if白雪姫
企画参加の作品です。
ややダークな作品となっていますので苦手な方はご注意ください。
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むかしむかしあるところに美しいお妃さまと、継子である白雪姫という可愛らしい女の子がおりました。
美しいこのお妃さま、実は魔法使いでした。
自分の美しさに絶対の自信を持っていたお妃さま。
しかしある日魔法の鏡に白雪姫が自分より美しなったことを告げられ悔しくてたまらなくなり、白雪姫を城から追い出してしまったのです。
これで平穏な気持ちになるかと思いましたが、白雪姫が目の届かないところに行ってもお妃さまの心はちっとも晴れませんでした。
なぜなら、追い出されて途方に暮れているかと思いきや、白雪姫は小人たちと仲良く楽しく幸せそうに暮らしていると知ったからです。
少しくらい辛い思いをすればいい、お妃さまは苛立ちを抑えきれません。
ある日とうとうお妃さまは、少し懲らしめてやろうと、しびれ毒の入った林檎を作り白雪姫に食べさせようと目論見ました。
出来上がったしびれ毒入りの怪しく艶めく真っ赤な林檎を見てお妃さまは鋭く笑い、お城を後にしました。
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小人が出かけていたある日、扉がノックされました。
白雪姫が扉を開けると黒いローブに身を包み、籠いっぱいに林檎を入れた老婆が立っていました。
「お嬢さん、林檎おひとついかがかな」
白雪姫の元にやってきたその老婆は気のいい笑顔で籠から真っ赤な林檎をひとつ差し出しました。
雪のように白く透き通る肌の長く美しい手でそっと林檎を受け取る白雪姫を見て、老婆の目が一瞬鋭く細められます。
そう、この老婆は白雪姫の継母であるお妃さまが魔法で化けた姿なのです。
「……ごめんなさい、おばあさん。せっかくだけどこの林檎は食べられません」
白雪姫の美しい瞳が悲しげに長い睫毛に伏せられました。
長く細い白雪姫の指が林檎をするりとなぞります。
「どっ、どうしてだい? とっても美味しいよ」
「私、林檎嫌いなんです」
にべもない予想外の返事にお妃さまは大慌て。
申し訳なさげに突き返された林檎を前に、必死に良いところを訴えます。
「ほら、こんなに真っ赤で艶々していて 」
陽の光に反射させればきらきらと輝いているようにさえ見える立派な林檎です。
しかし、白雪姫の顔は憂うばかり。
「そもそも、この林檎まだ食べていないのにどうして美味しいと断言できるのかしら?」
「っ! お、同じ木からなっている他の林檎がものすごく甘かったから!」
「だけどこの個体が必ず美味しいという保障はないわ。同じ木からでも美味しくないものができることだってあるでしょう?」
可愛らしい口調で正論で反撃してくる白雪姫がだんだんとしたたかに見えてきます。
しかし、ここで諦めてなるものかとお妃さまは何とか言いくるめる方法はないかと思案します。
「……それに、この林檎まだ洗ってもいないわ」
ぽつりと呟いた白雪姫の言葉をお妃さまは聞き逃しませんでした。
付け入る隙を見つけた! と心の中で拳を握り締めぱっと顔を上げます。
もちろん人の好い笑顔も忘れずに。
「では、私が洗ってあげましょう。洗い場をお借りしても?」
ずずずい、と身を乗り出してくるお妃さまを見て白雪姫は少し困った顔をしましたが、やがて、どうぞ、とお妃さまを中に招き入れました。
小人たちは出かけていたので、家の中には二人きりです。
白雪姫は洗い場に案内をしてから、小人さんたちは知らない人が家にいたら困るかしら、と今更ながらに思いました。
そんな白雪姫の思案も知らず、お妃さまはうきうきと林檎を丁寧に丁寧に洗っています。
洗い終わったところで、水滴できらきらと輝く真っ赤な林檎を見てなんて美味しそうなんだろうと誇らしげに笑みました。
これならきっと白雪姫も食べるに違いない、自信たっぷりに振り向くと想像していた表情と違って白雪姫は憂い顔のまま。
「……私、皮のままなんて食べられないわ」
「じゃ、じゃあ剥いてあげましょう! 包丁をお借りしますよ」
目的達成まであと一歩、お妃さまは器用に林檎の皮をするすると剥いていきました。
踊るように剥かれていく皮の中からはより一層瑞々しく映る林檎が現れます。
今度こそ間違いなく食べるはず!
お妃さまは自身たっぷりに振り向きましたが、またもや白雪姫は渋い顔。
「……こんなに大きな果物にかぶりつくなんてできないわ」
「ひ、一口サイズに切ってあげましょう!」
だんだんと食べる気になってきている、そう思うとお妃さまの気持ちもはやります。
お妃さまは白雪姫の司愛らしい口に合うよう、林檎を食べやすい大きさに切り分けました。
お皿に盛られた林檎からはつんと甘酸っぱい香りが漂っていて舌なめずりしそうなほど美味しそうです。
これならいくらなんでも食べるはず!
しかしそれでも白雪姫の顔は晴れません。
「手づかみなんてしたことないわ」
お妃さまは一瞬拳をワナッとふるわせましたが、表情には出さず……いえ 、多少引きつっていたかもしれませんが、何とか笑顔のままフォークを探してお皿に添えました。
銀色のフォークがきらりと光ります。
これ以上もう渋る理由はないだろう、と勝利の確信にも似た気持ちで口端をあげ笑いましたが、まさかの白雪姫の言葉が降ってきます。
「そもそも私林檎の食べ方がわからないの」
フォークを布巾で丁寧に拭きながら白雪姫は悩ましげに言いました。
ため息と共に困り果てた表情の白雪姫に、思わず額に手を当てお妃さまは呆れ返ります。
林檎の食べ方って何だい!
そんな心の中の怒号は声にはせず、何とか笑顔を絶やさないようできる限り優しく優しくお妃さまは言いました。
「普通に食べるだけだよ、何も特別なことなんていらない」
いいからさっさと食べるんだ、と内心焦りながら促すものの白雪姫は葛藤の表情で林檎の皿とにらめっこしたままです。
「……普通、って何かしら、私は林檎を食べたことがない、私にとっては林檎を食すということはまさに未知の世界なの。
未知の世界のことは、例え世間では当たり前だったとしても私にはその普通すらわからないわ。
ねえ、おばあさん、林檎の食べ方のお手本を見せてくれないかしら」
「ああもうじれったいね、特殊なことなんて何もないったら! 他のものと同じようにこうやって食べるんだよ!」
ついにお妃さまは焦れてしまい、乱暴な口調をあらわにしながら、自分の口にその林檎を放り込みました。
果実を噛み砕くと、林檎特有の味が口いっぱいに広がります。
甘みと酸味と、それから苦味と……。
「ほら、しゃりしゃりして甘く、て……っ!?」
飲み込んでから我に変えったお妃さまは顔面蒼白です。
食べてしまった、食べてしまった!
普通の林檎ではないこの林檎を!
今に手足が痺れてきて……!
しかし、お妃さまを襲ったのは痺れではありませんでした。
のどが焼けるように熱く苦しく、 心臓が張り裂けそうなほど大きく波打ち、全身に引き裂かれるような痛みが走ります。
自分が仕込んだのは体がしびれるだけの毒だったはずなのに、これは何なのだろう、自分が口にすることも、ましてこんな効果が表れるなんてことお妃さまにはまるで想定外です。
しかしその理由を突き止められることもなく、お妃さまはただただもがき苦しみました。
焼けるように熱いのどからは助けを求める声も出すことができず、呻くような音が出るだけです。
白雪姫はその美しい顔を変えることなく佇んだままじっとお妃さまを見つめていました。
どこかあどけなく、どこか妖艶な、そんな白雪姫の目とお妃さまの苦しそうに細められた目が一瞬交錯しました。
お妃さまは胸をおさえながらうずくまり、やがて呼吸もできず倒れてしまいました。
白雪姫は動かなくなったその姿を見て傍にしゃがみこみ、お妃様の手からそっとフォークを抜き取りました。
「……ほら、やっぱりこの林檎美味しくなかったでしょう? ……ねえお義母さま」
白雪姫のその雪のように冷たい声はもうお妃さまには届きませんでした。
白雪姫は鈍く黒く変色したフォークを冷たい目で一瞥すると、残った林檎と共に暖炉の中に放り込みました。
コメディタッチで終わる予定だったのが、白雪姫さんが暴走してしまいました……。