Ⅰ.Ⅴ.能力者同士の契約
「なんだ!? ——どういうこった? ——クソッ」
驚くのもそこそこに、銀髪の少女エミネは、打ち砕かれた双槌のもう片方を構え、すぐさま追撃の体制をとる。
「≪遺物の右槌≫!!!」
またもや手を前に出して防ぐ構えを見せるしかなかったミナトであったが、それを読んだかのように、大槌は上段ではなく、ミナトの腰あたりに直撃する。
だが、結果は変わらなかった。
ミナトの身体に触れたか触れていないかの瞬間、またもや大槌は、その柄の部分だけを残して砕け散っていた。
ミナトへの衝撃は無い。
「ちっ、くしょう——!」
遺物による攻撃が通用しないと見ると、エミネの切返しは早かった。
まだ、何が起きたかわからず呆然としているミナトに、素早く膝蹴りを繰り出す。
思いがけない直接攻撃は、ミナトのがら空きだった腹に会心の一撃を加えた。
しなやかな細い足を曲げての一撃は、ミナトに、まるで鋭い槍に貫かれたかのような衝撃を与えた。
「うっ——!」
しかし、その衝撃に呻いたのは、ミナトのみではなかった。
「っあぁっ——!? ——なんだ!? この感覚!? はぁ、はぁ、はぁ——何しやがった!」
攻撃をした側のエミネも、訳の分からない感覚に悶え、息を切らしている。
——クランと同じ反応だ。
マナ吸収が成功した——?
それでも、ミナトの蹴られた痛みは消えないようだ。
激痛が走る腹を押さえながら、ミナトは必死に考える。
やはりというべきか、直接触れないと、ダメなのか。
反対に、能力を発動させながら触れさえすれば、マナは吸収できる。
そうすると、さっきの武器——大槌が効かなかったのも、その武器がマナ由来の遺物だったからか? ミナトは考える。
マナ由来の遺物に能力全開のミナトが触れたことで、その力が吸収され、形態を維持できなくなった遺物は砕け散った。そうと見るのが妥当だろう。
それなら——どうする?
ここからの最善の対応を探して頭を回転させる。
しかし、エミネはミナトにそれ以上考える暇を与えない。
——頭を狙った上段回し蹴りだ。
一撃で気絶させて仕留めようという魂胆だろう。
間一髪、腕を上げての防御が間に合う。
なぜ自分にそんな機敏な動きができたのか、ミナトにも分からなかった。
声を上げたのは、攻撃したエミネの方だった。
「くっ——んっぅあぁっ! ——何なんだ!?」
その隙に、ミナトはエミネとレイの対角線上に回り込む。
考えていた通りだ。触れると、マナ吸収が発動する。
どうする? ミナトは頭を回転させる。
ここから考えられる一番最悪なシナリオはこうだ。
——遠距離攻撃。
「身体に触れるとマナを吸い取る」この能力の仕組みを彼女が理解し、今までのように大槌による攻撃か格闘かを止め、距離を取りながら投擲を繰り返す。
それだけで、ミナトにはなす術がなかった。
それだけは避けたかった。
思い出せ、この子はなんと言っていた——?
——あとは邪魔しに来たお前をぶっ倒して、トンズラこくだけだ。
一か八かの賭けだった。
ミナトは痛む腹と腕をごまかしつつ、少女に問いかける。
「——なあ、取引しないか?」
「はあ、はあ、取引……だと?」
「俺の能力は分かっただろう? ——マナの吸収。このまま戦えば、お前はマナを吸い切られて負ける。いたいけな少女を襲う無法者を、俺は都市衛兵に突き出すだろう」
「——いたいけな、少女ね」
エミネがつぶやくも、ミナトは構わず続ける。
「だけど、俺の能力には弊害があってな。見ての通り、周りの空気を冷やしてしまうんだ。——これ以上の戦いは、傷ついたレイへの負担が大きい」
「そんなの私が知ることかよ」
「退いてくれないか。 代わりに、俺は、お前のことは誰にも言わない。
——能力者同士の契約だ」
少し考えるそぶりを見せたエミネだったが、言葉を続けた。
「あわよくば姫様を攫えれば万々歳と思ったんだが——欲張りか。まあ、元々の目的は果たしたことだし——」
エミネには、正直言うと勝算があった。目の前の男は、能力はどうやら強大らしいが、戦いに関してはずぶの素人のようだった。
それでも、リスクを避けられるならそれに越したことはない。
得体のしれない一般人と揉めたことが理由で、今後に影響をきたすのは避けたかった。
「——いいぜ。お前のペラい取引にのってやる」
そう言うと、構えを解いて右手をグーで差し出し、エミネはその場に佇む。
少し間が空く。ミナトは動かない。
「——近づいたらふいうち、とかないよな……?」
「ビビりかよ!? そんなセコいことはしねえよ!」
ミナトからも、この少女が嘘をつくようには見えなかった。
「契約だ。エモン・ミナトは、エミネ・シェヒラビュユクについて、他言しない。エミネ・シェヒラビュユクは、これ以上レイ・ヘイリを傷つけない。」
そう唱えると、ミナトはエミネと同じく、右手をグーで差し出した。
本当は握手を交わすのが、主な契約の結び方だが、身体が触れれば何でもよかった。
向こうがグーな以上、じゃんけんでもあるまいし、ミナトもグーを出した。
「——ほらよ。」
こつんと、こぶし同士が触れ合う。
「一つ、手合わせの土産に忠告だ。——間もなく、この街はルミア軍団国に落とされる。死にたくなかったらすぐに街を出な。一騎当千の能力者も、本当に千人にかかってこられちゃ、ひとたまりもないぜ。ましてや戦いに関してはずぶの素人じゃあな!」
去り際にそんなことを言い残すと、エミネは華麗なジャンプをかまし、あっという間に見えなくなった。