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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  22 国男の病室


  シーン22 国男の病室




  事故で右鎖骨を骨折した国男は左手に持ったはしを使って、パクパクと食欲旺盛に浮子の手料理を食べていた。その左手の器用さに富士子が唖然としていると、国男は箸を休めず「元は左利きなんだ」と言い、煮豆を箸先で摘み上げて富士子に見せた。富士子は「そうなんですね」と返して自分に嫌気がさす。



 普段“そうなんですね”と会話の最初に付けて、話し始めるのを見聞きして不可思議ふかしぎに感じていたからだ。“そうなんですね“の一言で、共感を得ようとするのは単純すぎる。あなどっているのかと、内心で不快な気分になっていた。曖昧な言葉で繋がれるほど、人の心は寛容かんようではない。本能的な感受性で、良い人、嫌いな人、匂いが違う、胡散臭い人、うわべだけだ、愛されたい、嘘、などなど等々を無意識に感じ取る。



 「そうなんですね」は共感しているという事なのだろうか?自身の心象を守るための魔法の言葉?び?そもそも、相手に興味がないから使える?まずは仲間意識を引き出すための知恵の実?円滑えんかつに相手の気持ちを上げておいて、心の内を語り出すための形容詞? 元から人間は不誠実なものだと知っているから?


 

 そんなイメージしか持っていなかった“そうなんですね“を使った。だから、一瞬にして自分に嫌気がさした。だが、相手に対してどこまで踏み込んでいいのか、表情を見て推し計る時間が欲しくて、“ そうなんですね“ を使うことがあるのだと今、わかった。



 続けて、自分の主観で人の気持ちを決めてしまう傲慢ごうまんさに気づき、世間知らずの無知を知る。遅い、何年生きている!と苛立ちを持った。年相応という言葉があるけれど・・・やはり私は・・・イケてない。



 思案顔の富士子が無口になり、箸が止まったのを見ていた国男は、現実に引き戻そうと富士子の左手にある小皿に、筑前煮の蓮根れんこんはしで投げるようにしておく。蓮根は富士子の好物だ。それを国男が知っていたのか、偶然なのか・・・。



 ハッとした富士子が「ありがとうございます」と言って頭を下げる。国男は箸を進めながら「こちらも、お重をありがとう。美味しいよ」あらたまった口調で言った。「こしらえたのは、浮子です」富士子は正直に話す。



 国男は苦慮くりょする目でチラリと富士子を見た後、浮子が煮出して水筒に入れ、富士子に持たせた漢方茶を時間をかけて飲み「そうか」少々冷えた声で返す。



  それっきり、2人の会話が途絶とぎれえた。



 コン!、コン!とドアがノックされ、静まり返った病室の壁に反響して、緊張しすぎている富士子はその音に肩をビクリと跳ね上げ、なぜか、サッと立ち上がってしまい、その富士子の顔をさり気なく見た国男が「どうぞ」と寛大さがにおうよそ行きの声でこたえると、スーッと開いたドア外に宗弥が立っていた。



 「宗弥、わざわざすまない。入れ」と言った国男に、宗弥は「失礼します。おじさん、ご無沙汰しています。交通事故に巻き込まれたって、親父から聞いて驚きました。神経が傷ついてなくてよかったですね」と言いながら、入室して来た宗弥の影が2つに割れる。



 その影から現れた要を見て、富士子は手にしていた箸と小皿を落とした。チラリと富士子の横顔を国男が見ている間に、宗弥が「危ないだろ、富士子!」と言いながら、素早く、箸と小皿を左右の手で取り止めて、宗弥は富士子の顔を見るが、富士子は要を凝視していた。



 富士子の表情を見て一瞬、顔をしかめたが、宗弥は国男に視線を向け「おじさん、紹介させてください」と言ってゆっくりと身体を開く。半歩前に出た要が「初めまして。お邪魔します。尾長要と申します」と言うと、「俺と国防大の同期卒で、いま同じ部隊配属です。2つ年下なのに、俺より階級が上のヤナ奴です。このあと部隊内の飲み会があって連れてきました。俺の親友です」なめらかに追随ついずいした宗弥は軽快けいかい補足ほそくする。



 引き継いだ要は「お食事中に申し訳ございません。よろしくお願いします」キリリとする声と、破壊力満点の笑顔で頭を下げた。国男は「いえ、構いません。こちらこそよろしく、盾石です」穏和おんわな態度で要を迎えた。



 国男は優秀な人材の発掘に貪欲どんよくで、気に入った人間を得るためには惜しみない金銭と、魅力的な仕事内容でヘッドハンティングしている。人が組織を形成し、組織が会社を作ると考える国男は競合他社より利益を上げ、生存競争に打ち勝つためには、優秀な人材は不可欠ふかけつだと、常々アクティビティな心欲で人に会い、人を受け入れ、人の話を聞く。



 それが父から代替だいがわりして、多角的分野に乗り出し、会社を世界有数の企業に押し上げた一つの理由だった。国男は今もなお、盾石グループの資産価値を世界のトップ5に入れるという野望を持ち、日々、人材発掘と会社経営に心血しんけつそそいでいる。

 


 宗弥は富士子が座っていたオフィスチェアに座り「病室から物音一つしてなかったから、寝ているのかと思いました」と話し始め、要が立ちっぱなしなのに気づいた富士子が、椅子を持って来ようと思った瞬間、「自分がやります」と言いながら要が動き、70インチのTVが壁掛けしてある壁ぞいに、5脚並んでいる椅子の内から2つの椅子を選び、その背を左右の手で同時につかんで、宗弥の右隣りに1脚を並べ、左手に持った椅子を宗弥の左後ろに置く。



 「どうぞ、立っていないで座ってください」と富士子をうながした要はすぐに、「ああ、僕がすすめるのもおかしいか・・」とつぶやいた。国男に近況を話していた宗弥が「そうだよ」と口を挟み、苦笑を浮かべ「すまん」と言った要は椅子に座る。



「富士子、お前も座れ」宗弥は若干、み付くように言い、要を見ていた富士子はドキリとした。宗弥に視線を移しつつ「ああ、そうよね」と応えた富士子は、要に視線を移して「尾長さん、ありがとうございます」と会釈して椅子に腰掛ける。した富士子の横顔を宗弥は見ていた。



 要は左右の手をそれぞれの太腿ふとももに広げておき、右手の中指でトン、トンとゆったりと打ち始め、その指の動きに、富士子は吸い寄せられ魅入ってしまう。



 要は要でしばらく国男の顔を見ていた。国男は自分の顔を覚えていないと確信すると、静かに息を吐き、宗弥と重なり合うように身体の位置をずらした。意識を失う寸前だった。覚えていないと思ってはいたが、よかった。国男が記憶していたら、筋書きの変更が必要になっているところだった。


 

 事故の様子を聞き出し始めた宗弥が、チラリと富士子に視線を送る。その眼を肌で感じた富士子は、要の手に釘付けになっている視線を引きがして、宗弥の顔を見る。神妙な面持おももちの宗弥と、かたくなな富士子の視線が合ったが、宗弥は何も言わず、国男に視線を戻した。富士子に要を紹介してから、俺の気持ちは騒がしい。富士子は・・いつも・・要を見ている。認めたくは無いが・・・・好意、いや、今はまだ“ 興味“ と言わせてもらおう。富士子は要に興味がある。クソ!・・・・だとしても、富士子自身は気づいていない。だからこそ、より厄介やっかいなんだ。



 いけない。私がいくら聞いても、話してはくれなかった事故の詳細を、父は宗弥に語っていた。集中しなければ。父の話に耳をかたむけた瞬間、国男はチラリと富士子の顔を見て「冷蔵庫の水が切れている。水が飲みたい。買ってきてくれないか、富士子」と頼んだ。



 その国男の様子に僕は、富士子に聞かせたくないのかと思う。・・なぜだ⁈ これが親心というものなのか・・他に理由があるのか・・と要は思案した。僕には親心を知らない弱点がある。わからないのだ。訓練でおぎなえることではなく、見て覚えることでもない。肌感覚で感じるもので、僕はそれを知らない。



 困惑こんわくしながらも富士子は「はい」とこたえ、トートバックから財布を取り出し、スマホを手にして病室を後にする。





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