5 いつものが始まったので、あげようかと言ってみた
「お姉様、ドルマン様とずいぶんと『仲がよろしい』ようでしたわね」
「……はぁ。はっきり仰いなさい、ヴェネティス」
家に帰っても妹のコレが待っていたことをすっかり忘れていた。
楽なワンピースに着替えて髪を編み、読書でもしようかと思っていた矢先に妹がやってきた。部屋に入れなかったら入れなかったで騒ぐので、本当に面倒だったけれど、入れるしかない。
両親はまともで、ただ妹が癇癪を起こすと2人に迷惑を掛けるのが嫌で、私は本当にどうしようもない時以外は部屋に入れる事にしている。
ヴェネティスは頭が悪い子では無いし、ドルマン様関連と私に拒絶されること以外ではワガママも言わない。嫌いにはなれない。
ただ、歳を経るにつれて……正確にはドルマン様が私を褒めずに周りに愛想を振り撒き始めてから、ちょっと様子がおかしくなっただけで。
「ハッキリ言いますけど、お姉様、あまりドルマン様と仲良くないようですし、婚約破棄をなさったらどうです?」
「立場を弁えなさい。身分はあちらが上なの、私からそう簡単に婚約破棄と言えるわけがないでしょう。政略結婚なのだから、家と家の結びつきなのよ」
そして、その為に私は今、塩対応返しという荒業に及んでいる。
ドルマン様は見目もいいし、社交的で頭もいい。剣の腕もたつ。彼の方が婚約解消を言い出してくれるように仕向けるほか無い。
なぜ、私にあそこまで塩対応なのに、婚約を解消しないのかは本当に謎だけれど。
「では、婚約者を私に変えたらどうかしら? お姉様より私の方が、きっと好かれてるもの」
婚約は家同士の決まり事。ヴェネティスがしつこいほど、私の方が好かれてる、と言ってきたのは今に始まった事じゃない。
昔は私もドルマン様と仲がよかった。お茶会に行ってもドルマン様は私から離れなかったし、お陰で私は学園に入るまで友人の一人も作れなかった……、……?
何か、記憶に引っかかるものがある。
でも今日はヘトヘトで、これ以上会話を長引かせるのも疲れたし、今後毎日こんな調子で家でまでドルマン様のことを言われるのは嫌だ。
婚約者の名義を妹に変えるだけなら、両家納得の上なら然程問題はない。ように思う。病気や亡くなった方以外ではあまり聞かない話ではあるけれど。
「……そうね。なら、ヴェネティスにあげようかな、ドルマン様」
「え?」
何を驚いた声を出しているのか。
欲しかったんでしょう? と、不思議に思って本から顔を上げてソファに向き直る。
目をまん丸にした、似通った顔がそこにあった。本気にすると思ってなかったのかな? それにしては、毎日言われて私も疲れている。
「お父様とお母様に言ってみましょう。家から申し入れなければ、どの道できない事だし」
「や、やめて! 待って! ま、まだそんなんじゃないわよ……、お父様たちには言わないで」
あぁ、ワガママを言って婚約者を強請るのが恥ずかしい、という位の理性は残っていたのか。なら、私にもその理性は発揮してほしい。
「なら、もう言わないで。次に同じようなことを言ったら、本当にお父様たちに相談するわ」
「分かったわよ……、婚約解消、って話になったらその時は私、ドルマン様を貰うわよ」
「その時は好きになさい。ほら、そろそろ夕飯の時間よ」
「はぁい」
ヴェネティスはそう返事をすると、抱えていたクッションをソファに置いて部屋を出て行った。
栞を挟んで本を閉じた私は、結局3行も読書できなかった。