表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

それでも彼女に恋をした

彼女と出会ったその日はしんしんと雪の降る聖夜だった。コンクリートジャングルというよりもクリスタルジャングルと言った方が良いくらいにガラス張りのビルが立ち並んでる。


そんなビル群から発光する光に、そして薄く積もった雪に反射する光に照らされ一人燦々と煌めく女性だった。


彼女を見た瞬間に周囲の動きは一瞬に止まった。それから暫くして自分の呼吸が止まり、意識が彼女にのみ注がれているのが分かり、彼女について少し思い返していた。


そんな彼女のことはよく知っていた。よく自分がお世話になっていたからである。


見間違う筈もない程に見慣れた彼女……緋花雪(ひばな ゆき)という名で活動しているAV女優だ。


デビューした際にはくっきりとした綺麗に伸びた長い黒髪、くっきりとした二重に、透き通るような黒い瞳、すらっと伸びた鼻筋、出るところは出て、違う部分はしっかりと引き締まった身体、そんな圧倒的な美貌にネットが騒然とした。


自分も大学受験を来年に控える中に関わらず、彼女の情報だけは手に入れていた。本当はいけないことであるがつい拝聴もしてしまっていた。


初めて彼女の作品を見て、これ以上は底知れぬ沼に嵌ると予期した。その後一切彼女の作品、SNSをも断ち切り……ほんの稀に彼女のお世話となり(本当に偶にだよ本当に)、難関私立の受験に臨んだ。そしてその甲斐あってか明應大学に見事に現役合格をした。


明應大学入学後には稀に彼女の作品を視聴したり、それ以外にはバイト、学業に明けくれていた。


そんな大学生活に、目までかかる長い黒髪に、そして眼鏡……そんな容姿も相まってか恋人の『こ』の字すら一向に見える兆しすら見えやしない。


そんな事もあり、性夜とも多く揶揄される聖夜『クリスマス』に、バイト先の後輩から『先輩〜〜クリスマスの夜って空いてますか?』と聞かれ一瞬デートのお誘いかとも思われた。しかし悲しいことか、『空いてるよ』と返答すれば当然の如く、『よかったぁ〜〜私彼とデートなんで代わって下さい』と自分の淡い期待は躊躇なく砕かれてしまった。


そんな彼女は今頃彼氏さんとベッドの上で夜の運動にでも励んでいるのだろうか……考えるだけでイライラとしてきてしまった……そんな事よりも目の前の彼女だ。


彼女の足取りは思いの外悪い様に見えた。

とそれと同時に彼女の足下はぐらついた。地面に美しい彼女の髪がつきそうになる、その寸前のところで自分は彼女を支え抱いた。


数センチ先には彼女の美しい顔が望まれ、少し頭を下げてしまえば唇が触れるかもしれない。また鼻腔にいい匂いが広がったーーモミモミ モミモミーー手のひらを軽く動かすと柔らかい感覚が広がる。何度も作品中に触れたい、触りたい、揉みたいと思っていた胸に手が掛かっていた。


一瞬で自分の体温が上がったのが分かった……と同時に周囲から、特に一人でいる男性から、視線が注がれていた。


当たり前、それもそうだろう。しんしんと雪の降る聖夜に容姿の整った美女と、整えていたのだろうが崩れた黒髪のパッとしない陰キャ、そんな二人が人目も憚らずに今にもキスをするかの様な体勢でいるのだ。特に孤独な人間にとっては酷な様子に違いない。


居た堪れなくなった自分は彼女と恋人を装いつつ、介抱しながらその場から急いで離れることとした。


そして大通りの近くでタクシーを拾った。







〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜










チュンチュン 鳥の囀り声がする。

自分の隣にはを一糸纏わない美しい女性が幸せそうに眠っている……自分の姿を見ればはこれまた一糸纏っていない。


性の六時間は一切関係がないと思っていたが、唐突にその機会は訪れた。


彼女を起こさない様に自分はそっとベッドから出る。肌に身包み一つ着けない状態でクローゼットに近づき、服を取り出し身につけた。


昨日迄はまだ恋人の『こ』の字すら見えなかった自分だ。当然の様に十二月二十五日にだってバイトがあるのだ。


バイトの為に日常生活とは異なり頭髪を整えている。多少人前に出てもいいとは思うのだが、まぁ自信はない。


普段なら既に切っているであろう暖房がついた部屋のベッドでスヤスヤと眠る、身体を交えた彼女を尻目にバイトに向かった。そしてその途中ザクザクと、積もった雪を踏み固めながらに昨日の事を思い返してみることとした。




家の前に着き、雪さんを連れてタクシーから出ようとした時のタクシーの運転手のニヤニヤした顔と言葉は一晩経った今でも忘れられない。


『おい兄ちゃん、頑張れよ』


『えっえぇ……』


閑散とした住宅街のなかエンジン音を発しながら、段々と小さくなるタクシーを見つめて呟く。


『どう考えても酔い潰れた女を連れ込んだとんだクズ野郎なんだよなぁ……』




部屋に入ると先ず雪さんをベッドに寝かせた。勿論やましい気持ちは持ってはいなかった。本当の本当になかったんだよ……


脈拍、体温を測ったりしても、数値に問題はなく、キツくはないのだが軽い酒の匂いもある、おそらく酔い潰れてしまったのだと思う。余りお酒の匂いもキツくなく睡眠不足か過労の可能性も拭いきれないのだが……


自分の身体が資本という仕事柄、唯の趣味、学業、バイトに明けくれる大学生の自分には分からない程の、大きな負担があるのだろう。


冷蔵庫から卵、葱を取り出して、目が覚めたら彼女が簡単に食べられる様に、卵の雑炊を作る事にした。


卵の雑炊は米、卵、葱、出汁、醤油があれは簡単に作ることが出来る。非常にお手頃で、自分も熱を出した時や、食欲が湧かないときに食べる料理だ。


十分程が経ち丁度卵雑炊が完成したのを見計らったかの様に彼女、緋花雪さんは目覚めた。


「あっよかった。目を覚ましてくれた」


と勿論やましい気持ちはないですよと、おそらくとてつも無いほどにキモいであろう微笑みを浮かべて、アピールをするということは欠かさない。


なんて言ったって十九年間童貞を守り続けている紳士だ。今後十一年間は少なくとも守り続けると見込まれる生粋の紳士なのだ。やましい気持ちなどあろう筈はないのだが、一応念のためにアピールを欠かさないのだ。まるでフラグの様だが自分には関係ないことだ。


尚この三時間後には童貞を失い見事にフラグを回収することになるとは、予想も出来なかった。


目を覚ましたばかりで、自分が掛けた声にすら反応しない雪さんは、寝起きで目が余り見えないのか、薄らを開けた虚とした目のまま辺りを見回していた。


「クンクンーーいい匂い」


卵雑炊の匂いをまるで犬顔で嗅いだ雪さんは、匂いの元である自分の方を向いた。


「ーーきゃ!だっ誰?……此処はいったい」


ハッと驚いた様に此方を向いた。そんな驚いた顔顔はやはりとても綺麗だった。見惚れていると何を言っているのかは分からない声で何かを呟いていた。


「やだ……お酒を飲みすぎていつの間にか、お持ち帰りされていたの……しかもなんだかカッコいい?」


何か呟いていたのが終わると、ポッと顔を赤らめていた。


「あの〜大丈夫ですか?卵雑炊を作ったので良ければ食べて下さい」


一応先程の紳士の振る舞いは忘れない様に行っておく。雪さんは何故か少しばかり引いた表情をしたが、気にしてはいけないと思う。


「えっと、睡眠薬とか入って……「そんな訳ないです!」すっすいません……頂きます」


雪さんに要らぬ疑いを持たれてしまった。普通に考えれば雪さんは有名だ。下心を持って近づいて来るものも少なくはないのだろう。何かと危機管理能力が徹底している証なのだと思う。


ふぅ〜ふぅ〜 


作りたてで未だ熱い雑炊を、口を火傷しない様にスプーンを持って冷ましながら食べていた。


「多分あの私のこと知ってますよね……?」


此処は大人しく認める様にコクっと頷き言葉を発した。


「勿論知っています。でも今日は下心とか一切なく、純粋に道の真ん中で倒れた貴方を助けただけです。勿論食べ終えたらタクシーを呼びますから」


「あっ……助けて頂いた。あのありがとうございます」


その後も会話を続けた。雪さんの本名は雪代穂花ゆきしろ ほのかというらしい。お仕事終わり、作品の撮影ではなかったらしいのだが、その帰りでの飲み会で少し飲み過ぎてしまったらしい。そしてお持ち帰りされそうになったのを振り切って逃げたということを、ズズッと卵雑炊を食べ終え、彼女は教えてくれた。


一応つけておいたテレビから、『〜〜線を初めとしたJR各線並びに私鉄各線は、大雪の為列車に大幅な遅れ、または運休が発生しています。今後の情報にお気をつけ下さい』とだった。


カーテンを少しばかり開いて窓から外を見ると、一メートル先すらも見えない程の大雪になっていた。少し前穂花さんを抱き支えた時のしんしんと降っていた雪が嘘の様である。


気がつくと穂花さんの顔が直ぐ側にあった。やはり美しい横顔だ。穂花さんから不意をつくかの様な言葉が漏れ出た。


「これじゃ、帰れないね」


まるで自分に言ったかの様だった。穂花さんは立て続けに、「お風呂入らせて貰っても良いかな?」と可愛らしい声と表情で言った。


可愛いは正義、其れを信ずる自分の返事は勿論「良いですよ」だった。




ザァーーー

普段自分が入っている、其れも今迄自分以外に使わせたこともないお風呂に、穂花さんが入っている。悶々とする心理に少しばかり釘を刺しておく。このままでは理性が飛んでしまいそうである。


テレビの音も何も耳に入らない中、不意に「お風呂ありがとうね」と声がした。


「……お風呂ありがとうね」


また声がする。其れもかなりの至近距離……目の前に女神の様に整った顔があった。少し顔を動かせば唇がつきそうなくらいに。


穂花さんの濡れた黒髪は先程よりも彼女の魅力を引き出し、色気が溢れ出ていた。更に身体はバスタオルで巻かれただけになっていて、たわわと実った果実の先は少し出っ張っている。よく作品で見ているあれだ。


「あっ興奮してるの?」


「えっそっそんなことは」


揶揄うようにいった穂花さんから逃げる様に俺は、お風呂へと急いだ。


先程の映像が脳裏から離れることがなく、紳士を貫く為にも自己処理を行っておいた。別にお風呂がいつもよりも長かったのは、その所為ではないのではあるが。


お風呂から出ると、穂花さんは自分のシャツを着ていた。まるで彼シャツである。シャツの所為か男の夢の詰まったものは更に強調されていて、その先は透けて見えそうでもある。


ベッドに当然の様に座り、頬をほんのりと赤くした穂花さんは、自分を手招きして呼び寄せた。穂花さんの色気の詰まった手招きは妖術の様に、自分の意志を簡単に破壊させ、自分はスッと寄っていった。


「本当に下心はないの?」


穂花さんは揶揄っているのか、シャツを持ち胸を見せる様にして言った。


「勿論です。自分は紳士なので、馬の流れで……そんなことは……後悔しかねないことは……」


「折角の性夜なんだよ。ないのは私だって人肌が寂しいの。久しぶりに愛のあるのをね」


「いや、そんなこと……」


「童貞?フフッ……じゃあ私に身を任せてね」


其処で自分の理性は吹っ飛び、十九年間守った物は穂花さんに奪われ、大雪の降る夜に熱い一夜を過ごしたのだった。









〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜








「ーーツ……はぁ」


今思い出してもどうしても顔が真っ赤になってしまう。非常に柔らかく、揉めば五指の形にスッと変えた。ゴムを使ってヤったが、中はなんとも言い表せない初めての感覚だった。初体験後結局窓の外が薄っすらと明るくなる迄、穂花さんとハッスルした。


尤も殆ど求めたのは自分ではなく、穂花さんの方だった。『受け止めるのは、男の甲斐性だよ。頑張って♡』と二回、三回……とほぼ休みなくし続けたのだ。寝ていたとも言い切れない睡眠時間の為か無性に眠気がしてバイトに影響が出そうだ。


新雪の積もった道で、ザクザクと雪を踏み固めながら歩くのを楽しんでいると、バイト先のコンビニに着いた。働いているコンビニは時短営業であり、二十四時間営業ではない。店の前の小さな駐車場は真っ白に染まりっている。裏口からスタッフルームに入った……其処には椅子の背もたれにもたれかかって爆睡しているオッサンがいる。


この人はうちのコンビニのオーナー兼店長の東庭 真之(とうてい さねゆき)だ。学生時代には『とうてい』が『童貞』に聞こえるという事で、名前に絡ませて『真の童貞』と揶揄われていたらしい。


尤も未だに彼女いない歴=年齢であり、三十八歳となり風俗に行こうかと真剣に迷っていると相談してきている。十九歳に相談する内容ではないだろと毎回言うのだが、そんなことお構いなしに何度も相談してくる。


そんなに捨てたいのなら早く素人童貞になれば良いのにとは思ってしまう。これも童貞ではなくなった余裕なのだろうか?


十二月二十五日、今日のシフト的に非リア充の二人で昼迄回さなければならない。故に真之さんには起きてもらわなければならず……ゆさってもなかなか起きない為、椅子を蹴り倒す起こし方を取らせて貰った。何故かキレてきたが、起きない方が悪いのだ。


「くぅ〜なんで今年のクルシミマスも一人で過ごさねばならなかったんだ!」


『ドンッ』と怒りを露わにして机に当たっていた。


「秀麻もそう思うよな!」


正直穂花さんと一緒に過ごしていたので、直ぐに肯定はできないのだが、流石に否定すると面倒になりそうだ……


「……えぇ、私もそう思います」


「……秀麻、本当のことを言ってくれ……お前昨日誰かと一緒に過ごしたりしたか?」


マズいこの人は何故か妙な所でキレる人間で、よく後ろめたい事があると必ず暴いてくる人間だったのだ。


「イエ、ズットヒトリデシタヨ」


「おまぇぇえええ!! 遂にヤったのか! ヤったんだな!うぅぅ……また一人また一人と、俺を裏切って行くんだ。まぁ兎も角おめでとう」


そっと肩に手を置かれて言われた。思いの外に非常に人格に優れた人間だったようだ。




特にその後は何事も起こる事なくバイトは終了し、帰宅することとなった。少し恐れていた根掘り葉掘り聞かれる事もなく、其ればかりか三ヶ日のシフトを無くしてくれて、「彼女と一緒に初詣にでも行って来なさい」と言われた。


穂花さんとは一日限りの間柄の筈だ。次のバイトが終わって帰宅をしたら、どうせもう何処かに消えている筈なのだ。初詣デートなど出来得る筈もない。一夜を共にできただけで大勝利であったのだ。


掛け持ちのバイト二つ目はファミレスだ。店長からは「クリスマスとか入ってくれる人が少なくて大変なのよ。態々ありがとうね」と何故か【ネズミーランドのペアチケット】を貰った。 


『あれ?もしかして、童貞卒業したのがバレている?!』と冷や汗をかいたのは言う迄もないだろう。


辺りも暗くなり、靴底ほど積もった雪も殆ど溶けた頃自宅に帰った。玄関の扉を開けた瞬間にトントントンという音が聞こえ、廊下の扉の窓から漏れ出る光で、電気が灯されているのが分かった。扉を開けてみると、何故か彼シャツの状態で料理を作る穂花さんの姿があった。


「えっと穂花さん何をしてはるんですか?」


「えっと……見てわからないかな?晩御飯を作っているんだよ」


「なんで……ですか?」


「昨日助けて貰ったし、そのお返しかな?」


「……」


「其処は『ありがとう。頂きますね』とかで良いんだよ」


「あっありがとうございます」


「うんうん。じゃあ先にお風呂に行っておいでよ。沸かしてあるから」


ーージャボンーーザザァー


「はぁ……えっと穂花さん」


湯船に浸かると穂花さんのことを考えていた。家に帰ってからの穂花さんは、まるで自分の妻の様だ。未だ付き合ってもいないのにそんな事を考えてしまう辺り、少し可笑しいのだろう。


「穂花さんが僕の妻……」


口に出せば、頬がお風呂の所為ではなく、別の理由で赤くなる。……更に恥ずかしくなってきた。


お風呂から上がると机には様々な料理が並べられていた。


一般的なカルボナーラのパスタ、見て分かる程に手の込んだオニオングラタンスープ、彩り豊かに盛り付けられた大皿のサラダ、更にチーズの乗ったハンバーグなどであった。


穂花さんの趣味に料理は記述されていなかった筈なのだが、本当はとても料理が上手いのだろう。他の人は知らないことを知った、この事実に少しだけ優越心が湧いた。


一緒に机に向かって「「頂きます!」」と言って食べ始めた。料理の品数こそ多いのであるが、その分一つ一つの料理は少なくされていて、全てを食べ切ることは容易そうである。


先ずはサラダから食べる。大皿に美しく盛り付けられたサラダを、自分の小皿移し替えつつ食べてゆく。


卓上には穂花さんが一から作ったという穂花さんお手製のドレッシングがあった。自分はドレッシングが苦手なのだが、しかし何故か穂花さんのドレッシングは甘みと辛みが絶妙で、ドンドン食べ進める事が出来た。


次はカルボナーラだ。この前自分で作ってみた時には卵が固まってしまい、ボソボソとした食感となり失敗してしまった。だが穂花さんのカルボナーラはしっかりとクリーミーさが残っていてとても美味だった。


「穂花さん!カルボナーラのクリーミーさが残っていて、凄いですね!今度作り方を教えてください」


「……ん〜ごめんね。其れは出来ないかも」


ふんわりとお料理デートに誘ったのだが断られてしまった。やはり初詣デートとリズニーランドデートは誘えなさそうである。


オニオングラタンスープは玉葱の味が、甘味がしっかりと際立っていた。しかも使われている容器がまたより一層スープを美味しくしている。


チーズの乗ったハンバーグはお手製のデミグラスソースだった。まるでお店の様な感じで、ハンバーグを切れば肉汁が『ジュワァ〜』と音を立てているかの様に溢れ出す。


この料理一式で二、三千円くらい取れるのではないかという程の出来だ。


時間をかけてゆっくりと、味わいながらしっかりと食べ終わる。


「ご馳走様でした」


「お粗末様でした」


「秀麻くんはゆっくりとテレビでもみててよ」


「いや自分が片付けるよ」


「うんうん。休んでて欲しいの」


「じゃあ一緒に片付けよう?」


すると頬をほんの少しだけ赤くして答えた。


「わかった♡」と……




大学生の家にしては珍しく食洗機がある。此れは自分は効率を求めて、食器の片付けにかかる時間と、水の使用量を考えている為だ。その為片付けは其処迄時間はかからず直ぐに終わった。


其れから穂花さんがお風呂へ入り、色気のある状態でお風呂から上がり、興奮したのを昨日に引き続きまた揶揄われた。


そしてまた熱い夜を穂花さんと共に過ごすこととなるのだった。


一夜中女性の嬌声が部屋に響いていたのは言うまでもない。







〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜









それから数日間バイトと穂花さんとイチャイチャしたりと堕落した日々を送っていた。そして気づけば二日後には年越しだ。そんな会話をして眠った……


そんな日の翌朝だった。いつも通りに隣で寝ている筈の穂花さんに抱き着こうとする。しかし居るはずの彼女は其処にはいなかった。


その事実を理解するのに数秒を要した後、俺は飛び起きた。今迄……穂花さんと一緒に過ごしてから数日間であったが、これ迄にベッドの上でイチャイチャしてから、共にシャワーを浴びるというルーティン以外なかったのだ。


料理でも作ってくれているのでは?という期待を持ってひんやりと寒い空間へと足を踏み出したのだが……その期待は一瞬にして消し去られることとなった。


肩を並べて二人で食事をしていた机の上に、『お仕事に行って来ます。改めて五日間だったけどありがとうね』と……置き手紙が残されていた。


俺は忘れてしまっていた。穂花さんはあくまでも緋花雪であり、俺の彼女ではない。よくてセフレだったのだ。俺が独占していたこの五日間は永遠のものではなかったのだ。


この五日間で結構変わった。一人称も気づけば俺となり、毎日の健康的な食事の御蔭か顔色も良くなって、バイト先では東庭さんに『顔色がいいじゃねーか!彼女さんに美味しいもん作って貰ってるじゃないか?』とニヤついた顔で聞かれることも屡々だった。


ふと電波式のデジタル時計に目をやるとは9:38だった。一時間半後にはバイトの時間となり、穂花さんいつ出て行ったのかも分からず、着の身着のまま今直ぐに追いかけたところで追いつけない、そして結局見つからないというのが関の山だろう。


穂花さんがまた誰かに抱かれる。この五日間で非常に大きく膨れ上がった嫉妬心に駆られてしまった。


穂花さんの職業はしっかりと理解しているつもりでもあった。何度も何度もお世話となって、次の作品に期待していた俺もいたのだ。


唯簡単に受け入れることも出来ず、失意のままにバイトへと向かうこととした。


当然のように東庭さんには煽られた。いつもとは全く違う暗い顔をしてバイトに行ったからなのか、直ぐに問われることとなった。


「秀麻……お前彼女となんかあったのか」


「いや未だ彼女じゃないんですけど……その……」


「そのってなんだよ。てかご飯作って貰って、エッチして、彼女じゃないとか煽ってるのか?」


「いや今そんな冗談は……」


「ん〜冗談でもないんだがな……結構深刻そうだな。なんか言ってみろ。口に出して気晴らしに成ることだってある。」


「その……未だ彼女ではないんですが、彼女が置き手紙を残して家を出ちゃって……」


「あー振られちまったか。よしよし分かった。そういう時はな、新たな恋に挑むのが大切だ。今日の夜に合コンあるから、お前も来い、そして元気出せ。断っても聞かないからな」


「えぇ……わかりました」


結局東庭さんに圧されるがままに合コンに行く運びとなってしまった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





バイトも終わり、暇を潰して割とお洒落な印象的に来ている。しっかりと個室、今度こそは落とそうという東庭さんの意気込みが表れているかのようだ。


そんな俺の目の前にはとびきりの美人が三名並んでいる。特に右端、目の前の女性は可愛い。鼻筋が通り、くっきり二重決して穂花さんに引けを取らないくらいである。髪は明るめの色であり、少し巻かれていた。清楚な穂花さんとは反対のギャル系という感じか……


男女共に三人ずつ参加の計六名での合コンだ。東庭さんは……実質参加していないも同然なので二人か……俺以外のもう一人は平尾政虎という生粋のイケメンだ。名前こそ同じであるが、本家政虎の上杉謙信とは似ても似つかず、彼女がいるのにも関わらず、新しいセフレ探しという理由で参加している。控えめに言ってトイレとかで脳出血してしまえば良いと思ってしまった……いけないいけない。


軽く挨拶して、自己紹介となった。政虎に向けて熱い視線を送りながら個性的な挨拶を二人の女性はしていた。そして一番可愛い目の前の女性の出番となった。


岩崎紗凪(いわさき さな)です。中稲田大学文学部二年です。趣味は料理と……ゲームをしてます。よろしくお願いしますね」


前の二人とは異なり、何故か此方の方を見ていた。あれ脈があったりするのだろうか。


……まぁそんな訳ないか。童貞脳じゃなくなった弊害が出た気がする。


そのまま合コンは皆んな楽しく……東庭さん一人を除いて楽しく進んでいた。何故二十代前半相手に勝ち目があると思ったのだろうか。『現実を考えるべきじゃないですか』と言いそうになってしまったが、グッと堪えておいた。そんなことを言っては東庭さんが当分動けなくなってしまいかねない。


紗凪さんに標準を合わせたのか政虎くんは、のらりくらりと躱す紗凪さんにめげずに声をかけ続けていた。それでも全く相手にされていないのだが……無論政虎を狙っている、紗凪さんを除く二人も政虎に積極的に声をかけているが、政虎は相手にしようとしない。


一方紗凪さんはというと、俺もやっているAPAXというゲームと多少する料理という共通の話題で積極的な会話をしていた。やっぱり脈アリなのだろうか?


「どんな料理が好きなの???」


「一番は和食かな……でもイタリアンも偶に作ったりするよ」


「和食好きなの!?私も和食が好きでよく作ってるんだよ!」


紗凪さんはゴソゴソと鞄の中からスマホを取り出して……instantgram、縮めてインスタの投稿をにへらっと笑い照れながら、見せてくれた。飾り切りが多く、また丁寧に施されていて、バランスの取れた美味しそうな和食だった。


「どお?凄いでしょ!」


「うん。凄く美味しいだね。食べてみたいくらいだよ」


そう言うと机に乗り出して、俺の耳のそば迄口を寄せてそっと、「だったら今度作ってあ・げ・る」とボソッと言った。


時間が経ち合コンはお開きとなった。政虎はどうやら落とせなかった紗凪さんは諦めて、二人と二次会に行くらしい。『久々の3Pもいいかなって』と言っていたのが印象的だ。やっぱりイケメンは好きにはなれない。


で東庭さんはというと当然のように、一人とぼとぼと、哀愁を漂わせながら夜の街に消えていった。


店の前に紗凪さんと二人きりになる。紗凪は頬を少し紅くして、「この後私の家に来ませんか?」と言う。


この時の俺の顔はそれはそれは紅かったであろう。









〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜








--チュンチュン

見慣れない天井だ。隣には温かい体温を感じる。穂花さんとは別の女性である。店の前で家に誘われた後、俺は楽しく紗凪さんとゲームも交えつつ家飲みをしていた。気づけば終電を逃し、流されるままに彼女と肉体的接触を求めた。


今思えば全て紗凪さんの策略の上だったかなとも思う。唯その可能性はかなり低いと思う。ベッドの白いシーツに残された、小さな赤い血の後が物語っている。


意外にも彼女は未経験だったのだ。ビッチなら可能性はあっただろうが、未経験となるとそれは違うと思う……と言うよりもそう思いたい。


「ふぁ〜〜」と紗凪さんは声を出して身体を起こした。決して貧相とは言えない、大きな二つの実を布で隠しながら、「秀麻おはよう」と一言急に抱きついてきた。


……そのまま朝から激しい運動に勤しんだことは言うまでもない。


その後、紗凪さんの作る手料理に舌鼓を打ってからRINEを交換した俺は、日の傾きかけた中一人家へと帰った。


帰り際に「秀麻また今度会おうね」と声をかけられた。俺は一言「わかった」と返事した。









〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜










一日帰らなかっただけで、随分と帰っていなかった気にすらなる。


ーーガチャ……バタン


と音を背中で聴きながら、部屋へと目線をやる。すると何故だろうか、部屋から光が漏れ出ていた。しかもいい匂いまでするのだ。


小走りしつつ扉を開けると、出ていった筈の穂花さんが陽気に鼻歌を歌いながら、何か料理をしていた。


「穂花さんなっなんで……」


「お仕事が少し早く終わったから帰ってきたの。年越し前に帰れて本当に良かった♡」


「置き手紙があったから……てっきり家を出て行った、お仕事のこともあるし、フラれたとばかり……」


「そんなことないよ!」少し怒ったように穂花さんは言った。


「そんなことない!置き手紙は年越し前に帰って来られなかったら嫌だからおいていったの……家から出るなんて一言も書いてなかったでしょ?」


思い返せば確かにそうだ。家から出て行くなんて書いていなかったのだ。自分の早とちりだったと気づくと同時に、穂花さんとの関係があやふやなまま、紗凪さんと一夜を共にしたことに激しい後悔が襲ってきた。唯穂花さんもまたお仕事だったのだ。俺だけが我慢する必要があったのかとも思ってしまった。とんでもないクズな思考である。


「うっうん。そうだね。お仕事キツかったんじゃない?俺が作るよ……」


動揺を隠しつつ、俺は取り繕うようにそう言った。


「ふ〜ん。もしかしてお仕事がAVの撮影って思っていない?」


「えっとそうだけど……」


「私の今回のお仕事は撮影だけど、グラビアの撮影だよ」


正直にホッとした俺がいた。穂花さんは他の男に触られていなかったのだ。でもそうすると俺のしたことは、決して許されないことなのではとも思ってしまった。


「えっ……」


「絶対ホッとしたでしょ?嬉しいなぁ♡料理は殆ど完成してるから、しよ?溜まってるでしょ」


穂花さんは俺の手を引っ張って引き寄せると、ベッドに押し倒してきた。そのまま唇を合わせるかと思ったら……


「クンクン……おかしいな。秀麻くんから別の(メス)の臭いがする」


冷や汗が止まらない。一気に体温も下がった気がする。


「別に付き合ってとも言っていないし、付き合ってるって言い切れないから許すけど……ちょっとお姉さん悲しいなぁ〜〜」


なんだか穂花さんのあまり見ないSっ気が強くなっていると思う。


「ついでだから言うね?私秀麻くんの事が好きだよ、どうしようもなく好き。だから私だけを見て」


「えっと……」


「直ぐに答えは出せない?仕方ないかな……秀麻くん優しいし。でも付き合って欲しいな」


「えっと……俺も穂花の事が好き」


言葉を言い切る前に『えへへ』と笑い口付けをしてきた穂花さんに止められた。


「ありがと、その女のことも上書きして忘れさせてあげる♡」


紗凪さんのことも一瞬だか頭に過った。それでも俺は彼女を受け入れた。穂花さん……いや穂花と幸せになる。この日はそう誓いを立てる日だったのだ。


〜完〜


それでも彼女に恋をした。を御拝読頂き本当にありがとうございました!! ( *・ω・)*_ _))ペコリン

初めて完結させたので終わり方に不満がある方もいるかもしれません。その場合は本当に申し訳なく思います。


紗凪を登場させるのには抵抗も有りました。唯合コンに行って、お持ち帰りしない、関係を結ばないというのは有りなのか?とも思い登場させました。正直紗凪でブレてしまったのかなとも思いはします。


しかしそれによって、穂花の度量の大きさも表せれたのかなとも思います。


また連載作品も不定期に更新して行こうとも思うので是非そちらの方も宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 何から何まで清廉潔白な人の方がひょっとしたら少ないのかも。 時には躓いたりすれ違ったりして それでも離れる事は無く仲を深めていってくれたら良いなと思いました。 面白かったです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ