邂逅
図書館にて。
俺は公務員試験に向けてなんとなく対策本を読んでいた。
まだ大学3年生ということもあり、わざわざ対策を始めるような時期でもないが、ただ何となく早めに買って手元に置いておきたかったのだ。
親は二人とも公務員であり、自分にも公務員になることを勧めてくれていた。
俺自身も、安泰っぽいという安易な理由で公務員を選ぶのも悪くないと思っていて、そのために勉強などに精を出すことはできなくはないだろうと思っていた。できなくてはないだろうっていう感じで、確信を持ち切れてないのは突っ込まないでほしい。
ただ、なんとなく。
このまま何も。
公務員に憧れも何もなく、公務員を目指すこと。
そこに対して、少しだけ違和感を感じているのも本音だった。
俺、実は公務員とかより色々な仕事をもっとやってみたいのかも、なんて柄にもないことを考える。
目指すことへの納得感はあるが、頑張る理由が特にないかも。
それぐらい感覚が今の俺の素直な心情だった。
俺が思索にふけっていると、隣の席を引いて机に腰掛ける人が来た。
ふんわりと立ち上る心地よい香りは香水だろうか。
他にも座る場所はあるだろうに、なぜ俺の隣を?
ふっと顔を上げてみると、そこにいたのは、戦場ヶ原闘子先輩だった。
「あ、戦場ヶ原先輩……!」
「こんにちは。平家君、だっけ?」
戦場ヶ原先輩は天使のような笑顔を浮かべて挨拶をしてくれる。
戦場ヶ原先輩の笑顔は、そのあまりの美貌と素晴らしく絶妙な口角のあげ方、目のたれ下げ方など様々な要因が重なって、名大の太陽と呼ばれている。何なら闘子先輩自体が名大の太陽と呼ばれてもおかしくないレベル。
俺や戦場ヶ原先輩が通っている名古屋大学はなぜかミスコンがないが、ミス名大を選ぶとしたら間違いなく戦場ヶ原先輩と全学年男子の意見が一致しているほどの完璧美人である。おまけに学業成績も優秀、学部1年生時代から学生団体の立ち上げを行って、全国の大学単位で支部ができるほどの学生団体に育て上げた敏腕っぷりだ。サイヤ人か何かかな?
そしてそんなすごい先輩が今俺の隣に座っている。
え、なんで俺の隣? 俺ワンチャン殺される説isある?
「公務員試験対策? 平家君、まだ3年じゃなかったっけ?」
「あ、はい、そうなんですけど、ちょっと先に備えて買っておこうと思って……。というか、戦場ヶ原先輩」
「ん?」
戦場ヶ原先輩はリスのように小首をかしげる。かわいい。
「俺、何回かイベントで話したことがある程度だった気がするんですが、よく覚えてましたね……」
「まあ、会ってLINEを交換した人は基本的に名前とかは覚えておくようにしてるよ?」
「戦場ヶ原先輩、マジで完璧超人ですね……」
「そうかなあ? 自分と少し距離がある人の話とか色々聞けるとすごい面白いからさ、ちょっとイベントであった人とかは覚えておくようにしてるよ」
「俺、そこまで交友関係のフットワーク軽くはできなさそうです……」
「ふふ、まあその辺の距離感は人によるよね、私は割とそういうの平気なタイプだからさ。あ、でも逆に、平家君が嫌だったらすぐ離れるよ、ごめんね!?」
戦場ヶ原先輩はずずいっと椅子を離して俺から距離を取ってくれる。
「いや、全然大丈夫ですよ! 戦場ヶ原先輩ならむしろ大歓迎です!」
「いや、親指立てながらそんな積極的に言われると逆にキモイ……」
「そこはもうちょっとオブラートに包んでいただけると嬉しかったです!」
「じゃあ、キモ……」
「イしか包み切れてない! しかもその言い方の方が若干傷が深い気がします!」
「それな! ごめん、私もちょっと感情込めて言いすぎた、次回以降気を付けるね!」
「俺も安易に気持ち悪い反応はしないようにしますね!」
「自覚はあるんだ……」
何回かイベントで時々話したぐらいの距離感ではない掛け合いを展開してしまったが、まあそこは戦場ヶ原先輩の心の広さがなせる業ということで1つ。
「でも、公務員試験の対策を早く始めた割には、ずいぶんと物憂げな顔してなかった? さっき」
「あ……見られてたんですね……」
「うん、どこか遠くを見るような顔をしてたよ。具体的には鶴舞キャンパスを見るぐらい遠く見ていた」
「もはやそれここからは見えてないですね……」
俺が公務員ではなく、医学部にあこがれていて医者になりたいのではと誤解される前に事情を話さねばなるまい。
「実は、公務員になろうか迷っているというか、なんというか」
「うんうん」
戦場ヶ原先輩はこくこくとうなずきながら話を聞く体制になってくれているが、ふと思い出したように、「長い話になりそうだったら、ここ図書館だし場所移動しようか?」と提案してくれる。
だがしかし、自分のプライベートな悩みを戦場ヶ原先輩に相談してしまうと普通に迷惑そうだな……。
申し訳ないし今回は断ることにしよう。
「いや、戦場ヶ原先輩に相談に乗ってもらうのは申し訳ないですね……。大丈夫で」
俺が口にした瞬間、がばっと戦場ヶ原先輩に両肩を両手でつかまれる。
戦場ヶ原先輩の目はめちゃくちゃキラキラしている。
「大丈夫、相談私大好きだから。三度の飯より相談が好きだから」
「私、気になります!」って今にも言い出しそうなぐらい目がきらめいているため、これは相談しないとあかんパターンのやつや。
なぜか脅迫に近い形で相談させていただけることになった俺は席の移動に賛同して、荷物をまとめて動く準備を始めた。
「知るカフェにでも行こうか?」
「ありですね、行きましょう」
そして俺たちは荷物をまとめて知るカフェに向かった。