6 聞いてない、聞いてない!
変態のルーツです。
私は今日も朝からドルマン様に塩対応を敢行し、2日目にして非常に疲れた気持ちで、今からさらに疲れるだろう場所に挑もうとしている。
すなわち、生徒会室だ。
昨日の帰りの出来事が夢でないならば(夢であってほしい)、私は今から変態と部屋に二人きりになる。
ドアを開けておくべきかもしれない、と思いつつ、誰かに聞かれるのも困る話だ。
さらに言えば……ドルマン様が昨日の塩対応からずっと、私のことをストー……つきまと……尾行しているのだ。視線が強すぎるし、目立つ容姿なので分かりやすい。
学園での私たちは『節度あるお付き合いをしている婚約者同士』で通っている。ドルマン様も、他の女生徒を褒める事はあっても、服越しにでも触れる事もなければ、勘違いされた時には頭を下げて好意は無い、とキッパリ告げて謝るので、今ではただの日常になった。
だから、浮気されているわけでは無い。けれど私は顧みられていないと思う。よほど私を振った方が楽だろうにと思うのに。
ヴェネティスもその辺をわかっていて、先に私から婚約解消をさせようと、私の方に言ってくるのだ。言い寄った所で振られるのは、ヴェネティスも一緒だろう。
と、嫌すぎて(本当に嫌すぎて)立ち尽くす事5分。諦めてノックをし、中に入る。
「よく来たね。お茶を用意したよ、今日は仕事が無いからちょうどよかった」
「お世話になります」
出迎えてくれた生徒会長のルネスト様は、暖炉で沸かしたお湯でお茶を淹れてくれた。広いテーブル越しに向かい合って座ると、さて、とルネスト様が切り出した。
「あれは私が10歳の頃だったか……」
「お待ちください。なんの話ですか?」
「先ずはお互いを知らなければ、君も安心して話せないだろう? だから、私の話からしようかと」
(聞いてない、聞いてない! 言わなくていいです!)
と、思えど話は始まってしまった。
淑女として話を遮るわけにはいかない。変態のルーツなど聞いても楽しくない話だが、全く興味が無いといえば嘘になる。
私はなるべく温かい紅茶の赤い水面に視線を落としながら、ルネスト様の言葉に耳を傾けた。
「侍女に悪戯をしては怒られる日々でね……、ある日、侍女が怒らなくなった」
「諦められたんですね」
「と、言うよりは、悪戯をすれば構ってもらえる、という事に気付かれてね。構われなくなったわけだが……、その時に私を見る侍女の蔑む目が、こう……よかったんだ」
何が良かったのかは聞かないでおこう。無言で話の先を促した。
「私は男に蔑まれるのは嫌だった。女性ならばどんなお婆さんであろうと、何人も産み育てた女性であろうと、蔑まれるのは嬉しい。好意を寄せられると……気持ちが冷めてしまうね」
なんと面倒くさい変態だろう。だからか、知的で、冷静で、誰に対しても平等で紳士なのは。蔑まれるどころか好感度爆上げの生徒会長だから、余程昨日は嬉しかった事だろう。事故だけど。
「私は公爵家の次男だから、この……性癖、と言えばいいのかな? は、結婚とは関係ない。誰かと結ばれる時には恥ずかしくない夫であろうと思う。だが、理想は……派手な浮気は体面上よろしくないので使用人や家の騎士辺りとしてもらうとして、私の事は人間椅子にしてくれるような、私に人権を認めないような人が理想だ」
「この拷問はまだ続きますか? それとも、そろそろ終わりますか?」
さすがに耐えきれなくなった私が毛虫でも見るかのような侮蔑の視線を投げつけながら尋ねると、いい……、と言いながらルネスト様は眼鏡を中指で直した。あの、帰っても?
「まぁつまり、私の目指したいゴールはそこで、ルーツが最初にあって、今はその真ん中にいるという訳だ」
「ルーツもゴールも碌なものでは無いですが、言わんとする事はわかりました」
「演技ではダメなんだよ。本心から、私を気持ち悪いと思い、蔑み、それでいながら結婚しなければいけないという可哀想な女性を求めている。大抵、私の外見や平時の言動で、好意を持たれてしまうのでうまくいっていないが」
ハードルが高すぎるので、それはそうでしょうね、としか言いようがない。
「つまり、ドルマン君が変わったルーツと、今はその経過で、どこにゴールがあるのか。少し考えてみたらどうかな? 本人に聞いてもいいだろうけれど、まぁ、君の昨日からのドルマン君への態度もルーツがあって、ゴールを目指しての事だろう? お互いに誤解している所、君が忘れている事、ドルマン君が苦手な事、色々複合して考えてみるといい」
まともだ。先ほどまでの内容はとてもじゃないが三日と覚えていたくないけれど、このまとめはよくわかる。
「そして一人では、時折思考の袋小路に入る。生徒会室で仕事があるのは隔日だから、悩んだらここにおいで。話くらいは聞こうじゃないか」
「ありがとうございます、……ルネスト様」
しかし、何故こんなによくしてくれるのだろう? 私はルネスト様の理想とは程遠いはずだ。
「いいんだ。時折君が私を心底気持ち悪がってくれるだけで、充分な報酬だよ」
うん、気持ち悪い。
が、無害な変態なので、せいぜい心から蔑む気持ちで視線を送ろうと思う。今日の話を思い出せばいつでもできそうだ。八つ当たり的にドルマン様への塩対応も強化できる気までしてきた。
「ありがとうございます。少し考えて……、また、聞いてもらいに来ると思います」
「あぁ、待っているよ。さて、遅くなったし校門まで送っていくよ」