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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  15 ER待合室

 


 シーン15 ER待合室


 「とにかく、座りましょう」と浮子にうながされた富士子は、手術室前にある待合室の長椅子に座った。水のペットボトルを2本持って現れた樽太郎を、富士子は緩慢な動作で見上げる。



 ペットボトルに気づいた富士子はこの人はいつも私たち家族に寄り添い、先の事を考えて尽くしてくれていると、ぼんやりとした頭で思った。


 

 富士子と目が合った樽太郎は苦悶くもんの顔に微笑を浮かべ、その顔は富士子に、宗弥がはにかんだ時の顔を思いださせ、そういえば、宗弥が医学部を目指していると知った父は「宗弥に学費を支援すると言ったら、自分の力のみで医者になりますと即答で断られた。宗弥も言うようになった」と頼もしげな口調で浮子に話していた。あの時の父の表情はれやかだった。



 私がもう少し、いや、もっと素直だったら、宗弥のように父と話せていただろうか。・・ごめんなさい。目の奥がチクリと痛んで、熱いものが込み上げてくる。心が痛い。

 


 隣に座った浮子は、富士子の顔を見ていた。幼い頃からとぼしくなりがちな富士子の表情を見て、浮子はその時々の富士子の感情を、その考えを、読み取ってきた。



 今、浮子は無表情の富士子の中に悲痛を見つけ、後悔を悟り、悲嘆ひたんを見た。浮子は富士子の背中に内に曲がって伸びきれない右手を、そっと添え、その色々を癒すかのように、ゆっくりと上下させ始める。



 樽太郎は浮子の仕草しぐさから、自分ではしきれない富士子の心情を、浮子は安定させようとしていると判断して、富士子の隣の席を一つ空けて座わり、時を待った。



 沈黙が流れる。



 「うぅん」富士子はのどの詰まりをあらため、その様子に樽太郎はペットボトルのフタを開け、元に戻してそっと差し出す。「ありがとうございます」富士子は微震する右手で受け取り、一口飲んで大きく息を吐く。



 その表情を見た浮子は「お嬢様、樽太郎さんから、お話があるそうです」と語りかけた。暗愁あんしゅうの湖面のように静かに。「あ・・はい。ちょっと待っていて」とこたえた富士子は、気持ちが切り変わりますようにと願い、コクコクと水を飲む。1人になりたい。今は、ダメよ。無理だから。ダメ!と葛藤かっとうする心に節目ふしめを作るために、富士子は髪を結び直す。髪を整えながら一身に床を見つめ、しっかりとしていなければと叱咤しったする。



 富士子が樽太郎の顔を見る。「なんでしょう?樽太郎さん」震える声で尋ねた富士子に、樽太郎は意を決し「会長が今夜、どこに行かれたか、富士子さんはご存知でしょうか?」と聞く。「えっ」驚きで返した富士子に、神妙な表情の樽太郎が「どこに、、、いらっしゃるご予定だったのかが、わからないのです。ご存知ありませんか?」とふたたび口にする。



   どこへ、行こうとしていたの。お父さま。




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