18 初恋(※ルネスト視点)
変態回です
「それで、何がお望みなのかな、ヴェネティス嬢」
人気の無い、今日は特段がらんとした教室棟に引っ張ってこられた私は、今日はもうステージの解体などの後片付けだけが仕事なので現場を後にして彼女についてきた。
制服姿で化粧をしている女子生徒は珍しい。が、生徒会長の私に「改めてお話がございます。少々、人目を避けたいのですが……」と言ってくるあたり、もしかしたら学園の『生徒会長』ではなく、公爵家次男の『ルネスト』に用があるのかと思った。
が、人目がなくなった所で、彼女の態度は一変した。淑やかな淑女ではなく、何かを守ろうとする強い目をした女性になった。
「明日、剣技大会に出場なされますよね?」
質問では無く確認のようだ。私は面白くなって、眼鏡を直しながら頷く。
「賭けをしていただきたいのです」
「賭け、ですか。貴族らしからぬ、もっと言えば、学生らしからぬ言葉ですね」
蔑む目も、虫を見るような目もいいが、この燃えるような目は私への熱ではない。
私へ向けている言葉、私へ全身全霊を賭けてみせている態度、だが全ては彼女の背中にいる誰かのための目。
初めて感じる快感が背筋を走る。にやけてしまいそうなのを、片手で隠した。
「剣技大会、優勝をしたら姉のグレースを、公爵家の権威でも何でも使って娶ってください」
「おや。彼女とドルマン殿は、今はだいぶ良好な関係に見えますが……?」
そもそもが、相思相愛すぎてうまくいかなかっただけのように思う。私は全てを知っている訳ではないが、お互いに向ける目には、確かにぎこちないながらも好意があるのは見て取れる。
それを奪う悪役になれという。剣技大会で優勝をすれば、か。なるほど、そういう事にして『私からドルマン殿に賭けを申し込む』のもお願いの内容になるわけか。
「では、もし優勝できなかったら?」
「埒外のお願いをしたことは承知しています。私の家に婿にきてくださるのでも、私が貴方に嫁ぐのでも、私を差し上げましょう」
自信満々に自分を示した彼女は、冗談でもなんでもなくそう言っているようだった。
「お気づきでないかもしれませんが、……生徒会長が他人に完全に無関心なことは、聡い生徒ならば気づいております。どうせ見知らぬ方と結婚するのでしょうし、一生興味も抱けないでしょうから、……お姉様とは多少親しいようですし、負ければ副賞の私、という事で」
「――君は、それでいいのかい?」
私が無関心なことについてちゃんと見抜いた上で、自分を差し出すと言う。これまた変な女性だ。どんどん興味が出て来る。
性癖とは違う、面白い、もっと知りたい、という興味。
「えぇ、私も貴方には無関心です。ただ、姉に優しい事、姉を大事にはしてくれそうなところは評価しています。何より、貴族の政略結婚とはそういうものでしょう?」
思った以上にクレバーだ。年頃の女性……ヴェネティス嬢の姉のグレース嬢に至っては、ドルマン殿の態度に悩んだりと余程年相応なのに。
「……私が、今君をとても気に入ってしまった、と言ったら?」
私は冗談半分、本気半分で尋ねると、彼女は鼻でそれを笑い飛ばした。残念な人を見るような目で見られる。
……とてもいい! 自然にその目が出て来るあたり、才能がある! 理想のお嫁さんじゃないかな?!
「ありえません。私と姉では全く性格が違いますから。それに……まぁ万が一そうだとしても」
彼女の目が私を見下げ果てたようなものにかわる。あぁ~、最高だ……!
「学校行事で定められた正当な権利でお願いしているのに、手を抜かれるとなると、ねぇ? 待っているのは軽蔑ですよ、一生ものの」
それが欲しいんです! と涎を垂らして跪きそうになるのを理性で内心に押し留め、私は極めてにこやかに、さわやかに笑ってみせた。
「分かったよ。明日、剣技大会で優勝して、グレース嬢をあの手この手で奪い取る。それが君のお願いだね?」
「そういう事です。お願いしますね、生徒会長」
そう言って、彼女は踵を返して去っていった。
背中が見えなくなるころ、私はかつてないほどの心臓の高鳴りに、胸を押えてうずくまった。
(最高だ……!)