富士子編 35 戦
シーン35 戦
・開会式
第一大隊(深紅Tシャツ )、第二大隊(青Tシャツ)、第三大隊(橙Tシャツ)、第四大隊(緑Tシャツ)の総勢800人の精鋭が居並ぶ光景は壮観だ。前に出た各大隊総長の右隣にはシンボルカラーの大旗を掲げた副総長が、毅然とした態度で帯同している。その面差しも目付きも総長よりも何故か皆キツい。
観覧席で観ている富士子は右側に立つ宗弥に「これから始まるのは、とんな競技なの?」と聞く。「初戦を見てからの方が分かりやすいと思うよ。解説はそのあとでしてやる。富士子、まずは目を見開いて観戦しろ」早口でそう言った宗弥のテンションはすでにMAXだ。富士子には宗弥の口調と、鳶色の瞳に爛々と宿っている後光を見れば分かる。まさに今ハリケーンとなっている宗弥に、富士子は「わかった」と応えて、左隣の要の顔に視線を移した。
尾長さんは宗弥との会話を聞いていなかったようだ。幻想とする目で私を見る。私の中に何を見ているのだろう。ふっと、柔らかい笑みを浮かべた尾長さんが「木陰にいると、風が心地いいですね」と柔和な声で私に言った。そう言うと尾長さんは私に興味を無くしたように、グランドに視線を向けた。遠い目だった。何が見えているのだろう。私はそれを知りたい。
会場にアナウンスが入る。「これより、競技を開始する」
・第一大隊 × 第三大隊 初戦
「棒立て」の号令と共に第一、第三大隊の防御部隊が、長さ約4メートルほどの円柱棒を立て始めた。円柱棒のてっぺんの切断面から、長さ40センチほどの金属性の棒が突き出ている。支えられ棒が立つや、群の中にいた1人が円柱棒に飛びつき、棒の断面に両手の指先を掛けて懸垂の筋力で、スルスルと上ってゆく。
上がりきった男性は挑発的な目を敵の棒の上にいる男性に向ける。2人ともがしゃがんで、棒から突き出ている金属状の棒を両手でしっかりと握っていた。爛々と瞳を滾らせた宗弥が「富士子、てっぺんにいる男を通称“ 猿“と呼ぶ」と大きな声を言った。「猿⁈なんで?」と負けず大きな声で聞くと、「木に登るからさ」と答えた宗弥は、幼少期のガキ大将だった頃の笑顔だ。
棒持ちの4人が棒に向き合うように、その根元にしゃがんで身体を密着させた。ほかのメンバーは円柱に背を向けて立ち、3重に重なり合って密を高め、上げた片手で棒を支えて囲み、細密な密集サークルを作り出す。
“猿さん”は上から守備陣形を見て細い指示を出し、サークルのスキとなるのであろう穴を塞いでゆく。「いいぞ!乗れ!!!」と“猿さん“が叫ぶと、守備陣形に参加していない4人が一番内側のサークルメンバーの肩に乗り、棒に背を向けてバランスをとりながら立ち上がった。
2つの大隊の2人の“猿さん”は、開始の時を沈着の目で待っている。静かにジィーっと、敵の攻撃部隊を真っ直ぐに見据えていた。
サークルの右側のスペースでいつの間にかに隊列が組まれていた。前後にずらして開いた足、前屈みになった上半身、両腕をだらりと落とし、揺るがぬ伏した目で何かを待っている。今、羽根が舞い落ちてもその音が聞こえそうな静寂の中で、迸る闘志を胸に秘めているように見えた。その雄々しい姿に富士子の背筋が粟立って、伸びる。
突然、パン❗️と、ピストルの轟音が静寂の森閑を破り、火蓋が切られた。1コーナー側と3コーナー側の両コーナーで同時進行の競技が始まった。早い、何もかもが早い!
速度と体当たりが増すばかりの進行に、富士子にはどっちのどこをどう観戦していいのかわからず、視線をただ、ただ、慌ただしく、あちこちへと移動させる。
・1コーナー側
第一大隊の攻撃部隊が、第三大隊のサークルに猛突進する。守る第三大隊の殲滅キラー3人が、攻撃部隊の先頭から凸した遊撃人3人それぞれに狙いを定め、標的めがけて猛ダッシュする。
1組は互いに間合いを取って相手に隙が出来るのを、見定めようと睨み合っていた。1 組は相手の動きを封じ込めようと技をかけ合い、赤と緑の塊になった。宗弥が「クリスマスかよ」と言った。きつく締め合っている様子に息苦しさを感じる。
もう1組は互いに相手の両肩を掴み合い、蹴りを入れ合っていた。繰り出す足が相手の身体に当たる度に、ドスッと鈍い音を立てている。
根性で蹴り合っている2人を総当たりの第一大隊攻撃部隊が、怒涛の勢いで飲み込んだ。あまりの勢いに、富士子は思わず目を瞑った。
・3コーナー側
走り出した第三大隊の攻撃部隊を迎え打つ第一大隊の防御部隊は、深く腰を落として構え、片方の手を隣にいる仲間の腰にガッチリと回したり、隣に立つ者のズボンの腰部分を掴んだりして空いている手を高く上げ、一層、重なりを強めて陣形を引き締める。
第三大隊の攻撃部隊から飛び出した5人が、サークルのすぐ手前で密集したかと思うと、背中を屈めて三角形の踏み台を作った。
残りの攻撃部隊が走り込んだ勢いのままに、5人が作った踏み台を次々と蹴り上がり、波状攻撃をしか始める。
1人が踏み台を蹴った力を利用して、四肢を大きく後ろにそらして飛び上がり、驚異的な跳躍力で円柱棒に取り付こうとするが失敗した。だか、その落下する背を味方の一人が踏み締めて踏み台にした。
それを見た富士子は“痛っ!”と手に力が入る。
味方の背を踏み台にした突撃人は更なる跳躍を見せ、大きく縦に飛び、猿の右足首を両手で掴んだ。
右足首に取りつかれた猿はすぐに全体重を右足首に移動させ、ベッタリとかかとまで円柱棒の断面につけて踏ん張った。そしてしゃがんだまま左膝頭を自分の顔前まで振り上げ、股関節の可動を最大限に使って、右足首にぶら下がってる攻撃人の左肩めがけ、左踵から蹴り込む。
猿は場所と角度を変えて周到に何発も蹴り、蹴られる第三大隊攻撃人は顔を伏せて耐え、つかんだ猿の右足首を離さない。両者の我慢くらべだ。サークルの防御を突破した一人の攻撃人が、猿の足首にぶら下がった仲間の腰に両腕を巻き付けてぶら下がった。
猿の右足がわずかにズレた。
それに気づいた防御部隊の一人が、隣にいる味方の腰から下がっているハーネスベルトに、足を掛けて肩によじ登る。肩に乗ろうとしている防御人を守ろうと周囲の防御人は密を高め、肩に立った防御人は猿の足首を掴んで離さない、攻撃人の無防備な脇の下に、神速で引いた拳を叩き込んだ。
伸びきっていた攻撃人の身体が、業火に焼かれたかのようにくの字になる。次の瞬間、足首を掴んでいた両手が離れ、腰にぶら下がっていた仲間もろとも、防御部隊の渦の中へと落ちていく。
「やめ!」厳しい声がかかり、同時にピーッと長い笛が鳴り響く。両陣営の動きがピタリと止まり、全員が天に両手をかざす。
第一大隊の総員は拳を握り、腹の底からの「おお!」と狂気の叫びを轟かせた。第一大隊総長の「集合!」ピシリとする声にメンバーは開始の時に整列した位置に走り出し、即座に5列横隊を作り、第三大隊と向き合う。第一大隊総員のどの顔も第三大隊を打ち負かし、初戦を制した高揚感に満ちていた。
初戦を観戦して圧倒され、無口なった富士子の横顔を見た要は、目を見開いたまま固まっている富士子の背中を、ポンと叩いて現実に引き戻し、富士子の横顔を覗き込んで「大丈夫ですか?」と聞く。富士子は「あっ・・」と言って、要を見つめ「あまりに濃厚で、、、リアルな音と、出場者されてる方々の、強い意思に飲まれてしまいました」胸に迫った思いを口にする。柔らかく微笑んだ要は背筋を伸ばして「攻撃部隊が花形に見えたでしょうが、実は防御部隊がしっかりしていないと負けるんです。攻撃を待ち構えるのは、攻撃するよりも精神的負担が大きいです。ジッとしているように見えたでしょうが、頭はフル回転してます。何よりも攻め手は怒号を発しながら、殺すぞ的な顔をして攻め込んで来ます。恐ろしいですよ、人間の殺気は」、「実際俺は、殺すと叫んでた」と宗弥が口を挟む。
愉しげな表情を宗弥に向けた尾長さんは「毎年、その声聞こえてたよ」と返す。「だよな。お前は無口で何も言わなかったけど、目に殺すと書いてあった」と言った宗弥も楽しげだ。殺す殺すと笑顔で話す2人を私はハリケーンだと思う。
富士子の顔を見た要は「どうしました?」と物静かに聞く。「いえ、宗弥もそうですが、尾長さんも怒らせないようにします」と富士子が答えると、宗弥が「俺はさ、富士子が何かしても絶対に怒らないよ。富士子が何かされたら、荒ぶれる自信はあるけどさ」と笑う。「僕は怒りを感じると」と言った要が富士子の顔を見た。そして「やめましょう。上手く言葉にできないから」と続け、そこにポロリと宗弥が「お前は怒れると、目が正座する」ボソリと気味の悪い声で言ってしまい、要と富士子の青い視線を集めた宗弥は微かに息を呑み「それで、説明の途中だったぞ、要。防御部隊がなんちゃらって、なんだ?」と誤魔化した。戦闘時、どこまでも熱くならない冷血な要の周到さを、どんなにボカして話しても寒々しさは拭えない。敵のFresh bloodを浴びてもなお、怯まない男の話など、富士子には必要ない。
あくまで、柔和な笑みを崩さない要は「正座か…」と呟いてうつむいた。そうでなければ被害者に共感して、可哀想だと泣いてしまうんじゃないかと、恐れているからなんだ…宗弥。……、いつか話すよ。
今は富士子がいる。ここで考える事じゃないと断ち切り、要は話を続けた。「的になる防御部隊はその場を動けない、守るべきものがあるからです。第1学年から第2学年まで僕は防御部隊でした。逸る気持ちを自制しながら、敵の第一手を冷静に判断して、考えるよりも先に身体が動くように、日頃から訓練されていた僕たちは、攻撃部隊が迫って来ると味方の位置、表情、姿勢を確認した後、今度は攻撃人の行動、作戦の意図、配置、突撃人の左右に誰がいるか、後ろに誰が控えているかを広い視野で見ます。そうしてる間に、あちこちで肉弾戦が始まって、状況は秒よりも細かく変化し続け、それに本能を剥き出しで挑むんです。精神と肉体を酷使して、味方攻撃部隊の作戦成功を信じて円柱棒を守り抜くんです。全てが終わっても帰る場所と仲間がいるのは、チーム戦のいいところだと思います」と。いつの間にかに今作戦の指針を、語っているかのようになっていた。
「要、お前の帰る場所はここ、俺だ」と言った宗弥が右手で自分の胸をバンバンと叩く。「僕の支えは男ばかりだなぁ」うんざりしたように言った尾長さんの表情は、照れくさそうだった。
私を見た宗弥は「お前の帰る場所も、この俺だ」と胸を張る。「やだ」と即答した私に、「そう言うなよ。俺、いじけちゃうよ」と軽い口調で言った宗弥がBIGに笑う。




