富士子編 3 小道
シーン3 小道
墓前へと続く小道を歩きながら、右肩から襷がけにしているトップバックを富士子は、リズミカルな左手でトントンと叩いている。
尾長さんがポケットに仕舞おうとしたハンカチの端をやんわりと引っ張って「あの、もしよかったら、このハンカチ頂けませんか?」と遠慮がちに言った。
「あっ。どうぞ」要が手渡したハンカチが、富士子のトップバックに入っていた。
富士子がブツブツと独り言を言い始める。1人でいる時、考えを口に出してしまうのが富士子の癖だ。「クリーニングに出すか、新しいハンカチを買うか。この場合はどっちがいいのかしら 。お返しって難しいな」と言ったところで、心の宮殿に住むブルーが、モジモジとしながら話しかけてくる。「オナガさん、いい人だったね。ちょっと、ブルー好きかも 」と。
「そうなの、よかったね。ブルーが意地悪言わないで好きかもなんて、珍しい 」和んだ声で富士子が返す。
頬っぺたを赤らめ「珍しくないもん。ブルーは意地悪言わないもん!そんなこと言っちゃダメでしょう。きょうはふじちゃんと、もうあそんであげないから。あっかんべー 」と言ったブルーは、一目散に宮殿の奥に走って行った。残された富士子はひとり微笑む。
富士子は独り言に戻る。「受け取る相手が大袈裟だと判断したら 、またこれあの時のお返しにってなるでしょう。気が利いていて、さり気なくって、あなたのこと考えましたよって感じになるのがいいわよね」と言った富士子の足が、パタリと止めて立ち止まる。
ソワソワする心で「違うわ。今回はあなたのことを考えましたよ、は、いらない。それはものすごく恥ずかしい気がする」と言うや、パタパタと歩き出す。
忙しく5歩進んで、歩みが緩んだ富士子は「浮子に相談してみよう。あ〜っ!そうしたら、どういう感じの方でございましょう?と聞かれて、どうしてそうなったのですか?と理由を尋ねられて、結局あれこれ質問された挙句に、だからいつも、わたくしが申し上げております様にとなるわ。そして私は浮子から小言をもらう。それは嫌だわ」と言ったきり、押し黙り込んで黙々と思案しながら歩く。
閃いた富士子が、右手の人差し指と親指を軽快にパチンと鳴らす。「サヤに、相談してみよう」と口に出したらしっくりときて、富士子の心は落ち着いた。
母のお墓が見えてきた。私は随分前に、母の年齢は追い越している。それなのにまだ、自分を持て余している。母が生きていたら、今の私にどんな話をしてくれただろう・・・。