19 剣技大会
昨日とは違った熱気が学園の演習場に籠っていた。
今日は校内の展示はそのまま、体育館には椅子が並べられ、臨時の裁判所を模したディスカッションが午後から。
午前中は屋外の演習場に数週間前から業者が入り観客席を組み立て、本の中で見たコロシアム状になった中央で、選出された生徒たちによる剣技大会が行われる。
ディスカッションのお題は朝に発表され、それについて参加者の生徒は午前中にそれぞれに与えられた立場で吟味する。その間に、昨日と同じように招待客や女子生徒の大半は剣技大会を見学する。
入口で渡されたトーナメント表では、A組とB組に分かれていて、それぞれ勝ち上がった人が決勝を戦うようになっている。
ドルマン様とルネスト様は見事にA組とB組に分かれていて、決勝でしか当たらない組み合わせだ。
A組で最初4試合の予選、B組の4試合の予選、というようにA組とB組の組単位で交互に試合を繰り広げていく。
ドルマン様はA組だ。しかも、最初の試合である。
ヴェネティスと一緒に早く家を出て、いい席を取る事ができたが、私は剣を振るうドルマン様を初めてみる。
演習場は土が均されていて、剣技大会のルールとしては、そこに引かれた白線の外まで敵を追い詰める、武器をはじき飛ばす、降参と言わせる、が勝利条件だ。絶対にやってはいけないのが、刃を潰してあるとはいえ急所への攻撃、深刻な怪我を負わせる行為。これは不戦勝になるが、当然そんな状態で次の試合には臨めないので双方リタイアとなる。
宮廷魔術師の回復魔法が使える人が控えてはいるけれど、それだけ危ない競技でもある。
あくまで『剣技』大会なので、土を掴んで投げつけるなどの行為も禁止だ。ある意味スポーツであって真剣勝負では無いのだが、それだけに技量が問われる。
倒すだけなら急所を狙い、剣以外の方法で目を潰してしまえば楽だろうけれど、いかに相手の身体へのダメージを最小限に留めて負けを認めさせるか。こっちの方が難しい、と昔お父様が教えてくれた。
「緊張するわね……」
「うん……、私、ちゃんと男性が剣を振るうのを見るのは初めてかもしれない」
「私もよ、ヴェネティス」
まして、ドルマン様が? と、思ってしまうのは失礼だろう。剣の腕が立つ、というのは聞いていたのだから。
第一試合の開始が宣言され、片方のゲートから盛装したドルマン様が剣を携えて入場してきた。
(知らない顔を、してる……)
白地に赤と金をアクセントに使った盛装姿で剣を携えた姿に、見た事も無い引き締まった表情の彼は別人のように見えた。これから、この美しく格好のいい人が、剣を振るうのか、と思ったら顔が真っ赤になる。
「お姉様? 大丈夫? のぼせちゃった?」
「え、えぇ大丈夫よ。のぼせてないわ、ドキドキしているだけ」
「そうね、怪我、しないといいね」
そうだ。ドルマン様が怪我をしなければいいと思う。けれど、何故だろう。彼のことを傷つけるのは、そう容易なことに見えない。
私の何の確証もない予感通り、ドルマン様は相手の生徒と剣を正眼に向けて構え合うと、審判の声と共に低い姿勢で一気に距離を詰め相手の剣を高く弾き飛ばした。
一瞬のことで何も見えなかった。相手の生徒も驚いて尻もちをついている。そこに手を差し出し、立ち上がらせると一礼して試合は終わった。
あっという間の決着に会場が湧く。
(あぁ、どうしよう)
歓声の真ん中で、私は一人赤い顔を両手で下半分を覆って、目だけはドルマン様から離せずに、出て来たゲートに消えていく背中を見送っている。
(あの方が優勝したら、本当に、もう一度、婚約を申し込まれる……)
塩対応をされて嫌だったのも、自分がそれを言い出したのも、私が幼いころは体が弱かったことも、ドルマン様の私を守ろうとするあまりの不器用さも、何もかも。
一瞬で弾き飛ばす程、彼はちゃんと、貴族の息子で、剣の扱いに長けた、格好いい男性だった。