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アリス

「セイクリッド・コール!」


 高らかに、しかしどこか耳障りよく発せられた宣言に応えるように天が雲に隠れみるみる内に暗転する


「な、なんだなんだ!?」


「聞くな、こっちだってはじめてみるんだから!」


 突然の演出にどこへともなく言葉を投げる

 瞠目するメイ氏もその目は真っ直ぐ巨大蟹に向けられていたし、カメトキはただひたすらに水流を吐いていた


 全く頼もしいな!

 思わず未だに出てくる鼠を弐撃決殺した


「教えてさしあげましょう。わたしのセイクリッドはーー雲ノ君だ!」


 雲が割れひとつ、日が差し込む

 まるで巨大蟹を照らしているかのようであった

 巨大蟹もその触角を動かして、警戒しているようにも思える


「雲ノ君……か」


 知っているのか、メイ氏!

 俺が目線を送るとメイ氏はああ、といった。以心伝心かな?


「君シリーズにおいて最弱との評判をもつ、異色なセイクリッドだ」


「最弱……?」


 それは、大丈夫なのだろうか

 カメトキの上を浮遊するリーダー氏の隣に小さな雲が天から降ってきた


「ま、まぁ最弱とはいえ、君シリーズだ

 なによりアリスさんが考えもなく選んだとも考えにくい」


 メイ氏の声はどこか震えていた。不安が増した

 いや、リーダー氏が大丈夫といったんだ。大丈夫。大丈夫なはず。いつになく深く自分に言い聞かせた


「……確かに、雲ノ君は君シリーズ最弱とされています

 移動手段としてはワイバーンに劣り、サポート手段としてはシロウサギに劣り、火力は……言わずもがなですね」


 リーダー氏は言いながら真っ直ぐに巨大蟹へ体当たりした

 巨大蟹は一瞬グラリ、としたがすぐに持ち直す

 単純にエルフようじょの体当たりがつよい


「それでいて雲です! なんと、ミザリーの方がすこれます!」


 巨大蟹の上空でリーダー氏は万歳のような格好をする

 天に浮かぶ雲がそれに応えるようにリーダー氏の両手に集中した


「ですが、わたしは思うのです。そういった形がなく不完全なものにこそ思います。好ましいと! 尊いと!」


 小さな雲から大きな雲までひとつとして同じかたちのない雲たちが綺麗な球体を形作っていく

 その様子があまりに神々しく思えて、リーダー氏の独白の内容を一瞬忘れてしまった


「ですから、これがわたしの全力です」


 リーダー氏は降り下ろすようにお辞儀した

 球体の雲は巨大蟹の身をすっぽり包み込むように漂った


「さようなら」


 最後に球体の雲に片手を突っ込み何事か呟く

 メイ氏が雷魔法か、と呟きカメトキに放水を止めさせた。おつかれカメトキ。功労者は間違いなくおまえだ


 球体の雲の中が幾度も光った

 鼠はもう光の粒子となっていたし、地面からも出てくる様子はない

 終わったのか。雷光する雲に圧倒されつつ思う


「いけません。これは少々、参考にはなりませんでしたかね?」


 リーダー氏はこちらに飛んできて着地する

 脇に人が一人乗れる大きさの雲を漂わせて、少しおどけていた


 パーフェクトだったとも。苦笑の裏でそんなことを思っていた。一時はどうなるかと思わなくはなかったが、とにかくリーダー氏の愛がどれだけ深いかということがわかった


 球体の雲は未だに光っている

 確かにこれを見せられては普通のセイクリッドではないというのがわかろうというものだ。ひとつ勉強になった


「リーダー!」


 感心してるとリーダー氏が片足を地面に付ける

 ギリギリ肩を支えることはできたが、本人はふふ、と自嘲気味の顔であった


「君シリーズは燃費が悪いのです

 それは最弱とされる雲ノ君でさえ例外ではありません。ですがあえて使っていました」


「どうしてそんな無茶を……!」


 言葉には答えずリーダー氏は正面を見ていた

 なんとなく気になってしまい、目線をたどる


 たどってみるとそこには、巨大蟹が両の鋏を掲げていた

 それは怒っているようにも見えた。耐えきったのか。ハーメルンはいないようだが


「しぶとい奴め……! カメトキ!」


「待ってください」


 カメトキの上で指示をとばすメイ氏をリーダー氏が制する

 カメトキは開けようとした口を閉め、そのつぶらな瞳がリーダーを捉えた。かわいい


「メイさん、貴方方にはまだ余力があります。ここはやはりわたしが」


 リーダー氏が言っている内にかちかち、と鋏を鳴らし巨大蟹は此方に突っ込んできた

 脚を器用につかって前に進んでいる。どこか間抜けだがバカにできない速さだった


「全力を尽くすといいましたが、死力を尽くすとはいってませんよ!」


 ウィンド・レイジ。詠唱し風を纏ったリーダー氏が俺の手から離れていく

 止めたいが、止められない。これほどの歯痒い思いはなかった


「はああっ!」


 リーダー氏はまたも巨大蟹に突撃する

 巨大蟹は真っ直ぐぶつかってくるものに片方の鋏を降り下ろした。勢いがあった。避けきれない


「リーダー!」


 叫んで駆け出そうとしたところに肩を掴まれた

 なんだ、と顔を向けるといつの間にかカメトキから降りていたメイ氏が首を横に振っていた


 わかっている

 しかし、これはあまりにもーー


「アリスさんを信じよう」


 メイ氏の真っ直ぐな言葉に俯くように頷く

 敵はこれだけとは限らない。これが最善。それはわかっていた

 納得はできなかったが、理解はできた


「ふっ、うっ……があぁあああ!」


 なんとリーダーは鋏を受け止め弾き返した

 巨大蟹は大きく体を仰け反る


 力業の代償は大きいようでリーダーは頭から血を流している

 痛々しかった。しかし、見ないわけにもいかないそんな思いが錯綜する


「好機です、雲ノ君!」


 リーダーがそう叫ぶと巨大蟹の脚それぞれがばたばたと地を踏む

 両の鋏を上げ下げし、背中辺りが気になるのだろう動作をした後、諦めたかのように地に両の鋏を突き立てた


「ピタゴラスさん」


 完全に身動きがとれなくなった巨大蟹を目の端に納めつつリーダー氏は振り返る

 呼ばれたことに一呼吸遅れて幾度か頷いた


「巨大蟹の弱点は背中と、腹です

 覚えておいてくださいね」


 自らの血を片手で豪快に拭っての一言がこれだ

 なんともリーダー氏らしい。そう思わずにはいられなかった


 リーダー氏は俺達に背を向け、飛んで巨大蟹に近付く

 やはり駆け出したくなるがメイ氏の手はまだ肩にあった。見てみると油断も隙もあったもんじゃないといった顔である。すみません


「うおおおぉ!」


 リーダーは巨大蟹の懐に潜り込むと、そのまま勢いよく蹴り上げた

 蹴り上げられた巨大蟹の巨体が遥か上空に運ばれる


 そうか、背中に雲ノ君を仕込んでいたのか

 俺は漸くリーダーの狙いを悟った


「……お疲れ様です。雲ノ君」


 遥か彼方まで飛ばされた巨大蟹を見届け、リーダー氏は背中から倒れた

 俺はメイ氏と顔を見合わせる


「リーダー!」


「アリスさん!」


 二人で駆け出してリーダーの元へ急いだ

 リーダーは穏やかな顔をしている。息はしているようであった


「……MP切れだ。しかし、始めてみるな。この人がそうなってるの」


 メイ氏はそういって抱き寄せるように持つ

 リーダー氏はそんなにも小さな体だった

 そうか、と俺は顔を歪ませる


「……おまえが責任を感じる必要はないんだぞ。ピタゴラス」


 メイ氏はそういって隣立つカメトキにリーダー氏を乗せた

 片手は拳にして震えてるがそれでも目を拭った


「俺にヒールをしていなかったらリーダー、貴方は……」


 俺の独白にメイ氏も続く言葉が見つからないのだろう

 しばし沈黙が流れた


 すずん、と地面が揺れる。何事かと思い振り返って見てみれば

 巨大蟹が地面に大きく叩きつけられるところであった


「……ほら。アリスさんも気にするなってさ」


 巨大蟹が白い粒子と変わる所を見ながら感嘆した

 なんてタイミングだよ。そう思わずにはいられなかった


「ありがとう……」


 だからもう、それしか言えなかった

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