1 グレース・ザルバン伯爵令嬢の決意
新連載です、よろしくお願いします!
「……よし!」
私は侍女が来るより早く起きて、冷たい水差しの水で顔を洗って鏡を覗き込み、自分のアメジストの瞳を見詰めて一つの決意をした。
光の加減で濃い灰色にも見える白っぽい髪を自分の手でハーフアップにして地味なバレッタで留め、学園の制服に着替えてリボンを綺麗に結んだ。この位は一人で出来るし、ドレスとなれば侍女の手が必要だけれど、2年の間に慣れたものだ。
髪も、自分でやった方が早い時もあったので、侍女は私が起きるより早く扉の外に待機できた時だけこのさらさらとした髪をいじる権利を得られる。そういう暗黙の了解があった。
グレース・ザルバン伯爵令嬢、というのが私の身分であり、この国の決まりによって王侯貴族の令息令嬢は王立学園に通う事が定められている。
学園内では身分差なく、互いに家名ではなく名前に、女性ならば嬢、男性ならば様付けで呼び合う事が推奨されている。王族に対してもだ。
在学中、もしくは在学前に婚約者がいたとしても、それは変わらない。
そして、私には在学前からの婚約者がいる。学園に入る前には気にならなかった……というか、こんなに他人の中で生活することが無かったので知らなかったのだが、学園に入って分かった事がある。
さらに言うならば、私には一つ下に顔立ちと色合いのよく似た妹がいるのだが、その妹との態度の差。1年間、気のせい気のせいと思って受け流してきたけれども、さすがに目を逸らすのにも限界がきている。
妹のヴェネティスはぎりぎりまで寝ているだろうから、まだ起きていないだろう。決意の朝にはちょうどいい、よく晴れた静かな朝だった。
私の婚約者は、彫像のように整った顔立ちに、輝くプラチナブロンドに新緑の瞳をしたドルマン・グレイ侯爵令息。
私はもう、彼の態度……この学園に入学してからの、2年間の態度に耐えかねていたし、婚約を解消した方がお互いに幸せになれる、と確信している。
だから、穏便に婚約解消したい。私はもう、彼の婚約者という立場に固執したくないし、その為に頑張る事に疲れ果てた。
今日から私とドルマン様は3年生、妹のヴェネティスは2年生になる。
最後の1年間、私はドルマン様に鏡のような態度を取ろうと思う。どれだけ不愉快かを思い知り、向こうが音を上げて婚約破棄を言い出してくるまで、徹底的に心を鬼にして、春休みの間に殺した未練を頭の中で磔にし、巷で流行りの小説に出て来る『塩対応』というものを徹底しようと思う。
なぜなら、ドルマン様は、私にだけこの2年間、見事な『塩対応』をしてくださったのだから。
(おのれ、ドルマン様……、私の塩対応、甘さは一切ありませんからね!)
こうして決意のまま身支度を済ませた私の元に、私付きの侍女たちがやってきた。
「おはよう。朝食はもうできているのかしら?」
「お嬢様……早寝早起きは結構ですが、わたくしどもの仕事を奪わないでくださいませ」
「目がさめてしまったんだもの。それにほら、今日から3年生でしょう? ちょっと浮足立ってしまって」
「はぁ……ヴェネティス様は今から身支度ですので、お先にお召し上がりくださいませ。旦那様は先に済ませられましたし、奥様も身支度中です」
「一人の朝食ね。ふふ、今日は……いえ、今年度はいい年になりそうだわ」