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第五話 どうしても踏まれたいガラスの靴は



「新田、最近は……その、どうだ」


 合唱部は休みで、テニス部は活動のある放課後。

 早く帰ろうとする私に声をかけてきたのは、生徒会副会長の津羽先輩だった。


「どうだ、というのは」

「烏野は……迷惑をかけてないか」

「……」


 迷惑ならいつもかけられてますが何か?

 と、烏野先輩の友人でもある彼に素直に言うこともできずに、私は押し黙った。

 それだけで何かを察したらしい津羽先輩は、頭が痛いとばかりの顔をしてため息をついた。


「あー、うん、その沈黙でよーくわかった。ごめんな、あいつも悪いやつじゃないんだけど……」

「津羽先輩が謝ることじゃありません」

「でもなぁ、一応生徒会に入ってるやつがトップみたいな感じだから、俺がストッパーにならないと。特に烏野は同学年だし、友だちだしな……」

「お疲れ様です……」


 津羽先輩は見るからにお人好しで、一人でなんでも抱えてしまいそうな性格に見える。

 年下に心配されるほどヤワではないかもしれないけれど、若干顔色もよくないような気がするし、これ以上は面倒事を持ち込まないように気をつけなければ。


「新田はどうだ? 生徒会とか入るつもりは」

「お断りします」

「食い気味に言うくらい嫌か……」


 全部言い終える前に拒否した私に、津田先輩はハハハ、と力なく笑った。

 生徒会は一学期に選挙があり、夏休み中に色々と準備をして、二学期からメンバーが変わる。

 今までの伝統が受け継がれるとすれば、今年も前世持ちの誰かが当選するのだろうけれど、私はそこに名前を連ねるつもりはなかった。


「私には荷が重いです。……何を言ってるんだって感じかもしれませんが」


 前世の私――シンデレラは、みんなの前で王子と踊って、最終的には王子妃になった。

 目立つということにあまり気負いがなかったのを覚えている。

 本当に、今の私とは何もかもが違う。


「いや、そういうもんだと思うよ」


 津羽先輩は、彼らしい親しみやすい笑みを浮かべて同意してくれた。


「俺も、去年の会長もさ。元は縁の下の力持ちだったんだ。前に出て率先して動く、なんてタイプじゃなかった。でも、今は……違うもんな」


 誰に聞かれても問題ないように濁されていたけれど、それはきっと前世のことを言っているんだろう。

 去年の会長は『幸福な王子』の王子だったと、以前津羽先輩に聞いたことがある。

 王子とツバメ。街中の人のために、誰にも知られることなくその身を犠牲にした二人。

 学校のため生徒のため働くことは似ていても、人の前に立って動き、名前も評価も残る生徒会はやっぱり違う。


「そうですね」


 前世と今は違う、と。

 わかっていても、こうやって別の道を歩んでいる人を見ると、安心してしまう。


 十五年間、普通の道を歩んできた。ピアノが少しできることくらいしか、褒められることはなかった。

 それを虚しく思ったことなんて、今までは一度もなかったのに。

 シンデレラとしての記憶を思い出してから、少しだけ、前世の自分に劣等感を持つようになってしまった。

 でも、別なんだ。別でいいんだ。

 同じくらいかわいい必要なんてないし、同じくらい優しい必要なんてない。

 私は、私としてがんばっていれば、それでいいんだ。


「烏野は……そこ、ちゃんとわかってんのかなぁ」

「どうなんでしょう……?」


 心配そうにつぶやく津羽先輩に、私も首をかしげるしかない。

 私がシンデレラだから固執してるわけじゃない、と前に先輩は言っていたけれど。

 それならあの押しの強さはなんなのか、やっぱり私には理解ができない。

 もし、先輩が私に“シンデレラ”を求めているとしたら。

 ……胸に広がっていく不快感の理由を、私は考えないようにした。



◇◆◇◆◇



 水曜日の放課後。

 めずらしく帰り支度が済んでも先輩が来る気配がなく、なんとなく腑に落ちないものを感じながらも昇降口に向かったら。

 なぜか、先輩が廊下に倒れていたりして。


「……先輩、何やってるんですか」


 具合が悪いわけじゃないのはわかっている。

 なぜなら先輩は、私の姿を確認してからよっこらせと横たわったからだ。

 仰向けに寝ている先輩のすぐ近くまでやってくると、先輩はジーっと私を見上げてきた。


「こうしてたら、真帆ちゃんに踏んでもらえるかな、って待ってたんだけど」

「ドン引き……」


 私はカバンを抱えて一歩後ずさった。

 上体を起こした先輩は、どこか呆然としているように見えた。


「いや、ごめん、これはよくなかった。踏んではもらえなかったけどすごいものを見てしまった。ごめん真帆ちゃん」


 そう言いながら先輩は顔を両手で覆う。

 よくなかったと言うわりに、さっきまでじっと私を見上げていたような気がするんだけれど。

 なんのことだろうか、と少しだけ考えて、すぐにハッとした。


「え、ちょ、ちょ……ちょっと待ってください先輩。すごいものって、も、もしかしてパ……」

「それ以上は言わないほうがいい。今必死に記憶から消去しようとしてるんだから。いちごパンツなんて覚えていられたら嫌でしょ」

「先輩が言ってどうするんですかーーー!!」


 ズザザザザ、と私はスカートを押さえながら思いきり後ずさる。

 別にいつも子どもみたいなガラつきパンツを履いているわけじゃない。

 親が適当に買ってきたものをもったいないからと履いただけで、そんな、今日に限って、まさか見られるなんて、ひどい、どうしよう、先輩のばか。

 頭の中で、ぐるぐると意味のない言葉ばかりが高速回転する。


「あ、ごめん、ほんとごめん。もう忘れるとか無理だ。いちごパンツが記憶に焼きついた……」

「わああああ先輩黙ってくださいっ!」


 先輩に飛びつくようにして口を塞いだ私は、もう半分涙目だ。

 人通りのある昇降口前でいったい何をやっているんだろうかと思わなくもないけれど、周りを見る余裕なんてとっくになくなっていた。


「ごめん真帆ちゃん、お詫びに俺のも見ていいから」


 カチャカチャ、と先輩がベルトを外そうとし始めた。

 ま、待て待て待て、公然わいせつ罪というものがこの現代日本にはあってだな!


「見るわけないでしょ先輩のばか!」

「怒りを込めて踏んでくれてもいいよ」

「ぜっっったい、踏みません!!」


 またその話か! とうんざりしながら、カバンで先輩を押しのけた。

 そのまま慌ただしく靴を履き替えて、学校を飛び出す。

 帰り道、ガラスの靴が前世だったなら、前世のシンデレラの下着も見られていたかもしれないのか、と今さらながら気づいてしまって。

 なぜだか無性におもしろくない気持ちになってしまった私は、ばかばかばかと何度も心の中で先輩を罵倒した。

 元はと言えばあんなところで寝っ転がった先輩が悪いんだから、全部が全部八つ当たりというわけでもないだろう。


 もう、明日は学校に行きたくない。

 そんなことを思いながらも、根が真面目な私にズル休みなんてできるわけはないことも、わかっていたのだけれど。







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