レイド(2)
「なぁ、メイ。ジラシックタートルの中にはいかないのか?」
「島の中はかなり混雑しているとみた」
メイ氏のイフリートが火球を投げる
見上げるほど巨大な頭には傷どころかダメージが通っているのかすら怪しい
ーーオォ
深く重い鳴き声と共にジラシックタートルが一歩一歩進む
体がびりびりした。まぁあの足に踏まれたら即死だろうな
「……そのまま攻撃を続けてくれイフリート
こいつがきくか試してくる」
メイ氏は背中に吊るしていた二対の剣の柄をもつと流れるように敵に刀身を向けた。特に構えているわけでもないが、その様子がどこか見逃せなかった
「武運を。メイ」
「ここらでお遊びはいい加減にしろってところを見せてやるわ」
俺の言葉にメイは頷きそのまま走り出した
雄叫びあげながらジラシックタートルの前足を駆けていた
完全に重力無視である。ワイヤーアクションかな?
ーーアァ
ジラシックタートルは大きく口を開けている
あくびか?
ーー“噴火注意ーー! 噴火注意ーー! 避けれなかったら死んじゃうよー!”
イリエナの声だった
まずい。なんかくるのか!
「セイレーン!」
「わかっている」
ジラシックタートルが口を閉じると幾度かの地鳴りとおよそただごとではない音がした
ややあって、空から火山岩が落ちてきた
「……受け流せ。一節“人魚の涙”」
セイレーンは俺に密着して告げた
す、と片手が上に翳されると周りの景色が歪む
俺とセイレーンは泡に包まれた形になった
「……破ってこられそう
大丈夫。ピタゴラスはまもる」
ひとつの火山岩は逸れるが、ひとつの火山岩は逸れない
そんなことが続き、セイレーンは告げた
「セイレーン、ダメだ。おまえがケガをーー!」
セイレーンは俺に答えるように抱え込む
密着が深くなったがそれどころじゃない
なにかしなければと考えていると
歪む世界の中で俺は人影を見た
というか落下してくるメイ氏だ
受け止めようにも動けない
メイ氏はそのまま地面に激突した
カランと二対の剣が手から離れる
「め、メイーーっ!」
「……まだ噴火は続いてるから動いちゃダメだよ」
叫んだ俺を支えるようにセイレーンは言葉を溢す
ーーくおぉん……
主人の様子を悟り、悲しげにイフリートは膝をついた
消えてないところを見ると死んではなさそうだ。少し安心した
セイレーンの体が微妙に震えている。恐いのだろうか
俺は前に回っていたセイレーンの腕に自分の手を乗せた
「終わった……のか?」
「そうみたい」
セイレーンはするりと俺から離れた
俺の前に立った為に顔は見えないが、耳が赤く染まっているような気がした
「め、メイ。メイを助けないと!」
はたと気が付き周りを見てみると、いくつかクレーターが見つかった末に目的の人を見つけた
膝をついたイフリートが壁になり最後まで消えなかったメイ氏だったが、起き上がってはこない
ジラシックタートルを見る。元の覇気のない顔に戻っていた
ジラシックタートルは亀なので動きは遅いが、途方もなく巨大なので一歩一歩が大きい。最悪、潰される危険もあった
これは流石にバーチャルでもトラウマ必至だろう
「待って。ピタゴラス」
察したのか、セイレーンは俺に近付きそんな言葉を投げてきた
ジラシックタートルを仰ぎ見ている。なにか考えがあるらしい
「これはある意味賭け。成功すれば、メイさんを救出しつつ、カメを無力化できる」
「……セイレーンがケガをするようなことはやめてくれ」
「失敗するようなことがあっても、メイさんを救出できることには変わりない」
なるほど。セイレーンがケガをすることはあるかもしれないわけだ
逆に言えばそれだけの覚悟を固めたということだろう
「……わかるように言ってくれて構わない」
「今から我は奥の手を使い、あれを完全に沈黙させる。永遠に」
「そ、そんなことが出来るのか?」
あんな巨大な生物をどうやって
いくらセイレーンでも無理があるんじゃないか
「だからある意味賭け」
「しかし……いや、勿論、大丈夫だと信じてる。信じてはいるぞ。ただ……」
しかし、と続けるとセイレーンの顔が僅かに曇った
信じてないわけではない。しかし、なるべくケガもしてほしくない
「ただ?」
「セイレーン。俺はここで簡単に流されるより、メイとイフリートをもって離脱する方が速いと思っている」
俺は正直に告げた。実際、イベントなんてどうでも良くなっていた。こんなに危険とは思ってなかった
セイレーンにとって楽しい思い出になれば儲けものと思って参加したのだから尚更だ
「勘だけど、ここで何とかしないとこれは街に到達する」
「プレイヤー達が勝利出来ない……か」
事実、ここまでジラシックタートルは止まらなかった
その勘は間違いではないだろう
「きっと少なくない被害が出る。それによってピタゴラスが住みにくくなるかもしれない。会えなくなるのは……うん。それは避けたい」
それはそれで街に何らかの被害が起きてそれによって俺が飽きてゲームをやめるって話だろうか?
「ふふ……アハハハ!」
「笑うなんて酷いよ! 真剣なんだよ!」
「……ああ。悪い。すまなかった。変わりにそういうことにしておこうと思う」
セイレーンがメタ的な発想が出来るとは思いもよらなかったな。これは発見だ
やはり俺のセイクリッド天才かもしれない
ーーオォ
「ほら。結構近いぞセイレーン。やらないのか?」
「む、むぅ。なんか納得いかないよ」
「納得は俺もしてない。お互い様だな」
「ピタゴラス……うん。やってやるよ!」
セイレーンは俺に両手でガッツポーズして笑顔を向けた
ああ。存分にやってこい
「“出番だ、演者達よ”」
セイレーンは片手を天に掲げた。空間が歪む程の収束をして弾けると水球が一つ現れ、セイレーンの周りを大きく回る
「“今宵の公演は静かに深く行われる”」
水球が一つ二つ、と増えていく。最終的に六つまで増え、それが等しくセイレーンの周りを回っていた
「“喝采せよ”……さぁ、ピタゴラスも一緒に」
水球にあぁ、だとかおお、だとか呻くしかなかった俺は自分を指差す
困ったような笑顔を浮かべセイレーンは頷いた
「“喝采せよ”」
「喝采せよ」
セイレーンの片手には指揮棒が収まった
いよいよ詠唱は佳境のようだ。片手をジラシックタートルに向けつつどうすりゃいいんだと思っていたら何となく頭に浮かんだ
「合唱曲、“Believe”!」
「Believe!」
ジラシックタートルの口に向かってセイレーンの周りを回っていた水球から激流が真っ直ぐに放たれた
追って、俺の手の平からも激流が放たれる
ーーブフ、ゴッ
閉じていようと関係なく、鼻にでも入ったのだろう
ジラシックタートルは目に見えて苦しみだした
「効いてるぞセイレーン!」
「うん!」
俺はセイレーンに笑顔を向けるが、実は何度も周りの景色が明滅していた
これは魔力切れの症状に近い
魔力が無限な筈なのに、と思ったがもしかしたらゼロから満タンを繰り返してるのかもと推察する
まぁいい。構わない
今はこの亀をどうにかすることに集中しよう
ーーオォッ!
ジラシックタートルが片方の前足をあげた
水流がその足の裏をとらえ、なんとか押し潰されるのは防いでいるが、これでは口に当たらない
「セイレーン! これ大丈夫なのか!」
「大丈夫! 間もなく効くはずだよ!
がんばって!」
効くはずとはなんのことか分からないが、がんばってと言われちゃそうする他ないね
食らえとばかりに俺は水流の勢いを上げた
ーーオォ……ぉん
挙げた前足をどこへともなく降り降ろしそのまま力尽きるように足を屈した
「あっ。ピタゴラス! 逃げて!」
「えぇ、ちょ。うおっ!」
セイレーンは魔法を解除すると、俺の掲げていた腕を引っ張った
引かれて間もなく、ジラシックタートルのその巨体はゆっくりゆっくりと沈んでいく
最後に頭がぐしゃりと落ちてきた
間一髪当たりはしなかったが、この下敷きにはやはりなりたくなかった
ジラシックタートルはぐおぉ、という規則正しい寝息をついている
なるほど。そういう技だったわけだ
「やったな……セイレーン」
「やった……やったよピタゴラス!」
力が抜けて膝をつく形になったが、それに覆い被さるようにセイレーンは俺を包んだ




