Ⅰ.Ⅻ.いつもと変わらない夜
「やれます! ——力を、貸してください」
その表情を見たミナトは、一言だけ短く言った。
「——手を」
レイはミナトの言うとおり手を差し出す。
細い手首だ。ミナトはそう思った。本来であれば、この細い手首に、すべてを託すわけにはいかない、と考えるものだ。けれども、レイの吹っ切れた目を見ていると、そんな気持ちも消え失せてしまった。彼女は一人の少女である以前に、ニューシェフィールドの都市衛兵であり、最強の防衛線力≪閃光≫のレイ・ヘイリであった。
触れた手から、ミナトの持てるマナを最大量注ぎ込む。
「我慢してくれよ——レイ!」
「はい——!」
それが終わるまでに時間はかからなかった。
黄金の輝き。
マナを得たレイを表現するとすれば、その通りであった。
光のマナを身に纏う方法の応用でミナトから得た火のマナを身に纏ったレイは、春の日差しのごとく世界を照らした。
雪解けのように雲は晴れ、萎れていた草木が生命を吹き返す。
「——行きます!」
地面を蹴ったレイは、彼女それ自体が閃光であるかのようだった。
高速で敵陣を駆け抜ける彼女に触れた者は皆その場で倒れ——気絶した。
一直線に、レイはルミア軍団の本陣——司令の天幕へと駆ける。
(力が、湧いてくる——!)
レイは、波のように押し寄せる敵を跳ね除ける。
剣も、槍も、弓矢も、彼女には意味を為さなかった。
都市を囲うその各陣地を壊滅させて回るのに、そう時間はかからなかった。
「待ちやがれ!」
快進撃を続けるレイの前に、一人の少女が立ちはだかる。銀色の髪に、両手には大槌を手にしている。エミネ・シェヒラビュユクだ。
「わりいが、通すわけにはいかねえ!」
目の前の少女、≪閃光≫のレイは、何の原因か分からないが体内のマナを取り戻している。それどころか、未だかつて見たことがないほどのマナをその身に纏っている。
軍団が、殲滅される。
レイの姿を見たエミネは、真っ先に感じた。
「ったく、ついてねえぜ」
それでも、≪征服者の双槌≫でマナを破壊すれば——
大槌を振りかざすエミネは、違和感に気が付く。
「——っ、攻撃できねえ! ——はっ!?」
エミネは思い出した。
——契約だ。エモン・ミナトは、エミネ・シェヒラビュユクについて、他言しない。エミネ・シェヒラビュユクは、これ以上レイ・ヘイリを傷つけない。
瞬間、レイはエミネの真前まで迫る。
クソッ——殺られる——!
身構えたエミネの額に、レイの手は軽く触れただけだった。
エミネは全身の力が抜け、その場にへたり込んだ。
(最悪だな、クソッ——まあ唯一良いことがあるとすれば、あのクソ司令が痛い目を見そうだってことくらいかな)
レイの背中を見送りながら、エミネは苦笑した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
リア・シェフィールドが目を覚ますと、そこは天幕の中だった。
「お目覚めかな? 洗礼の巫女よ」
「——?」
「自己紹介が遅れたね。私はルミア軍団国第Ⅳ軍団司令官——」
「そこまでよ!」
レイ・ヘイリが遮る。
司令の言葉が終わらないうちに、天幕の入り口が空く。衛兵は床に伸びていた。
「動くな! 」
司令はリアをその腕で抱きよせ、剣を突き立てる。
「私がこんな小物じみた真似をするのも癪だが、致し方ない。——全く、エミネは何をやっているんだ」
レイは立ち止まる。
「交渉よ、彼女を離しなさい。そして、軍を退いて。そうしたら、危害は加えないわ」
「はっ、——何を言っている、この状況で」
鳴り渡る羽音。大鳥の鳴き声が響き、天幕の天井が突き破られる。
司令の後ろに降り立ったミナト・エモンは、目にもとまらぬ動きで司令から洗礼の巫女を退き放ち、その腕に抱え、言い放つ。
「この状況? 状況を分かってないのは、そっちじゃないのか?」
「ミナト!」
リアの嬉しそうな声を聴いたのは、初めてかもしれない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
≪閃光≫レイ・ヘイリによってその全隊が行動不能に陥ったルミア軍団国は、ミナトらによって拘束された司令の指示のもと、そのままニューシェフィールドに投稿した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ミナト・エモンは夜九時になると決まって訪れる場所がある。
——夜の仕事、つまりは≪洗礼の巫女≫就寝時の冷房、兼話し相手のためだ。
扉を開けると、ベッドに腰かけた巫女と目が合う。
「いらっしゃい」
いつもと変わらない夜を、この日もミナトは過ごす————




