3 初日が肝心(昼)
「ランチに……」
「今日はお友達とお約束しておりますの。ドルマン様も、残り少ない学園生活、私には構わずどうぞお友達と『楽しく』お過ごし下さい」
昼休みになるや即座に席に近づいてきたドルマン様の顔を見ることもなく、筆記具を仕舞って私は朝に約束した令嬢たちの元へと一礼して去った。
残されたドルマン様の視線が追いかけてくる気がしたが、知ったことか。
今まで散々私にだけ塩対応してきたのだ。これで『今後もランチに誘ってくださらなくて結構です』とも言えたことだし、毎日ちやほやしている女の子や、夜会で連んでいる男友達と好きに過ごせばいい。
「お待たせしました、行きましょう?」
「……ドルマン様は本当によろしいの?」
「いいんです。私はもう我慢しないし頑張るのも疲れたので」
心配そうに尋ねてきたガーネット様と、同じく心配そうなソフィア様を促して、学園にいくつか点在するカフェテリアのどこに行こうかと話しながら廊下を歩いた。
ちょうど春の気候で暖かいのもあるから、テラス席があるところは人気だろう。あまり人混みの無いような、奥まったカフェテリアに向かった。
……背後から、柱に隠れながらドルマン様が付いてきているのには気付いたが、不愉快だ。不審人物極まりない。まさか人を避けたというのに、わざわざそこについてくる気だろうか。
私は一つため息を吐いて、先に行っていてくださいな、と二人を促すと、踵を返してドルマン様に近付いた。
なんでもない風を装って咳払いしているが、人気の少ない廊下でそれは無理がある。
「何か御用ですか?」
「いや、その……」
「無いならついてこないでください。不愉快ですし、貴族らしからぬ行いですよ。つきまといは」
「つきま……?!」
「では、失礼します」
最後まで向こうの話を聞いてやる気も無い。今更なのだ、全て。
先に行かせた友人二人に追い付くように少し早足で歩いていたら、角で人とぶつかってしまった。
「きゃっ」
「おっ、と、すまない」
私が弾き飛ばされそうなのを腕を掴んで助けてくれたのは、同じ3年生の、黒曜の瞳と烏の濡れ羽色の緩くウェーブのかかった髪に白磁の肌、細いフレームの眼鏡をかけた生徒会長だった。
「すみません、急いでいたのでぶつかってしまいました」
「構わないよ。えぇと、グレース嬢だったね。足は痛めていないかな?」
「はい、あの、ありがとうございます。ルネスト様」
「普段生徒会長と呼ばれることが多いから新鮮だな。名前を覚えていてくれて嬉しいよ。……この奥のカフェテリアに行くのだろう? ご一緒しよう」
「はい。友人と待ち合わせているので、よければ食事もご一緒なさいますか?」
知的で、冷静で、誰に対しても平等で紳士、という噂は本当だったようだ。
腕を掴んだのも布越しだったし、私との距離も人一人分空けて話している。婚約者がいるのは周知の事実なので、こうしてくれるのはありがたい。
「お邪魔でなければ。いつも一人で済ませるんだが、お陰で友人と呼べる人は少なくてね。助かるよ」
「では、行きましょうか」
私は久しぶりに男性とまともな会話を交わして、ほっこりとした気分でカフェテリアにルネスト様と向かった。
……ドルマン様の視線が、何故か背中に刺さっていたが、もう相手にするのは止めて終始無視を続けた。