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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  43 マスカット大福


  

   シーン43 マスカット大福



 富士子は書類鞄とトー トバッグを右手に、左手には国男の着替えが入ったエコバッグを持っていた。浮子はお重を胸の前で両の手でいだき、国男の特別病室へと続く廊下を歩きながら、右隣を歩く富士子に話しかける。



 「お嬢様、旦那様のために、この階を貸し切りにされたのでございますか?」と小さく、とても小さな声で聞く。



 富士子はどうしてそんな事を言うのだろうといぶかしく、浮子の顔を見て 「いいえ、そんなことしないわ。貸し切りにしたって会長の耳に入ったら、不機嫌になるもの。どうしてそんな風に聞くの?」と尋ねた。



 浮子は秘密でも打ち明けるかのように、富士子に身を寄せ「この階に着きましてから、人の気配が致しません。それが気になりまして申しました」とてもゆっくりとした口調でそう言い、浮子は歩調をゆるめて、両サイドにつらなる病室をうかがい知るように見る。



 そのさまにつられた富士子も気配と物音を探す。確かに人が居るようには思えない。されど、1日の個室使用料を考えれば、そう誰もが入れる訳ではないだろうとも考える。



 国男の病室近くまで進んで、富士子はいつものイギリス奇兵隊を思わせる男性とは、違う男性が立っているのに気づいた。目の一重ひとえは幅広く厚い、鋭い眼差しが印象的で、平らな鼻筋に口は大きく、今は真一文字に結ばれている。クルーカットの髪型は男性のいさましさを強調しているかのようだ。それにしても身体が大きい。身長は190㎝はあるだろう。二の腕が発達して上腕が脇から浮き、スーツの腕の部分がキツそうだ。胸板は厚くその厚さは腰に向うほどに、キュッと絞り込まれていた。超人ハルクか、ヨーロッパの重量挙げの選手のようだ。



 「ご苦労様です。娘の富士子です。よろしお願い致します」初対面の富士子が頭を下げて挨拶すると、男性は富士子に身体を向け「今日からお世話になります」と言って、筋骨背を静かに折って挨拶した。



 浮子は男性を見上げ「ご苦労様でございます。どなたですか?」と早速、好奇心をしめして尋ね、男性は浮子にも同様に頭を下げ、頭を上げると目蓋まぶたの厚さを薄めて、好感が集まるであろう笑顔で「国際警備から派遣されました。川上成道(カワカミ シゲミチ)と申します。浮子さん、よろしくお願いします」のどに引っかかるざらざらとした声で自己紹介した。浮子は「そうでございます。浮子と申します。お風邪ですか、お大事に」といたわり、富士子にキョロリと視線を移して「お嬢様、国際警備様とは??」と問いかける。



 「この間、樽太郎さんから説明があったでしょう」と富士子が言うと、浮子は表情をキョトンとさせ、富士子は同じ口調を心掛けて「ほら 、会長がICUからこの病室に移る時に、樽太郎さんが個人警備をお願いしたって」と言い添えた。



 浮子はふと考えて合点がいったのか「ああ。そうでございました」と言うと、半歩前に出て「失礼致しました。わたくしは盾石家の家政婦でございます。こちらこそよろしくお願い致します」と言って、頭を下げた浮子の丸い背を見た富士子は、その背に老いを見た気がする。そういえば、さっきリウマチを患っている手が痛むと言っていたと思い出す。富士子が液体デイバイスの研究をし始めたのも、浮子がキッカケだった。浮子は手を痛めるのもいとわず、断捨離、掃除、整理整頓、拭き掃除をマメに行う。今では酷使ししてきた手は、調子が悪い日は内に丸まり、キチンと伸ばせなくなっていた。



 浮子が病室のドアを開けようとすると、川上は富士子と浮子がそばにいて狭くなった空間を、大きな体をスゥーと流れるように動かし「自分が」と短く言ってドアをノックする。しばらくして「どうぞ」と樽太郎の声が返ってきた。



 川上は音もなくドアを開け「富士子様と浮子様が、お見えになりました」と国男と樽太郎に告げ、浮子に続いて富士子が病室に入ると、ベットに上半身を起こしたパジャマ姿の国男と、紺の書類カバンに資料ファイルを仕舞っているアセビカラーのスーツを着た樽太郎の後ろ姿が見えた。



 富士子は「お疲れ様です 」と小さく言い、浮子は病室でも国男が仕事をしているのが気に入らず、顔をしかめて一礼するだけにとどめた。



 ドアが音もなく閉まる。



 浮子は樽太郎の顔を見ながら整理棚の前に行き、樽太郎は浮子に「私では対処しかねることがありまして」と言い訳する。浮子は棚の上にお重を置きながら「そうでございましたか」口調はおっとりとしたものだったが、樽太郎に背を向けたままこたえ、樽太郎は「静養しなければならないのは、重々承知しております。ですが、国会の補正予算案の審議委員会が迫っておりまして」と打ち合わせの内容を口にする。



 富士子はTVが掛かる壁がわに、整然と並ぶドアから2つ目のオフィスチェアに書類鞄とトートバッグを、その左隣のチェアにエコバッグを置いて、その左隣の席に樽太郎への違和感をいだきながら座った。



 樽太郎さんは父との仕事の内容を、今まで私や浮子の前で口にした事が無い。なのに今、尋ねられてもいないのになぜ、自ら話したのだろう・・・と不思議に思う。



 富士子の見た樽太郎の横顔は普段と変わりなかった。なぜ違和感を感じたのと考えながら富士子はトートバッグに視線を移して、今日、Amazon から会社に届いた文庫本“ 蜂蜜と遠雷“ を右手で取り上げて膝の上に置く。



 国男は浮子の不機嫌を見かね「 浮子、私がここに居るんだからしょうがないだろ。そう怖い顔するな」とゆったりと間延びする口調で声を掛け、樽太郎は取り繕うような表情になりながら「旦那様、浮子さんは旦那様のおか」、「西浜先生がいらっしゃるまで、皆さまでお茶に致しませんか?」と浮子が割って入る。



 富士子は本を左隣のチェアにおき、右手でトートバックの中から紙袋を取り出して、浮子のそばに行きながら紙袋から紙包みを取り上げて、浮子に差し出し「マスカット大福」と言うが浮子は反応せず、国男の顔を見ていた。



 浮子の顔を見ている国男に、根負こんまけした浮子が「旦那様、余計なことでごさいました」と言った様子は寂しげだった。



 その声色を聞いた国男は一瞬、心痛を顔によぎらせたが「浮子、昭文堂さんのマスカット大福を買ってきてくれたのか?」と幾分いくぶん弾む声で問う。その声と語調を聞いた浮子は国男の気持ちをんで、瞬時に立ち直り「お嬢様、ありがとうございます」と言い、紙袋と紙包みを受け取って3人の顔を見回した。最後に国男の顔を見た浮子は「さようでございます。旦那様のお好きな昭文堂さんでございます」とおだやかな声で言い、一拍おいて「先ほどのわたくしの顔のように、 ふっくらとふくれて、美味しそうな大福でごさいます。お茶受けにいたしましょう。お楽しみに 」なめらかな節回しでそう言うと、システムキッチンのある隣部屋へと入って行った。



 その後ろ姿を3人が見送る。戸が閉まると富士子は座っていた椅子に戻って蜂蜜と遠雷を読み始め 、樽太郎は国男の近くに置いた椅子に座り、2人はヒソヒソと話しはじめる。



 文章がかなでられるピアノの音に富士子はすぐに夢中になり、国男と樽太郎の会話は耳に届かなくなった。




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