中国の行為は、日本国の外交能力と政府の忍耐力、台湾への圧力、 アメリカ合衆国の陸海空軍の展開能力、韓国に駐留しているアメリカ軍基地の派遣機能を試しているかのようにも見えます。我が国の隣国は火種になりえます。隣国に何がしらの機が有れば、日本はあらゆる意味で紛争に巻き込まれます」キッパリと言い切った。



 国男は「言う通りだ。日本国の平和と安定が受け入れがたく、脅かされかねないアジア情勢になりつつある。北朝鮮のミサイル発射に、最初は驚愕きょうがくを隠せなかった我々も、今ではまたかと慣れてしまった感がある。今は海上に落下しているが、その距離をコンパスしてみれば、日本の主要都市はみな到達圏内とうたつけんないに入ってしまう。アメリカ軍が東シナ海で大規模な演習をおこなったと思えば、終了直後に中国は弾道ミサイルをその海域に撃ち込んでみせたりもする」静かに語る。



 その言葉に要は「日本国は、同盟国、ヨ ーロッパ諸国、アジア諸国との外交を深め、政治力で道を探さなくてはなりません。ドイツ、フランス、イギリスは特に、インド、オーストラリアとの積極的な外交を始めています。 その先を知る為にも、緻密ちみつな情報収集をしなくてはなりません。今の時代、情報は何よりも重く、価値があります。そして世界の国々の成り立ち、各国側からみた近現代史、日本の近現代史を深く、理解する必要があると思います。私はわが国のために心血を注いだ方々の思いを自分なりに考え、に落として、今を行動しています」何かをほとばしらせるわけでもなく、淡々と意思を秘める低音でそう言った。



 どこか、覚悟を感じさせるような声でもあり、国男は要の顔を真っ直ぐな眼差しで見る。遠き日、開門岳を薩摩さつま富士と呼び、残してゆく誰かを思い、この国をたくして岳に翼を振り、飛び立って逝った青年を国男に思わせる。



 すでに富士子は意識を本から、2人の会話に移して聞いていた。引き止めたくなる。その背は・・澄み切った意思の背中はスッと伸び・・るがない・・私の知らない場所で生きている人・・・やっぱりこの人は遠い人。



 国男は「尾長さん、一緒に食事をしましょう」と言い、富士子の顔を見るや「富士子、浮子のお重を用意してもらえるか」と言った。その父の顔は嬉しそうで、富士子は「はい」と言って立ち上がり、介護テーブルを紙おしぼりで拭き清め始めた。



 国男の顔を見ていた要も立ち上がり、チェアーの1つをTV側の壁に戻して、廊下側の壁前にある整理棚の台をスライドさせてポットから急須にお湯を入れ、介護テーブルの上におくと「富士子さん、何か手伝える事はありますか?」と聞いた。



 富士子は要を見上げ「会長の、父の背中にもう一つ、枕を入れて頂けますか 」とお願いする。要は国男の姿を見る。背に挟んであった枕は弾力を失い、背中が丸くなって、身体がベットに沈みこんでいた。それを見た要は国男に「自分でよろしいでしょうか?」と尋ね、国男は「頼む」と即答した。



 要が国男の体勢を整えている間に、富士子は整理棚にお重を取りに行き、介護テーブルの上で風呂敷をいて、3人それぞれの小皿と箸、菜箸さいばしを準備する。



 座っていた椅子とベットの間に立った要は「本当に自分もご一 緒させて頂いても、かまわないのでしょうか?」と改めて国男に聞く。



 威厳のある笑みをたたえた国男は「尾長さんのお仕事は、食べられる時に食べろと教えられませんでしたか?私は祖父と父の商談に随伴して旅するうちにそう学びました。それに尾長さんのおかげで良い話が出来た。一緒に飯を食べましょう」と言った。



 「ありがとうございます。それでは遠慮なくご馳走になります」要は爽快な声を響かせ、頭を下げて椅子に座る。富士子は三段のお重を一つずつ、テーブルの上に置いてゆき、お重を眺めていた要は国男に視線を向け「宗弥が聞いたら悔しがります。この間、浮子さんから頂いたお弁当を、隊のみんなで分け合って美味しく頂きました。ありがとうございました 」と言った。



 「浮子にもそう言ってやって下さい。 喜びます。浮子の作る料理は色合いは茶色いがのもが多いが、味は絶品ですから」国男は浮子の料理を褒め、要が「男所帯の我々は家庭料理に縁遠くて、お弁当を頂きながらあれこれと、故郷の事や家族の話をすることが出来たんです。良い機会を浮子さんに頂きました」というと、国男は「食事は腹を満たすだけでなく、心を満たすものでもありますから」笑みの絶えない顔でそう言い、「同感です」と言った要の表情も柔らかい。



 富士子も椅子に座り、国男と富士子が手を合わせ「いただきます」というと、要も手を合わせ、少し遅れて「いただきます」と言った。富士子と要は国男が箸を付けるのを待つ。



 国男は肉じゃが、ほうれん草のお浸し、チラシ寿司を小皿にのせる。



 要は富士子が箸を付けるのを待ち、富士子は要に「お先にどうぞ」と言ってゆずり、要が「いえ、あなたから先にどうぞ」と返して2人ともが遠慮していると、国男はちらし寿司を頬張りながら「尾長さん、さぁ、遠慮なさらず」とすすめ、「はい」と返事を返した要は富士子に「お先に」と会釈して、菜箸さいばしを右手で取り上げてチラシ寿司を小皿に盛った。





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