21 絶対に負けたい(※ルネスト視点)
まるで揃えたような、白と黒の対比の衣装で、私は今ドルマン殿と剣の切っ先を向けて向き合っている。
開始の声はとっくに掛かった。だが、お互いに動かないでいる。
ドルマン殿の戦い方は、先手必勝。だが、それだけではない。
的確に相手の剣の鍔をねらって、技術で剣を弾き飛ばしている。
そして私の戦い方といえば、ねちっこく手数を繰り出し捌き切れなくなるまで押し続けて場外に追いやる戦い方だ。
お互いにタイプが違うが、共通しているのは『相手に攻撃させない』こと。
グレース嬢の隣でずっと私の試合を見ているヴェネティス嬢だ。手を抜いたらバレるだろうか。そしたらどれだけ蔑んでくれるか……、あぁ、絶対に負けたい。負けたいが、私は勝って罵られる方がいい。
とはいえ、どうしてもグレース嬢を手に入れることになってしまう。勝ってしまうと、そういう事になり、私は初恋の人の願いを聞き届けて初恋の人の義兄になる。
(うーん、悪くは無いけれど)
困った、口元がにやける。
姉のグレース嬢はまさに淑女という感じだが、ヴェネティス嬢は貴族だった。
自分の気持ちよりも、周囲の幸せを最優先する。その為なら本人が望まない結果でもいいと思っている。
見下しているわけではない。守らなければ、と思っているのだ。
そして、男には興味がないが……目の前のドルマン殿もそのようだ。
グレース嬢を守るための剣を磨いて来たのだろう。一瞬で、彼女に辛いものも痛い物も見せないための剣技だ。
こういう相手との試合は純粋に楽しい。私の剣には何の重みもない。これは単なるレクリエーションであり、戦場では私は迷わず卑劣な手を使ってでも勝ちを取りに行くだろう。まぁ、戦の予定は無いけれども。
だけれど、公爵家の人間として、勝つことは常に意識してきた。させられてきた、と言うべきだろうか。
だからこそ、私を蔑む女性の視線を求めているというところはあるのだろうけれど。
(すまない、ヴェネティス嬢。私はどうしても、この試合は、負けたい)
とはいえ、手を抜く気はない。本気でやって、負けたい。
君が姉のこともその婚約者のことも、学園に入る前の評判で心配しているなら、もうその必要は無いと私が教えてやりたい。
だから、真面目に勝ちにいこう。
でも分かっている。目の前の剣の重さに、私は勝てない。
昨日ヴェネティス嬢が背負っていたのと同じ物を背負った人間に対し、私はこの剣になんの重さも感じていない。
どうか、ドルマン殿。どうか、どうか。後生だから。
君が最初に出会って恋をした婚約者を奪われたくなかったら、本気の私に勝って欲しい。
私はこの剣になんの重さも背負っていない。どうか、君の技術で、力で、背負った物の重さで。
この剣を弾き飛ばして欲しい。
私はどうしても、この試合に負けたい。
初めて、蔑まれる以上に心臓が高鳴った。私を利用し、駒と見て、他人の気持ちよりも状況を改善するというあまりにも貴族たる女性に恋をしてしまった。
負ければ恋が……いや、一生、彼女は私を恨み成就することはないのだろうけれど……少なくとも一生側にいる権利を得られる。
ドルマン殿、どうか。
そう願いながら、私はドルマン殿と同時に土を蹴った。
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