プロローグ:日鉄編①たどり着いた夢の先…東京都台東区
東京都台東区上野…
かつて北の玄関口と言われた上野駅、その入谷口を出た目の前。
ずっと憧れてた校舎の前に俺は立った。
日本鉄道交通高校、鉄道に携わる様々な人材を専門的に育成する珍しい高校。
鉄道を学び、職業にしたいと憧れる若者が全国からここに集う。
入学説明会と書かれた立て看板の横では在校生や先生と思われる人達が、長机に座り大きな封筒を配りながら校舎への案内をしていた。
その中には、TVでちょくちょく顔を見る名物先生もいて少し緊張する。
「ようこそ日鉄へ、お名前と学校名をお願います」
およそ鉄道とは無関係そうな、いかにも都会のJKというイメージの在校生が元気良く声をかけてきた。
こんな人でも鉄道屋を目指すのかな?
ちょっと疑問に思ったが、机に自前思われる鉄道会社のマークが入った貴重そうな懐中時計を広げているのを見て納得した。
「加須北川中、中島ソウヤです。」
「中島君ですね、お一人ですか?保護者の方は?…」
「今日は仕事で…」
「そうですかわかりました、少しお待ちください。な…な…」
ふと指で名簿をなぞるJKさんの脇の懐中時計に目をやる。
黒の文字盤に東北新幹線…実に上野らしい…
「はい、確認しました。こちら今日の資料になります、それとこれが校内の案内図になります。こちらを持って入口右側に進んでエレベーターで7階までお上り下さい」
「ありがとうございます」
資料入りの封筒と案内図を受け取り頭を下げて移動しようとした時、突然、JKさんが立ち上がり小声で耳元で囁いた。
「ミズホのことよろしくね」
そして顔を離してニコッと笑った。
その言葉に驚きを隠せなかった…
俺の知ってる範囲でミズホというのは一人しかいない…
そもそも同じ中学でもこの高校を知ってる奴なんてあまり居ないし、わざわざ埼玉の北外れから通うにはここは少し遠すぎる。
実際、進路相談に確認した時も希望者は俺だけだったはずだし受検の時、見知った顔もなかった。
それだけならまだしも、まさかここで一番有り得ないはずの名前を聞くとは…
(学内一の才女がなぜ?そもそもあのJKは何者?)
そんなハテナが沢山心を包む中、校舎へと進む。
入口付近には案内図と睨めっこしながら場所を確認している人だかりが出来ている。
その脇を勝手知ったる庭のようにスッと抜けて行く。
…幼少の頃からここには何べんも来ている、大体の場所は把握している。
入口から右手の廊下へと進んだ先のエレベーターホール、ここにも沢山の人がいて上がるには少し時間がかかりそうだ。
階段を使ってもいいかと案内係の男子高校生に尋ねると、それでも良いとの事なのでゆっくりと登って行く。
ついでに各階ごとに校舎内をチラ見…各学年の教室やトレーニングルーム、自習室に図書館、オープンスペースの学食など…肝心の鉄道実習設備はほとんどが別の棟なので見る事は出来ないが、いつ見ても…本当にいい学校だと思う。
そうやって自分だけのぷち見学会をしつつ階段を上がる。
少し息をきらしつつも、なんとか七階まで到着。
そこにあるのはビルの中とは思えない立派な体育館、そこには沢山の中学生やら保護者を始め、学校関係者らしき人たちで賑わっていた。
「中島君」
用意されたイスに腰掛けて、一息ついたとき不意に後ろから声を掛けられた。
振り向くとそこにはミズホとミズホの母親の姿が有った。
「お久しぶりです、おばさん…」
そう声を掛け、軽く会釈をした。
そんな俺を見て、ミズホ母は笑みを浮かべ同じように会釈を返してきた。
しかし、その隣にいるミズホは初めての学校に緊張しているのか、目も合わさず視線を下に落とし黙っていた。
「本当に久しぶりね、中学の入学式以来かしら…今日お母さんは?」
「母は仕事なんですよ〜それにしてもまさか谷中さんがここを受けてるとは思いませんでした」
「地元の公立高校と併願で受ける予定だったんだけど、ミズホが東京の学校で学びたいって言ってね、恥ずかしい話、おばさんここがどんな高校かも知らなかったのよ」
ミズホ母は苦笑しながらそう話してくれた。
「そうなんですか〜」
同じ様にこっちも苦笑しながら返した時、突然、黙ってたミズホがこちらを睨みつける様に顔を上げ口を開いた。
「将来…将来の事を考えたの…ライフラインの仕事なら安定してるでしょ、それにここで実務を学んでから進学すればいずれ経営にも携わる事も出来るかも知れないし」
その言葉の勢いに少しびっくりして
「あーはい…」
と意味不明な返事をして固まってしまった。
その時、体育館のスピーカーから案内の放送が入った。
「ただ今より午前の部の説明会を開始しますので席の方にご着席ください」
するとミズホは
「ほらお母さん座ろう」
とミズホ母の手をとり空いていた俺の横に座った。
ミズホの言葉に固まっていた俺も正気に戻り、慌てて身体を正面に向け資料を持ったまま両手を膝の上に置いた。
同じように急いで着席して資料を抱えるミズホ母を横目に見ながら、突然、ミズホは俺の方に顔を寄せ、先ほどのJKと同じように小声で囁いた。
「約束…忘れちゃった?」
(えっ…?)
その言葉に過去の記憶が開く…
「…覚えているよ」
同じ様に小声で囁いた。
東北本線の始発駅といえば昔は上野でした。(路線的には東京らしいですが)
このお話はその上野から始まります。