Ⅰ.Ⅹ.決心
会議場での後片付けを終え、アダム・ヘイリが医務室に入ると、レイは眠っていた。
——あどけない寝顔だ。
腰に差した刀に手をかけ、自身の娘を自身の手で殺めなければならない己の運命を呪う。
一閃の下に——総督に対してそうしたように——その生命を止め、新たなる≪閃光≫を目覚めさせる。
次の伝承者は、レイの妹になるだろう。齢八歳であるが、あれはしっかりしている。必ずやその能力を以て国家の敵を打ち砕いてくれるはずだ。
しかしながら、アダムはその手を刀の柄から離し、レイのベッドの隣に腰かけた。
レイの寝顔が、彼の気持ちを引き留めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「急いで——!」
市庁舎の廊下を、ミナトとレイがかける。太陽の位置から昼過前の時間帯だというのに、人はいない。
何かあったのだろうか。
——扉を開けた医務室の先には、ベッドに横たわる≪閃光≫レイ・ヘイリと、その横に座る、将軍たるアダム・ヘイリが居た。
「巫女様——! どうやってここまで?」
「今何が起こっているのか、説明を頂けるかしら。」
二人は将軍より事の成り行きを聞いた。内通者が総督であったこと、その総督を誅したのが将軍であること。ルミア軍団国が既に場外に陣を張り終えていること。降伏勧告は拒否すること。——そして。
「≪閃光≫の継承を考えていたのね」
「——っ」
アダムは黙り込む。沈黙が即ち答えだった。
納得という顔のリアに対し、 ミナトは話についていけない。
「どういうことだ、継承って?」
「今いる≪閃光≫が死亡すれば、その能力は別の物へ受け継がれる。それが≪閃光≫の継承よ」
「なっ——!」
驚くミナトを遮るように、別の声が入る。
「——お願いします」
絞り出すように発せられた、レイ・ヘイリの声だ。
「聞いていました。父上。その判断に誤りはありません」
「レイ——」
アダムが驚いたようにレイの名前を呼ぶ。
声色に動揺が見て取れる。本人には聞かれたくなかったのだろう。
「なっ、何を言い出すんだ!」
「その声は——あなたが私を助けてくれたことは分かります。救われた命をみすみす手放すのは、あなたに申し訳が立たないことも理解しています。——ですが、能力を使えない今、私は——用なしです」
——それに、そもそも私は……
レイは思う。仮に能力を使用できたとして、自分はこの手を血に染める覚悟ができていただろうか。おばあさまのように、何万に至る敵の軍勢を、その手で屠ることが果たしてできていただろうか。
安心していたのだ。能力が使えなくなったことで。
自分が死ぬより、この手で人を殺める方が、レイは怖かった。
しかし、そんなレイの考えは、巫女の一言で打ち砕かれた。
「能力は、使えるわ」
「な、何を仰いますか。巫女様。私の中のマナは、まだごく一部しか再生できていません。今の状態で≪閃光≫を放つなどとても……」
「ええ。——ミナト」
巫女の呼び声に応え、ミナトはレイの手を取る。
「なっ——!?」
驚くレイであったが、消耗した彼女に手を払いのける力はなかった。
その手を握ったまま、ミナトはマナの注入を行う。
「んぅぁあ——!! ——何をしたの!?」
「マナだ。俺の能力を使えば、お前の中のマナを丸ごと復活させることができる。
——力を、貸してやれるんだ!」
ミナトはレイの目を見つめる。
力を、貸す? 人を殺すための力を? レイはミナトから目を逸らす。
この男は、何を言っているのだろうか。
「信じられぬ。そんなことが可能なのか——?」
アダムがミナトに詰め寄る。ミナトの肩に手を置いたところで、衝撃に弾き飛ばされた。
「な、何だ——その力は……!?」
「可能よ。≪不滅の火炕≫——≪世界級≫の能力と言えば、貴方には解るかしら」
将軍は、驚愕の表情と共に、口角が上がるのを隠せなかった。これで——
「嫌! ——そんなこと、しないで!」
叫んだのはレイだった。
「私には——できない。——できないの! そんなことしないで! 私を殺して、別の人に……」
それだけ言うとレイは泣き出してしまった。
「——私は、誰も殺したくない!! もう嫌、誰かを殺すための、この能力なんて……」
バリン!!! と、医務室に大きな音が響く。
「≪目くらまし≫!!!」
途端に眩しい光が辺りを包み、ミナトは目を開けていられなくなった。
「ったく、司令も人使いが荒いぜ。あれも私、これも私、なんでも私の仕事なんだからよ」
聞き覚えのある声だった。
やっとのことで目を開けると、そこには割れた窓の縁にいるエミネ・シェヒラビュユクの姿があった。その腕には、気を失った巫女、リア・シェフィールドが抱かれている。
「エミネ!!!」
「久しぶり、ってところだな——手は出してねえぜ、その女には、な!」
契約のことを言っているのだ、とミナトは分かった。確かに、契約の内容は、「エミネ・シェヒラビュユクは、これ以上レイ・ヘイリを傷つけない」つまりは、巫女リア・シェフィールドには適応されていない。
「ふざけるな!」
「おっと、やり合うつもりはねえ。——強烈な一撃をお見舞いするからよ、間違って死んじまわねえように、保護しに来たんだ。司令がうるせえからな。」
ミナトが能力を開放する間に、エミネは窓から飛び降り、飛んできた大鳥に乗って城壁の方面へ飛んで行ってしまった。
「レイ——、お前はここで休んでいてくれ。——俺がやる」
それだけ言うと、ミナト・エモンは医務室から駆け出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
これで、よかったのだろうか。
ミナト・エモンが走り去った医務室に取り残され、レイは自問する。
彼は一度エミネを退けている。それに、巫女様が≪世界級≫と言っていたではないか。——私より、上だ。
彼に任せておけば、大丈夫。私は、何も——
「レイ!」
部屋にはアダムがまだ残っていた。
「お前は、それでいいのか——? ≪閃光≫の名を持つ者が、国を守る役目を放棄するのか——?」
「うるさい!!! ≪閃光≫だから何なの、私は、只の人。只のレイなのよ。——みんな、そうやって私に押し付けて!」
「……」
それを言っていいのか考えていたかのように少し黙ったのち、アダムは口を開く。
「押し付けているのは、どっちだ。——国と巫女様を護る使命を、あの少年に押し付けたのは誰た? 覚えておけ、お前がやらなくても、誰かが人を殺す。お前が死んでも、誰かが≪閃光≫として、我々の敵を殺戮するのだ。——レイよ、お前の信念はどっちだ。人を殺めたくないのか、その手を汚したくないのか」
「——わ、私は……」
「≪閃光≫を、人を殺すための能力と言ったな。それは違う。お前の母から託された≪閃光≫は、人を護るための能力だ。——私は指揮を執るために戦場に出る。よく考えておくといい」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
人を殺めたくないのか、その手を汚したくないのか。
そんなのは決まっていた。誰も死なせたくない。
城壁の外に並ぶテントを、レイは未だ目にしていない。
それでも、想像はできた。
槍を天に突き立てて居並ぶルミア軍団兵の一人一人。
彼らにもそれぞれ家族がいる。
侵略者だから打ち滅ぼせと皆は言うが、あまりにも無責任だ。
そのすべてが望んで侵略をしているとは思えない。
国の方針、軍団の指示、部隊の任務。
何者かに使役されている——彼らもまた、家族を守るために。
そのすべてを、私が、この手で、殺していいはずがない。
いえ、誰にも、そんなことをさせてはいけないはずなのだ。
けれど、結局、私にそんな力などない。あるのは、≪閃光≫という能力の呪縛のみ。
——≪閃光≫は、人を護るための能力だ。
人を護るためには人を殺すしかないではないか。あの、エミネと名乗る暗殺者がそうだ。≪閃光≫を放てなかった挙句レイが負傷し、事態を悪化させてしまった。
あそこで敵を退けられていたら、父上も総督を殺さないで済む方法があったかもしれない。
そういえば、随分と長い間起きていられるようになった。
今朝総督が訪ねてきた時には、話が終わるや気絶するように眠ったほどだったが……
「マナが、回復している——?」
レイは、自分の右手を見つめる。ミナトと呼ばれてた少年が握った場所だ。
ふと感じる、胸の底から湧き上がる暖かいもの。
それと同時に、レイは思い出した。
——力を、貸してやれるんだ!
そう言い放った少年の目を。
身体が起き上がる。
レイは思い出した。
——俺がやる
そう言わざるを得なかった少年の目を。
「行かなきゃ——!」
ベッドから飛び起きると同時に、病室の扉が開く。
「将軍様から頼まれて来ましたよ~、貴女の話し相手にでもなってくれって。先払いで報酬もたんまり——ぐふふ」
クラン・オルハンとその大鳥について、レイはよく知っていた。
「クラン! お願いがあるの!」




