表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
34/92

富士子編  34 それぞれの心配ごと




   シーン34 それぞれの心配ごと



 富士子の左隣に戻って来た要は、青年との話を再開させる。だが、その横顔は青く、建物に入っている間にまた貧血を起こしたかと、今にも卒倒するかもしれないと富士子を心配させた。



 その視線に気づいた要は「大丈夫です」と安心させるように言ったが、自分の声がどこかうつろに聞こえ、傷を縫うのに服用した鎮静剤がそうさせているのか、声自体がゆるんでいるのか、聞き分けられず、判断つかずで、宗弥の顔を見る。



 さっした宗弥の「心配ない」の一言で、要は落ち付きを取り戻した。そうか、大丈夫か・・・だか、なんだ・・この不明瞭ふめいりょうな意識は・・混濁こんだくとも違う。乖離感かいりかんにも似た虚脱きょだつ…。



 「良かったです」と富士子は要に返したものの、宗弥が発した「心配ない」が気になって、不穏ふおんおりが心にかさなってゆき、そっと要を見返した。右脇からチラチラと見えていたジャケットが無くなっていた。「尾長さん、ジャケット、どこかに忘れてきていませんか?」と聞く。



 ハタと富士子を見た要は「すそほころんでいたので、教官室に詰めていた当番にってもらってます」と答え、富士子の目をのぞき込んで、話をらす為に「心配ですか?つくろいを頼んだのは男ですよ、富士子さん」と言い、相手の意思をくだく魅力的な笑顔を故意こいえた。鏡前で何度も練習させられた表情だ。間違えるはずがない。



 あてられた富士子は息を飲んだ。「そんなこと、心配してません」なんとか口にして下を向き、下唇を噛んだ。私は・・心配してる。でもそういう意味じゃなくて…。あんな笑顔をされたら・・何も聞けなくなる。そんな富士子を今度は話をそらしたはずの要が放っておけなくなって「そんなことって、どんなことですか?」と聞く。おいおい、支離滅裂だぞと思いながらも聞かずに居れない。



 なんと答えるか、知りたい。その表情が見たい。困らせてやりたい。困らせたい⁈どうしてだ⁈



 宗弥はチラリと、うつむいたままでいる富士子を見た。



 尾長さんといると居心地がいいのか、悪いのかわからない。左手の親指の爪の付け根を、右手の親指の爪先で押す。悪い癖だと知りつつ、やめられない。



 その仕草を見た宗弥は富士子のかさねた両手を、やんわりと左手で押さえ、富士子の耳元で「富士子、よせ。やめろ。また爪を痛めるぞ」とささやく。宗弥は富士子が言いたい事を我慢して、伝えようとする言葉に自信が持てず、窮屈きゅうくつな心境になると、このくせを引き起こすと知っていた。



 要は宗弥の行動を見て宗弥と富士子は資料で読んだよりも、より親密だと認識する。急激に気持ちが冷めた。そうだった、この任務は宗弥が居てこそ成り立つ作戦だった。この女性の幼馴染が宗弥だったから・・・宗弥がアルファーにいたから、ベーターチームからアルファーに移行され、アルファーが作戦に投入されたのだ。距離を、富士子との距離をたもて!!もう、構うな!!!



 朝礼台では総長の訓示が終わり、大きな歓声と拍手が起きる。拍手がおさまるのを待った総長は「おさ、おさ、おさ、おさ」と小さくも通る声で連呼し始め、総長は連呼する声を徐々にあおるように大きくしていき、次第に朝礼台を囲む第一大隊総員もその掛け声に加わり始め、口々に「おさ」と言いながら後ろを振り返ったり、周りを見回したり 、背伸びしてキョロキョロと左右を見始めた。



 そのうちの1人が要を見つけ「あそこだ!」と声を上げ、また1人、また1人と、振り返る視線が増えてゆく。視線の中、宗弥は周りの声に負けない声で「ここは大丈夫だ!行ってこい!チャンスもいる!」、要が「ダメだ!!ここにいる!」と瞬殺で返す。宗弥が「不自然に見える!行け!」と怒鳴る。



 要は瞬時に、青年に視線を移して「頼んだぞ!」と腹に響く声で言い、青年が「はい!」と返すのを待って走り出す。要が群衆の中に入ると道ができ、「おさ!」と飛ぶ声を要が割ってゆく。朝礼台の左隣に立つ教官の前で立ち止まった要は礼をくして階段を駆け上がり、総長の左隣に立った。



 「傾注けいちゅう!」総長の声に、総員が静まりかえる。「伝説の3連覇を成し遂げた。作戦立案者、紅のおさから一言頂く」覇気ある総長の言葉をに、一歩、踏み出した要は、

 


 「4連覇を成し遂げられなかった悔しさを、いまだ思い返す日がある。事実だ。第一大隊にとって今日の日は、戦いの日である。後悔のないよう存分にやれ。日頃の鍛錬たんれん、学習してきた頭、鍛え抜いた精神力を発揮し、全力で敵殲滅てきせんめつ邁進まいしんせよ。ただし、我々は公務員である。敵を立たせたまま、グランドから退場させるよう留意りゅういせよ」粛々と鼓舞こぶし、「ぜてこい!!」と締めくくる。



 ピシリと一礼した要はピリリと身体を反転させて朝礼台から下り、群衆の中を駆け足で通り抜け、富士子の隣に戻って来た。



 第一大隊の棒倒し参加者・精鋭せいえい150人は各リーダー長の号令のもと、4列縦隊を組み、ゆっくりと走り出す。総リーダー長の「おっしゃ」の声に、第一大隊総員が低くも勝気に満ちた声で「おっしゃ」と応じて進む。



 隊列の殿しんがりは二人がかりでかかげる、3畳はある深紅の大隊旗だ。清風を受け、悠然と碧空を泳ぐ大旗がゆく。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。





― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ