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セイレーン(2)

 ぱちくりと目を開けると謎空間でした

 フール・ジャッジズ号を倒して……どうなったんだっけ?


「セイ、レーン……?」


「目覚めたか。ピタゴラス」


 頭のところがふわふわして気持ちが良い

 セイレーンの顔も近い。さては膝枕だな


「……死んだのか、俺は」


「気絶してるだけ」


 なんかデジャヴですねとか思ってると

 セイレーンは神妙な顔になって俺の腹のところをなぞる


「わたしがわがままをいっちゃったから……怪我を」


 言われて衝撃を受けた

 あの錨だ。カナンが盾になってくれてたけど、当たってたか。気付かんかったな


「ごめんなさいピタゴラス。我は……わたしは。本当に」


 いいんだ、という一言が言えるような顔ではなかった

 深刻で、悲痛であった


「……良かったら、聞かせてくれないか

 どうしてそこまであの船に拘ったのか」


「ピタゴラス。それは別に構わないけどーー」


「じゃあお願いしていいな」


 俺のきっぱりとした物言いにむぅ、とセイレーンは唸るがゆっくりと口を開いてくれた


「あれは……あの船は、人魚を船頭にくくりつけ、歌わせれば島に行き着くなるそんなまやかしを信じた」


「実際にはそうはならなかったと?」


 セイレーンは一つ頷くと話を続けた


「ある日、船長は人魚を網で絡めとろうと海に網を投げた

 勿論、あんなモノにかかるようなまぬけな人魚は一匹しかいなかった」


「それは……」


「まぬけだと思う。本当に」


 そういう問題なのかと思わなくもないが黙っておいた

 どこか他人事のように話すが、これも理由があるのだろう


「……確かに人魚の歌声は荒波を呼んだ。しかし、それだけだった。あの船は転覆し海の底まで沈んだ」


「人魚は船頭から脱出出来ないほどには弱っていたが、意識は保っていた

 暗く、寒く……そして寂しい。そんな中でただひたすらに死を待った」


「……それは、君なのか?」


「お伽噺のようなものの、はずだった

 しかし、あの時になって自分と合わさってしまった。彼女の暗く悲しい歌とあの船がまるで自分のことの様に絡み、支配した」


 つい聞いてしまって、セイレーンの顔が更に曇った


「そうか……それは辛いな」


 俺は目を落とした

 セイレーンは相手の気持ちをおおまかに知ることが出来る。その才能の、副産物のようなものなのかもしれない


「我は……魔女だ。このような感慨に浸るなど、あってはならなかった」


 俺はセイレーンに魔女?、と聞き返した


「恋をした人魚に魅せられた魔女……そういえば話してなかったか」


 セイレーンにすっ、と目を流され、俺はううむと唸った

 そっちなのか。なんとむごい

 しかし、魅せられたというのはなんかニュアンス違うような……


「……人魚姫、という話にでてくる魔女に似てるな」


「にんぎょひめ?」


 一言ずつ確かめるように返すところを見ると、知らなかったのかとキモが冷える


「とある国の王子に恋をした人魚の話だな」


「……そうなんだ」


 当たり障りのないことを言って誤魔化したがうまく納得してくれたようだ


「どんなお話?」


 誤魔化せなかった。セイレーンはどこか煌めいた眼をこちらに向けている

 期待しているようで悪いが、俺は言うか言うまいか悩んだ


 セイレーンにどのような負担があるかもわからないのが頂けない。特に魔女の印象は悪いとしか言えないのでそれを口走れば傷付けてしまいかねなかった


「その話をする前に、セイレーンの魔女の話を聞かせてくれないか」


「……どうして?」


「俺の記憶している魔女は……面白いとは言えない」


 セイレーンに嘘は通用しない。やむを得ず贈った言葉にセイレーンは眼を見開き、ゆっくりと瞼を沈ませた

 そして微笑する


「わかった。ピタゴラス。我から話そう」


 そう言って口を開いたセイレーンは懐かしむように、或いは歌うようにそれを紡いだ


「魔女は裕福な家に育ったが内気な娘だった」


「魔法という才能は村という閉鎖的な場では疎ましく見えたのだろう。だから、魔女も人との関わりを絶っていた。それこそ、両親にさえも厳しくあたった」


「そんなある日、一人の娘が魔女の家に訪ねてくる」


「娘は全てを持っていた。元気で快活でお金持ちで……優しい。彼女の回りには常に人がいた。誰とでも仲良く出来ていた筈だった」


「娘はそのなかで、あえて魔女を選んだ

 彼女には魔法が綺麗なものにうつるのかもしれない。魔女はそう思っていた」


「そしてこの友情に両親が喜んだこともあり、娘とあう機会が増えた」


「ある夜、娘の方から魔女のことが好きだと言われた」


「魔女はあまりにも突然の告白に驚いた。そしてこれをはっきりと断れなかった。夜にこっそりと家を抜け出しを二人は近くの海岸に走った」


「娘は……歌と泳ぐのが特に得意だった。危ないと知りながら海に入って鮮やかな色の貝殻を贈り、魔女のために歌声を披露していた」


「彼女らしい遠く、澄みきった歌声だった」


「二人の秘密の外出が続き魔女も共に娘と歌うようになったころ、魔女の周りにも人が集まってきていた」


「逆に、娘は人魚と大いに罵られた。憤りは覚えたが魔女は娘を庇えないでいた」


「夜にこれを謝ると、娘はこれを全く気にしていなかった。むしろそんなことがあっても魔女が自分を選んだことを心から喜んだ」


「魔女はこれにたまらず娘を抱き締めた。そして、その日から娘との関係を壊したくないと思い始めていた」


「二人の関係は成人し、魔女が王国公認の魔女になるまで続いた。あの娘が王族に嫁ぐと聞いたとき魔女は驚いたが、正直安心もした」


「やがて娘と王子二人の間に子供が出来た」


「その機を見計らってか、あの娘は王城を出ていってしまった

 脱走だった。娘は魔女の元に走り、戻ってきたのだ」


「どこか遠くへ二人で行きたいとの誘いに魔女は応じなかった

 それはもう、頑なに」


「魔女はそれで娘が幸せになると確信していた。だから、涙さえ流さなかった」


「対して、娘は泣いていた。だから魔女も蔑ろにはできず、胸を貸した」


「追っ手に簡単に捕まった娘を魔女は見届けた。迷子のような背中であったが、これでよかったのだと魔女は自分に言い聞かせた」


「数ヶ月後、娘は王城で第一子を出産する。男の子だ」


「この事実に魔女は大いに喜んだ。国公認の魔女という立場を利用し、周りにやたらと自慢した」


「王城に住まう娘には会えないが、きっとこのまま幸せになると信じて疑わなかった」


「しかし、肝心の娘は産後病に倒れ亡くなっていた」


「魔女はこれを知り、事実に大きく悲しんだ

 あの時もっと気の利いたことを言えばよかった。いっそ共に逃げていれば。そう思わずにはいられなかった」


「やがて心を病み、死んでしまおうかと思うほどには落ちぶれた時、魔女は娘に毒をもったと国に罪に問われた」


「権力を剥奪され、捕らえられ、王城の地下牢獄に入れられた」


「しかし、魔女の胸中は不思議と穏やかだった

 王族を殺した罪だ。死罪はまぬがれまい。純真な娘の気持ちを弄んだ天罰だとそう考えた」


「牢獄の中で今か今かと過ごしていると、突然くらりときた」


「毒だ。恐らく食事の中に少しずつ盛られていたのだろう

 そう考えたとき、魔女は堰を切るように涙を流した」


「霞む命の中で魔女は全てを悟った。死にたくない、という思いが溢れて止まらなかった。生かされていたのにと足掻いた」


「魔女は苦しみに苦しみ抜いたが、ついに体に力が入ることはなかった。娘の息子の無事を祈った後、娘に謝罪を重ね、事切れた」


「……ここまで」


 瞑っていた目蓋がゆっくりと開かれた

 まつげ長い


「なんという壮絶な……先に聞いてよかった。思っていたのと全く違う」


「そう、なんだ……」


 今にも泣きそうな顔で頷くセイレーンに俺はああ、と続ける


「俺の知ってる魔女は契約を迫る方だ

 おい人魚、その美声を寄越せやアテクシにってな感じで」


「なっ、なにそれへんなの」


 セイレーンは堪えきれずといった風で笑う

 目を擦っていた

 俺もつられて笑う。二人は一頻り笑った


「……しりとりでもするか。セイレーン」


「いや……時間みたい」


 セイレーンは遠くを見つめていた

 有意義ではあったが、少し残念だ


「そうか、覚醒が近いのか……」


「うん……」


 セイレーンは一回り小さくなったようであった

 そんな顔されると辛いねん


「……セイレーンの話は悲劇だった。だが、ここで悲劇はない。有り得ない。だから、今を存分に楽しもう。これからも」


「ピタゴラス……!」


 あうっ横抱きにされると大変なことに!

 主に胸部が腹のところに当たって大変なことに!


「我は……わたしは、がんばるよ。もっとがんばる!」


 セイレーンの眼は黄金のように輝いていた

 頑張りすぎて倒れんようにな。俺はそう伝える前にセイレーンの頭でも撫でようと片手を伸ばしたが、その途中で意識が遠退いた

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