第二話 王子はシンデレラのお友だちで
昼休みは戦争だ。
一般的に言われる購買戦争などではなくて、先輩に捕まるか捕まらないか、の。
その日の昼休み、逃避行でもする? と冗談めかして声をかけてきたのは、クラスメイトの大路くんだった。
彼が手に持っていた屋上の鍵を見て、私は一も二もなくうなずいたのだった。
「ほんと、おもしろいことになってるよね」
クスクス、と大路くんは本当に楽しそうに笑う。
からかわれるだろうと予想はしていたけれど、だからってうれしいわけじゃない。
ギロリと睨んでみたところで大して意味はなく、彼は笑みを引っ込めることはなかった。
「他人事だと思って……」
「他人事だからなぁ」
「そうだけど~!」
他人の不幸は蜜の味、とまでは言わないけれど、外野から見ている騒動はおもしろいものだ。
私だって、他の人がこんな追いかけっこを繰り広げていたら、かわいそうにと思いつつ野次馬根性で観客になっていたかもしれない。
「ていうか、他人事じゃなかったら新田が困るでしょ。三角関係の頂点になりたい?」
「やめて……」
大路くんは眼鏡をかけているのもあって、それほど目立つ容姿ではない。それでも彼が持っているどこか優雅な空気は人を惹きつけるらしく、クラス委員をやっているのもあって人望は厚い。
そんな彼と、学園の王子様とに取り合われる、平々凡々な私。悪い夢だとしか思えない。
そもそも、元々そういう話ではないし。
烏野先輩は前世でガラスの靴だったから、シンデレラだった私に踏まれたいだけで。
そこにはラブも、もしかしたらライクすらないのかもしれない。
「この学校、おもしろいよねぇ。同級生に大臣もいたし、どうやらシンデレラに限った話じゃないみたいだしね」
そう言って、大路くんはだいぶ離れたところにいる二人組に目を向ける。
屋上のフェンスに寄りかかるように座っている男子と、その膝を枕にして寝ている女子。
ここからだと顔も学年も確認できないけれど、この屋上にいるということは、彼らも前世持ちなんだろう。
この音聞学園には、なぜか私たちのようにおとぎ話の住人だった前世を持つ人たちが集まっている。この学校で、同じおとぎ話の登場人物(ガラスの靴を登場人物と言っていいのかはわからないけれど)と顔を合わせた瞬間、前世の記憶を思い出すようだ。
そして、偶然なのかなんなのか、なぜか毎年そのうちの誰かしらが生徒会役員となる。今年は副会長が『幸福な王子』のツバメらしい。
いつからだかわからない伝統的な職権乱用によって、屋上は前世持ちのために開放されている。前世持ちと知られると、秘密の話をしたいときはここを使って、とこっそり鍵のありかを教えられるのだ。
視線の先でいちゃついているカップルがいるように、わりとどうでもいいような使われ方をすることも多いのだけれど。
入学式の日に、当然ながら騒ぎとなった私のことはすぐに役員の耳に入り、その日のうちに屋上のことを教えられた。
さらには、悪目立ちしてしまった先輩を叱り、先輩は私と一緒のときしか屋上に来てはいけないということにしてくれた。
つまり、先に屋上に来てしまえば、私は先輩の魔の手から逃れられるというわけだ。
逃げ場所を用意してくれた副会長には頭が上がらない。
何度叱られてもへこたれない先輩は、無駄にガッツがありすぎると思う。
「同じ委員会に、白石雪乃って先輩がいるんだけど……もしかして……」
「ああ、それはすごい怪しいね。八割方、白雪姫なんじゃないかな」
不思議なことに、現世の名前と前世の立場には、何かしらの法則があるようだった。
気のせいと言われたらそれまでという程度の淡いつながりでも、もしかして、と疑いを持つには充分だ。
しかし、一つ、納得のいかないこともある。
「でもその先輩、男だよ……?」
「……なるほど、そういうパターンもありなのか」
「ありなの……?」
おとぎ話のヒロインが男として生まれ変わるだなんて、なんとなく飲み込みきれないものがある。
特に、白雪姫なんて国一番の美貌と名高いお姫様なのに。
たしかにその白石先輩は、雪のように白い肌と黒檀のように黒い艶やかな髪で、烏野先輩とはまた方向性の違うミステリアスな美貌の持ち主ではあるけれど。
「ガラスの靴だって、生まれ変わるとしたら普通に考えて女でしょ。前世と現世の性別に一貫性はない、と」
そう言いながら大路くんはポケットからメモ帳を取り出し、サラサラと何かを書き記した。
「ちょっと、何メモってるの」
「おもしろいから、ネタに使えそうなら使おうかと思って。僕が文芸部なのは知ってるでしょ」
「現実をネタにするのはちょっとどうかなぁ」
「これを現実だって捉えるのは、同類だけだよ。どうせだし楽しんだもん勝ちじゃないかな」
「大路くんはちゃっかりしてるね……」
それなりに真面目だと自負している私は、そんなふうには割りきれない。
前世は前世、現世は現世と思ってはいるけれど、毎日のように追いかけてくる先輩のせいか、前世を意識してしまう機会は多い。
それこそ先輩の思うツボでしかないということが、悔しいところだ。
「ま、現世の僕はこの喜劇の中では端役みたいだからね。舞台の袖から眺めさせてもらうとするよ。前世のよしみで、見物料はなしでいいよね」
ニッコリ、と大路くんは笑う。
それはそれは、心の底から愉快そうに。純粋に劇を楽しむ観客のように。
「恨むよオウジサマ……」
「がんばってね、シンデレラ」
うなだれる私の頭を、大路くんはぽんぽんと優しく撫でた。
やっぱり、前世は前世、現世は現世だ。
前世で恋をして、国中を探してくれて、結婚してめでたしめでたしとなった王子様と、現世では普通に友だちとして仲良くなった。
私も大路くんも、お互いのことを異性として意識していない。その関係が心地いい。
シンデレラなんて、もうどこにも存在しない。