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日鉄編③旅立ちのバラード 東武日光線柳生駅

日鉄の入学説明会は、その後、一通りの流れを終えて昼前には解散となった。


俺は、制服を見に行くと言っていたミズホ達に挨拶をして、帰路に着くべく校門に向かうと、そこに母の姿があった。

人混みに立ち尽くす母の表情はさえず、子供の俺に対してにも関わらず軽く頭を下げる。

そんな母に、俺は軽く笑顔を向け声を掛けた。


「母さん、遅くなってごめん」

「…うん、どうだった?」

「色々楽しかったよ、そういえば谷中さんが来ててビックリした」

「谷中さんが?」

「うん、悪いけど後で連絡してくれない」

「…そう、分かったわ…でも本当に良いの?」


母のその問いに、少しだけの未練のある愛想笑いを浮かべた。


「…うん…元々は努力が足りなかった俺のせいだし」

「…ごめんなさい…」


うっすら涙を浮かべる母の肩を軽く叩いて


「日鉄に合格する夢は叶ったさ、こっちこそ試験代無駄に使わせて悪かったね…さあ帰ろう」


俺は母の手を取り、駅の方へ向かい歩きだした。

2、3歩進んだ所で、一度振り返る…


「ありがとうございました!」


周りの目も気にせず大声で叫び頭を下げる。

サヨウナラ、俺の夢の入り口…

だけど、夢のゴールを諦めた訳じゃない。

いつか…きっと運転手になる。


その想いを強く胸に刻んで帰路に着いた。


それから約1か月後、卒業式。

慣れ親しんだ校舎とも今日で別れを告げる。


この1か月間、ミズホとは校舎で何度か顔を合わせたが、以前のように会話は特に無かった。

変わった事と言えば、お互い軽い会釈をするようになった位だった。

母からミズホ母へ、引っ越しのため入学先を変更する旨の伝言を頼んでおいたので、お互いに特に話す事も無いだろうと思っていた。


そのまま、今日も特に会話なく卒業しても良かったのだが、卒業生の答辞でハキハキと喋るミズホを見て、やっぱり礼儀として最後に一言掛けようと思った。


卒業式と最後のホームルームが終わる。

遠くに男体山の高嶺を眺める、この愛着のある校舎ともお別れだ。


校舎から校門の間には在校生や先生方が見送りに来ていた。


卒業生はというと、校舎前や先生と写真を撮る者や、同級生や下級生に囲まれて涙してるもの。

特に親しくも無いのに、第二ボタンをねだる女子。

どさくさ紛れに告白する男女、いつもと代わらず下校するものなど、卒業式ならではの光景が広がる。


俺にも部活の後輩達から、寄せ書きや花束が手渡され、最後のちょっとだけ先輩風を吹かせた挨拶をして彼らと別れる。

残念ながら、俺に声を掛けてくれる女子は居なかった。

…当たり前か。


そんな喧騒の中、ミズホを探す。


…いた。


だがミズホの周りは男女を問わず、沢山の同級生や下級生達などに囲まれており、その輪の中で沢山の花束などを抱え、見せる笑顔がいつにも増して清楚で控えめにみても美しく、異性との付き合いのない俺には、とても声を掛けられる状況に無かった。

…チクショウ、リア充め。


そのまま、遠目で暫く待っていたが、代わる代わる色んな人がミズホの周りを囲んで、まだ時間が掛かりそうだった。

俺はそのまま、暫く校舎を眺めるフリをしたり、貰った寄せ書きを見たりして様子をうかがっていたが、この後、引っ越しの準備などであまり時間が無かったので、意を決してその人混みに強引に割り込んだ。


「谷中さん、話があるんだけど」


俺にしては珍しく大きなはっきりとした声を出すと、ミズホより周りの人間がコイツ告白とかするんじゃね?…みたいな興味津々の視線を向け俺に注目した。

当のミズホは、さっきまでの皆に見せた陽気な態度から急に押し黙り、少し動揺したような顔になった。


「…ここで?」


急に顔を伏せたミズホが一言。


さすがに集団監視の中で話が出来るほど俺メンタルは強く無い。


「ここだとちょっと…」


もし、この段階で断られたらまー別に良いかと思っていたが、


「わかった」


意外にも素直にミズホはコクっと頭を下げ、周りに軽く挨拶をして、先に人混みを抜けた俺についてきた。

何人かがこっそりとくっついて来そうだったが、告白と誤解されるより良いかと思って、特に気にせず少し離れた校舎裏まで歩いた。

ミズホは相変わらず押し黙ったままだった。


「日鉄の事なんだけど…」


重い雰囲気の中、俺が口を開く。

すると、ミズホはちょっと複雑な表情を浮かべた後、少し笑顔になった。


「入学式の事?一緒に行く?」


ミズホはまだ俺の進路変更を知らなかった。


「おばさんから聞いてない?母さんから伝言頼んだんだけど…」

「?」


話が見えないミズホが不安そうな顔に変わる。


「…実は家の都合で福島に引っ越す事になった、日鉄には行けなくなった」


俺の言葉にミズホはハッ?とした顔になった。


「…そう…なんだ」

「うん…残念だけど…」

「…寮は?日鉄に有ったでしょ?」


ミズホの言葉に小さく頭を振った。


「…それじゃしょうがないよね…」

「…うん、スマン」


何が悪いのか解らないがとにかく謝った。

ミズホは再び顔を下げて、表情がわからなくなる。


「…話はそれだけ?」

「ああ…」

「…福島だっけ?…向こうでも元気でね…」

「ああ…ありがとう、谷中さんも日鉄で頑張ってね」


俺の言葉にミズホは頭をコクっと下げた。


「それじゃ…」


最後に一声掛けて、一足先に立ち去ろうとミズホの脇を抜けようとした、その時…


「嘘つき…」


とミズホが小声で囁いた。


「なっ」


その言葉は俺にとって不本意で、急に怒りを覚え歩みを止め、ミズホの方に再び向かい合う。

好きで諦めた訳じゃない、それに運転手になる夢まで諦めた訳じゃない!


急に表情を変えた俺に、ミズホは一瞬驚いた顔になったが、今度は大声で


「嘘つき!」


と叫んで俺をキッとにらみ返してきた。

…その時のミズホの顔を見たとき、俺は先ほどの怒りも忘れ、ミズホを見ることしか出来なかった…。

…ミズホの瞳には涙が浮かんでいた。


その予想外の出来事に心が着いていかず、呆然と立ち尽くしている俺の前で、ミズホは顔を伏せ不意に走り去って行った。


その後、俺はどう帰ったのか覚えていない。

気がつけば、部屋のベッドに制服まま横になっていた。


(…もっと早く話しておくべきだったか…)


そんな疑問が心を巡る…

しかし、ミズホ家が引っ越してからろくに会話すらしたことも無かったし、ましてや中学に上がってからは女子と話す事すらハードモードだった。

しかし、ミズホの立場で考えれば、東京まで女子一人の通学は不安だろうし、もし、地元から同じ高校に行く顔見知りの同級生がいれば、多少の安心感もあったのだろう。

俺の戯れ言(進学先)を覚えていたのなら…案外、それを期待していたのかもしれない。


…考えれば考える程、自分が伝達を母任せにしていた事は、同じ高校を受験した同級生として…いや、幼なじみとして礼儀を欠いていた事のではないかと痛感していた。

しかし、今さらどうしようもない。

いくら謝った所で彼女の気持ちは収まらないだろう。

…俺はいつもそうだ…常に後悔ばっかりしている。

ミズホの事も母さんの事も…そして受験の事も…


その晩はそんな事もあってか、卒業の喜びより切なさであまり良く眠れなかった。


翌日、早朝…東武日光線柳生駅…


俺は大きなバックをしょって、このいつもの見慣れた駅のホームに立っていた。

旅立つ時はこの駅から…と幼い時からずっと決めていた。


このこじんまりとした駅とも今日でお別れ。

昨日の事もあり寂しさが心に染みる。

だが、旅立ちは新たなるスタートでもある。

いずれ笑顔でこの駅に再び立てるよう頑張ればいいのだ。

そう開き直り、改札をくぐろうとする俺の前におもわぬ見送りがあった。


…ミズホだった。


「谷中さん…」

「今日、出発だって聞いて…ソウヤならかならず一番電車に乗ると思ってたから…」


そう語るミズホの顔がまともにみれず思わずに、俺は無言になってしまう。


「…迷惑だったかな?」


少し寂しそうに目を伏せるとミズホ下を向いてしまった。

そんなミズホに俺はあわてて絞り出すように声をだす。


「そんなことない…見送りありがとう…それと昨日はゴメン!」


そんな俺の声にミズホは一瞬、身体をビクッと震わせ少しの間二人は無言になった。


カンカンカンカン…


沈黙を破る様に駅近くの踏切が鳴り始め、遠くにこれから俺が乗る列車の姿が見え始めた時、ミズホは慌てたようにスマホを出して、


「れっ…連絡先教えて」


急な申し入れにこっちも慌ててスマホを取り出すが、列車はもうすぐ近くまで来ていた。

直ぐに自分のプロフィール画面を出すと、


「カメラ、カメラで撮って」

「わかった!」


…と少し慌ただしい感じでのやり取りがあり、直ぐに入って来た列車に旅立ちの余韻に浸る事もなく乗り込んだ。


「それじゃ」


と一声かけるとそれにミズホは何か答えようとしていたが、それを待つことなく列車のドアは閉まり、二人の間は仕切られた。

一瞬ミズホは唖然とした表情を浮かべた様だったが、直ぐに顔を少しだけそらした。

そして列車が少しづつ動き出すと急に目をこらしてこっちを見た。

俺はそんなミズホに笑みを浮かべ軽く手を上げた。

そして動き出した列車にどんどん遠くなっていくミズホの姿が見えなくなるまではたいしてそんなにはかからず、ゆっくり手を下ろすとガラ空きの座席に腰を下ろし、今度は去り行く町や先ほどのミズホに想いをはせ、旅立ちの余韻を少しづつ感じ始めた。

ちょうどその時、車窓には俺…そしてミズホが長く住んでいたアパートが目の前を横切って行った。









一応、プロローグ終了です。

次からようやく本編です。

(もしかしたら幕間入れるかもしれませんが)

ただ日鉄の話はこれからも出てくると思います。

私鉄ってドア扱い早いなー

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