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ぺとりこーる  作者: いのり
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夜が呼んでいる

拙い文章ですが読んでいただけたら幸いです。

一 夜が呼んでいる


星が降った夜に、あいつが消えた。もう風前の灯だったらしい。そんなこと聞いてなかった。知らなかった。でも、仮に聞いていたとしても真に受けなかったかもしれない。だってあいつはいつでも笑っていたから。


小さい頃から病弱で、月五日くらいは風邪で学校を休んでた。家が隣だから宿題は全部届けてたし、授業のノートも貸した。先生は私に届けろって言うけど、あいつは調子いいやつだから、学校に行けばクラス中の人に心配されて、からかわれて、その度けらけら笑ってクラスに溶け込んでいた。あいつのことが好きな女子もひとりやふたりではないくらいにモテていた。

口を開けば人を笑わせる冗談を吐き出して、歩けば何も無いところでこけてみせて、行事があれば人一倍努力して、時々空回りしてはからかわれて、いつも輪の中心で花を咲かせていた。

私は別にそんな華やかな世界にはいなかったし、どちらかと言えば本の虫で、架空世界を漂っているような人だったから、幼なじみでなければかかわっていなかったと思う。お馬鹿な男子たちがどうでもいいことをわざわざやって先生に叱られるのを見るのも、大人ぶった女子たちが自分がのし上がるためにお互いを蹴落としあってるのを見るのもつまらなかった。

盛り上がるのが嫌いなわけじゃない。ただ単に馬鹿騒ぎして人に迷惑をかけてでも自分たちは楽しんでいたい、という心理が理解出来なかった。


ただ、幼なじみゆえ知っているであろうことは、あいつは人に迷惑をかけないように心がけていること。怒られたら当然のようにふてくされるものの、きちんと謝るし、これ以上はダメだな、やめた方がいいな、の一線の引き方を知っている。感謝と謝罪がきちんと出来るのは、病弱でよくいろんな人に心配してもらえる立場にいたからなのかもしれないな、と思う。元々の明るい性格もいい方向に作用したのだろう。

一度だけ、あいつを羨ましく思ったことがある。私が風邪で休んだとき、宿題は届けられなかった。ノートも見せてもらえなかった。あいにくなことに、あいつも休みだったから幼なじみだから、といって届けてもらうこともできなかった。クラスではまたあいつが休んだ、いつものことだけど大丈夫かな、というような話題で持ちきりだった。後で先生に聞いたら忘れた、と言われた。おかげでその時の宿題は未提出だし、ノートは白紙のまま、その時の内容は三ヶ月経ってもわからなかった。

これは私のそもそもの問題だと思う。影も薄いし、声の大きい友達もいない。馬鹿やってる男子と少し話していればよかったのかもしれない。大人ぶっている女子とかかわってみればよかったのかもしれない。でも、それ以降も私はかかわってみたいとも思わなかったし、かかわる必要性もそれほど強く感じなかったから、致し方なかったのだろう。


最期の一年は休みの割合がふえていたような気がしたけれど、相変わらず馬鹿やって努力してけらけら笑って過ごしていた。あいつは何かを畏れるような素振りは全く見せなかった。むしろ、今が楽しくて、未来もずっと明るいというような素振りのままでいた。

今思えば、それがあいつなりの命の燃やし方だったのかも知れない。楽しめる時に楽しんで、一生懸命努力して、それが生きがいだったんだと思う。


白いレースのカーテンが揺れる。なんか涼しいと思ったら窓が空いていたらしい。そりゃあ足元が冷えるわけだ。立ち上がって窓を閉める。

何故今こんな回想をしているのかというと、あいつに「別れの手紙」を書かなきゃいけないから。死んだ人に手紙なんか書いても読めないのに、なんて思ってしまうけど、必要らしい。自分の机の使わないものの引き出しの奥底にしまい込んだ便箋を引っ張り出してきて眺めているものの、何も思い浮かばない。別にこれといって伝え損ねたこともないし、よくある小説みたいにずっと好きだったけど…みたいな感情もない。せいぜい、あの世でもうまくやれよ、くらいしか言うことがない。ほかの人は何を書くのだろう。なんで死んだんだ、とか、教えて欲しかった、とか、そんな感じのことを書くのだろうか。

コンコン、とドアのノック音。続いて母親が入ってくる。

「書けた?」

「まだ書けてない。」

「ふーん。幼なじみの癖に何も感じることないんだ?」

母親はいつもそう言う。幼なじみの癖に○○も知らないんだ?幼なじみの癖に心配もしないんだ?と。幼なじみの癖にって、そんなに大切なことなのだろうか。それとも、人気者の幼なじみであることは一種の称号のようなものなのだろうか。

「何も感じないわけじゃないんだけど、あまりに距離が近すぎて、逆に見えてるものがよくわからない。」

「何それ。どうでもいいけど明日お通夜なんだから早く書きなさい。ご飯だってまだちゃんと食べてないでしょう。」

返事をする前に不機嫌な音を立ててドアが閉まる。それに合わせるように、思わずため息がこぼれる。いっそのこと、「幼なじみですが、私はあなたのことをほとんど知りません。」とでも書いたら母親の反応が面白そうだが、そんなに子どもっぽいことをしても自分が損をするくらいで、何かが大幅に変わるわけではないからやらない。

書くべきこと、ないかな。


数時間悩んでも結局何も思いつかなかったから、当たり障りのなさそうな、それらしい言葉を並べることにした。


「あなたはもう死んでしまったようですが、私は全く実感が湧きません。また数日もすれば、いつものようにけらけら笑いながらクラスに戻ってくるんじゃないか、なんて考えてしまいます。去年の今頃から徐々に休みがちになっていたことをなんとなく察していましたが、いつものことだと思っていた自分に少し後悔覚えています。訃報を聞く前日も先生に怒られて、けらけら笑ってらいつも通りの日常を過ごしていたことには生きる希望のようなものすら感じていました。」


ここまで書いて手が止まる。堅苦しすぎる文章になってしまったかもしれない。でも、かといって柔らかく書こうと思っても書き直せないことも事実だ。全くもって私には、時と場合と状況によって文章を変えられるような才能は備わっていないわけだ。

流石にここまで書くことが思いつかないとなると、私はどれだけさみしい人間なんだ、と自分を呪いたくなる。きっと自分が選んだはずのことなのに、どうして今頃になって幼なじみのことが分からないと言って嘆いているのだろう。面白くもない、なんの感情を無い言葉を並べ立てて書いた「別れの手紙」に意味があるといえるのだろうか。

かれこれ三、四時間、手紙を書くために自分とずっと対話をしている。私は結局何がしたいのかを忘れてしまいそうだ。気分転換のために外を散歩することにしよう。

立ち上がって服を着替える。パーカーを着て、家の鍵をポケットに入れようとしたら、小さな先客がいた。

シルバーの細いチェーンに、星座をモチーフにしたデザインの小さなプレートがついているネックレスだった。

今年の三月の誕生日にあいつがくれたものだ。幼稚園の時にプレゼント交換をして以来、習慣的に続けてきていた。最初はどんぐりやちょっとかっこいい形の木の枝だったが、年齢を重ねるに従って実用的なものや年相応なものになっていき、今年は私はタオルと筆箱をあげた。どういう訳か、小学生の低学年の頃から使っていた筆箱のままで、あちこちに穴が空いて汚れていたから一緒に選びに行ったら、あいつも「何か買いたいもんがあったら俺が買ってやる!」なんて言ってこのネックレスを買ってくれた。そもそもあまり欲しいものがなかったから、私くらいの年齢の女子が買いそうな、ねだりそうなものは何か、といたら「アクセサリーとか!」と元気な返事が返ってきたから、好みのデザインをいくつか調べて見に行った。いくつかお店をまわって大体の目星を付けている時にあいつが特によくくいついたのがこれで、聞いてもいないのに「俺の好きな星の話」をしてくれた。私も星は好きだし、あいつの星好きは知り合った時からずっとなのはわかっていたからずっと聞いていた。あいつが星に関する話をする時は冒険ごっこをする幼稚園児みたいな無邪気な表情ではしゃいでいた。どこからそんな情報を拾ってきたんだ、というような話をする時も、決して自慢げではなく、純粋に楽しんでいるような表情だった。

久々にそのネックレスをつけてみた。さりげなくそこにある感じが小さな星たちの瞬きと似ていた好きだ。

部屋を出ようと思って時計を見たら既に午後十時三十分を回っていた。いつの間にこんなに時間が過ぎていたのだろう。母親が呼びに来たのは七時過ぎから八時の間くらいのはずで、しかもまともに夕食をとるのも忘れていた。さっきの三、四時間の感覚も間違っていたらしい。まぁ仕方ないか。色々忘れていたけれど妥協して、というよりも諦めてベランダに出る。

ドアを開けた途端に冷えた風が吹き込む。少し長く伸ばしすぎた髪が煽られてなびき、視界を邪魔する。ベランダのドアを閉めてから髪を押さえて空を見上げる。

都会の空には不釣り合いな満天の星空だった。絵や写真で見るような幻想的な夜空がそこにあった。

「あ。」

思わず声が出る。星空以上に珍しいであろう流れ星が二つ、こぼれ落ちてきた。もう一つ。さらにもう二つ。


星が 降っていた。


まるで大粒の雨のように、星が降り注いでいた。今日は流星群かなにかの日だっただろうか。髪に邪魔されながら見える範囲の中ですらたくさん降っているのだから、ビデオかなにかで広範囲を撮れば、それこそ星の雨のようになっていることだろう。私はしばらく空を眺めることにした。


空からこぼれ落ちる星の雨は止むことなく降り続いていた。

読んでいただきありがとうございます。あと三編ほど続く予定ですのでそちらも読んでいただけると幸いです。

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