7 何でこうなったんだ(※ドルマン視点)
夕暮れの中、しっかり距離感は保ちながら、私の婚約者のグレースと生徒会長は仲良さそうに下校している。
校門付近の車止めには何台か馬車が待っており、そこで二人は別れ、グレースは生徒会長に頭を下げて馬車に乗り帰っていった。
生徒会長も自らの馬車に乗り込み帰っていく。ルネスト・アーツェン、公爵家の次男だったはずだ。
二人は生徒会室で何やら話をして、その後下校、その間もずっと楽しげにおしゃべりをしていて……、何でだ?! くそっ、私が出来ないことを易々とやってのける……。
『あの約束』を果たすために必死になって頑張ってきたのに、ルネスト殿は簡単にそれをやってのける。
不甲斐ないし、悔しい。それに、昨日からのグレースの様子だと……約束は、忘れられているのかもしれない。
2台の馬車が見えなくなった頃、私はようやく自分の馬車に乗り込み帰路についた。
石畳の道を進む馬車の中で、考える。
(約束を守っているだけだ……、だが、それが彼女を傷付けた、のだろうか……)
私は、グレースに惚れ込んでいる。他の女性には大変申し訳ないが、グレースだけが輝いて見えて、他は最近やっと判別がつくようになった。自分でも失礼極まりないと思うが、この心はグレースに持っていかれているのだから仕方ない。
彼女に言われた事を、伝えてみようか? いや、言った覚えはない、と言われたら今日まで必要最低限の会話と行動に抑えてきた全てが無駄だった事になる。
……でも、きっと、彼女にとっては些細なことで、私にとっては人生を一変させる程のことだった……と、言っても通じはしないだろう。
責める気は一切ない。むしろ、私のやり方がまずかったのだとしたら……他の女性を褒めまくって、夜会では入場と退場のエスコートのみ、いや、まずいのは分かっている。
だが、『彼女が望んだ事』だ……。
どうすればいいのだろう。誰に……相談すれば良いのかもわからない。
2年生の間はごく普通に挨拶を交わし、ランチを一緒に摂っていた。変わったのは3年生になってから……春休みにも一緒にお茶もした。
『ドルマン様は、何故私を見ると——としか仰ってくださらないんですか? 適当に扱えば、喜ぶとでも?』
違う、出会った日からグレースを見るとその言葉が頭を占拠してしまうだけなんだ。
『お茶会も夜会も、入場してから退場するまで、他の方を——にするような態度で私に——って、これでは社交になりません』
君が他の誰かと楽しそうにして、私といると詰まらなそうにしているのが悔しかったから……、ずっとそばにいただけなのに。
『なので、——を身につけ、——以外の言葉で私と会話できるようになるまで……』
……その先の言葉は、とてもショックだった。しかし、納得もできた。
卒業までが期限だ。彼女に恥ずかしくない男になる為に、そして、その間は彼女が『嫌がったから』せめて挨拶とランチだけは、とお願いした。
最初から、最後まで、噛み合っていなかったのかもしれない。
グレース……、離れないで欲しい。君以外の女性に、私は何の輝きも感じ取れない。そこだけは、変わらなかったから……。
一体、誰に相談してみればいいのだろう。グレースが誤解される相手では困る。女生徒も妹のヴェネティス嬢もいけない。
男子生徒に相談したら、きっと私が言いなりになりすぎていると笑われる。
「ルネスト殿……」
彼は、誰に対しても平等で紳士だ。冷静でもあるし、きっと私とグレースの不仲を心配してグレースに声を掛けてくれたのだろう。
ルネスト殿なら、笑わずに聞いてくれるだろうか。
……明日、こっそりと、声をかけてみよう。確か同じ授業を幾つか取っていたはずだから……グレースには気付かれないように。
私は自分の情けなさに知らず目にいっぱいの涙を溜めていた。ガタン、と馬車が止まった衝撃で、それが頬に溢れた。