富士子編 45 ただ、駄々をこねる様に
シーン45 ただ、ただ、駄々をこねる様に
茶器を洗うことに集中する。真剣に、慎重に、音を立てないように一つ一つ丁寧に洗う。そうしながら、お茶を淹れている時の浮子の手順、所作を思い返す。飲んで頂くなら、美味しいお茶にしたい。“心穏やかになる“そんなお茶をと思えば自ずとハードルが上がった。
洗剤の泡を流している最中に、流れ出ている水音が大きくはないかと気になり、慌てて水量を絞って閃く。そうだ、時間をかけて洗い、水の力を借りて平静にかえろうと。
恥ずかしくも扉をあければ、そこに尾長さんが居る。でも、尾長さんにとって私は完全な部外者で、きっともう素敵な人がそばにいる。せめて印象だけでも、良いものにしたいと思うが、持っていないものは今更どうしょうもなく。心は佇まいや言葉の選択に滲み出るものだ・・分かってはいても・・・好感の得られるものでありたい・・・今度・・いつ会えるか分からないのだから・・・そばにいられる時くらいは・・・そうでありたい。私の想いは成就しないだろう・・けれど・・それでも・・そうありたい。富士子の中で思考がグルグル回る。
洗う指先を見つめて考える。昨日、スマホが無いと気づく事だってできたはずだ。そもそも保管室で無いとわかった時、最後に使った場所は?と考えつかなかった。私的な約束をして他人の車に乗り、車内で誰かと会話したり・・スマホを使うなんて・・・成人してからはした事がなく。
何事も社用車を使い・・家事は浮子任せで、・・・雑多な事は秘書にお願いし・・研究だけを考えて生きる。そういう日々だからだ。生活を考えず・・・与えられた物を・・疑問も持たずに使い・・有難さを知らない・・・趣味は?と問われれば、躊躇なく「仕事です」と答え・・・それしかないから・・見知った環境での生活を好み・・・・外出先といえば仕事の関係先だけで・・・・その場所と自宅を往復する毎日で・・・。
寂しい気もするが・・・それで良いと思っている。結局、他人は信用できず、気持ちを・・生活習慣を・・変える気もない・・・そして一人を選ぶ。心の容量が小さいのだ。人を・・寛容に受けいれない狭さが・・・私にはある。
私の世界は・・・小さい。取り留めなく考えている内に洗い終えた。茶器を拭き清めて盆においてゆく。ヒールの音を立てぬようにと歩く。
美味しいお茶を淹れることができます様にと、願いつつ。




