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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  16 病院近くの道



 シーン16 病院院近くの道



 満月の月明かりは明るく、歩きながら上げた月は濃い朱色の輪郭りんかくを持っていた。中心に向かうほどにグレーから銀色に移り変わり、そのグラデーションは富士子に壮麗そうれいを思わせた。二匹のうさぎが餅をつく姿も、今夜はくっきりと見えている。私はこの月を生涯忘れないだろう。



 国男の手術は無事に終わり、経過観察のため回復室での入院となった。手術を終えた西浜医師から明日以降の面会になると、富士子たちは説明を受けた。



 3人で病院の玄関までゆっくりと歩き、「歩いて帰るわ」と告げた富士子に、浮子は「お嬢様、このお時間です。樽太郎様のお車で、私と一緒に帰宅してください」と強く言ったが、富士子は樽太郎から聞いた話や、後悔だとか、これまでの父との確執かくしつだとか、これからどうしようとか、父、不在の会社をどうしたらいいのだろうかとか、そんなことを芯から冷静になって整理する時間が欲しくて、ひとり歩きの孤独を選んだ。浮子と樽太郎さんにも、今夜は個人の時間が必要だとも思った。自分が一緒だと…、それをどこまでも邪魔してしまう。



 それに先が見えず、自分に計りかねることばかりをグルグルと無駄に思考させて、尖り切った神経を疲弊ひへいさせたかった。血が凝固したかのように寒いけど…、動いていなければ凍りつきそうだけど…、歩き疲れたら、身体が温まったなら、タクシーを拾えばいい。女の一人歩きなど珍しくもないし…。



 ドスッ ドスッ ドスッという物音が聞こえ、富士子の踏み出しかけた左足が、右足の隣に戻る。月明かりを頼りに濃い影をたどってゆく。歩道に横倒しになったバイクを大男が蹴っていた。・・・酔っているのか・・。



 普段ならそんな乱暴な行為にいきどおりを覚え、そんな不作法には影響されないと、 素知らぬ顔で通りすぎる富士子であったが・・・今夜は疲れすぎていた。他人の行動に憤慨ふんがいする余裕など・・・挑むほどの忍耐力など・・・・どこにも残ってはいなかった。病院に戻ってタクシーを拾おう。富士子は身体をターンさせた。

 


 その勢いに、



 ハイヒールのピンが、アスファルトに引っかかる。全てがゆらぐ!怖い!!ガクリと右膝が折れる。転ぶ!!!と思った瞬間に抱きとめられた!!誰に・・・・きょうきょう々と見上げた先に尾長さんがいた。


 あっ!



 要は富士子を支え、立たせて「あなたはいつも迂闊うかつだ。少しは自分の身体をねぎらってはどうですか?」と叱り付ける様に言ってしまう。困惑の富士子を見た要は、感情が出過ですぎたと後悔する。「あなたは、いつも転びそうになっている」取りつくろうようにそう言い添え、微笑を➕したが…遅かったようだ。富士子は石のような固い表情で、僕を見上げていた。



 無言の富士子に不安を覚えた要は「どうしました?何かあったんですか?」と聞く。事情を知っているのに、富士子に余裕がないのをわかっていて、白々しくも口にする。そんな要に心が毒づく、クソッたれ・・と。



 富士子の心は要の温和な声に勝手にゆるみだし、気概がおおっていた心情にヒビが入った。割れた隙間すきまから悲しみが い出してくる。



 口唇がよがむ。食いしばるほどに、慟哭どうこくを抑えるほどに、富士子の唇がとがりだす。鼻がツンとする。刺すように目が痛い。勝手に涙が流れ出す。泣いている・・もう、自分では止まらない。



 富士子の涙は月の青光あおびかりを受け、富士子の青白い肌を伝って口元へと落ちた。もう、私はたえられない。滂沱ぼうだする。お願いよ・・・・許して・・・もう・い・・やだ・・・パパ・・・・ごめんなさい・・・。



 一歩踏み出した要は右腕を上げ、右手を富士子の後頭部にそっと添え、しっくりと手に収まった富士子の頭を、自分の胸に引き寄せ、その手を離して自分の背後に持ってゆく。



 

 「声を出して、泣きなさい」要はあおく透き通る声でささやき、富士子はその声にしたがって解き放ち泣いた。





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