14 ルーツ・2
生徒会長なのと隣が教員室ということで、まかされています。
「頭痛がするようなので、寝かせておいてください。放課後に鞄は持ってきます」
「あら、わかったわ。送ってくれてありがとうね、ドルマン君」
「いえ、では……お願いします」
救護の先生は教員というよりも優秀な医者で、初老に差し掛かった元宮廷勤めの腕は確かな女性だ。
砕けた口調でドルマン様を帰し、私を寝かせると薬草茶を淹れてくれた。冷めたら飲んでね、と言って薄い白いカーテンを閉めて間仕切りにする。
窓が開いていて、先程までのカフェテラスと同じ風がふわりと入ってくるのが気持ちよかった。
清潔なリネンの枕に頭を乗せて、止まらない思考をそのままにしてみた。
「失礼します」
「あら、どうしたの?」
「いえ、知り合いが体調が悪いと聞いて少し……」
「あぁ、心配してくれたのね。ちょうどよかったわ、私少し薬草を摘みに行きたいの。見ててくれるかしら?」
「はい」
穏やかな生徒会長の声と救護医の柔らかい声のやり取りをぼんやり聞いていたら、椅子を引いて私の枕元にルネスト様が座った。
「ごきげんよう、グレース嬢。ドルマン殿となかなかうまくいってるようだね?」
「ルネスト様……私、思い出しましたの。妹の……ヴェネティスの話もあって。ドルマン様が居ない時に、私……彼を侮辱されて、大勢に笑われたことが、あって」
生徒会長は眼鏡の奥で少し悲しそうな、申し訳なさそうな目をした。
「知ってる。その場に私もいた。……けれど、その時は私も拗らせたばかりだったからね。苛められる方も、苛める方も興味がなかったから、遠巻きにしてしまった。助けなくて、すまなかった」
「……知ってらしたんですね、ルーツ」
「いや? 何故、彼があそこまで君の傍を離れようとしなかったのかは知らないよ。ただまぁ、君にとってのルーツはそこだろうね。彼のルーツはもっと……もっとずっと昔なんじゃないかな」
もっとずっと昔? 一体、何があったっけ……、と思っているうちに、起きれる? とルネスト様に尋ねられて身体を起こした。
「お茶がちょうどいい温度なんじゃないかな。この香りはよく眠れるお茶だ、新学期早々考えることが多くなって疲れたろう。眠るといいよ。そして今日は、ドルマン殿に送ってもらうといい」
「ルネスト様……」
「今度、学園祭の剣技大会で、私と彼は決勝で当たる予定だ。彼が勝ち進めばね。――彼はもう赤ん坊でも金魚の糞でもない。君の犬ではあるかもしれないが、どちらかといえば騎士じゃないかな? なんて、ふふ、君が彼を見直すきっかけになればいいと思って煽っておいた。で、私も決勝まで行かなければならない。損な役回りだ。だから、お礼が欲しいんだが……」
ここまで一方的に恩を売りつけられてお礼を求められるとは思わなかったが、恩は恩だし、余計な手間を掛けさせてしまったようだというのは理解できた。
お茶を飲みながら目で尋ねると、彼は眼鏡を直しながら続けた。
「決勝で勝っても負けても、頭を靴で踏んで……」
「あ、眠くなってまいりました。おやすみなさいませ、ルネスト様」
虫を見るような目で一瞥して一気にお茶を飲み干した私は、さっさと出ていけ、という空気を全開にして茶碗をサイドテーブルに置いた。
それだけで嬉しそうにしないで欲しい。あと、その欲求は他を見つけて欲しい、できれば嗜好がかみ合う方を。
「仕方ない、そのさげすむ目で充分だ。さて、では決勝に出る為に頑張ってくるかな。君も、無理はしないように」
そう言って短くはないお見舞いをした生徒会長は、見計らったように立ち上がった。ちょうど救護医の先生が戻って来たタイミングだった。