第一話 生まれ変わり
私、新田 真帆は、自他共に認める普通の女子高生だ。
容姿は特筆すべきところはなく、身長は平均で、胸のサイズはB。成績も上の下といったところで、得意科目は頼られることもあるけど成績優秀というほどでもない。体育も苦手ではないけれど得意とも言いがたい。子どもの頃にピアノを習っていたので簡単な曲なら弾けることが、唯一の取り柄だろうか。
そんな普通の女子高生が、イケメンな先輩に土下座されて変態発言を繰り出されるなんて、よっぽどの理由がないとありえない。
そしてもちろん、私たちにはあるのだ。その、“よっぽどの理由”が。
さて、みなさんは前世というものを信じているだろうか。
私はどちらかというと、そういう非現実的なものとは距離を置いているタイプだった。
朝の占いも好きな人との相性診断も、信じたいものだけ信じる。心霊現象は偶然もしくはやらせだと思っているし、種のないマジックなんて存在しないと思ってる。
前世の縁なんて、そんなもの、つい一ヶ月前の私だったら笑い飛ばしていただろう。
彼に……音聞学園の王子様と名高い、烏野 光に会うまでは。
出会いは、入学式だった。
時間に余裕を持って学校に到着して、受付も済ませて母と談笑していた私の視界にチラチラと入ってくるものがあった。
校門のすぐ脇、壁に寄りかかっているその人は、背中を丸めていてどこか具合が悪そうに見えた。
日本人とは思えない色素の薄い髪が陽の光を反射して、気にしないようにしていてもどうしても目につく。
もうおわかりだろうが、その人こそが烏野 光先輩だった。
「あの、大丈夫ですか……?」
そう声をかけたのは、単なる親切心だけではなかった。
もちろん心配だったからもあるけれど、目立つ容姿の先輩がそこにいることで、校門前が軽く渋滞を起こしていたからだ。
受付の人も先輩を気にしていたけれど、入学生の相手に忙しくて身動きが取れない状況のようだったし。
早めに受付を済ませた私はやることもなかったから、ちょうどいいと思った。
先輩は私の声にのろのろと顔を上げて。
目が、合って。
私はその瞬間、頭の中で爆発が起きたかのように一気に前世の記憶を取り戻した。
めまいを起こしそうな情報量に、私のほうが具合を悪くする前に。
差し伸べたままだった手を、先輩にぎゅっと握られた。
「ずっと、ずっと待ってたよ、俺のシンデレラ……! どうか俺を踏んでください!」
そう、先輩は感極まったように、私の手を両手で握りながら言った。
よりにもよって、母親の前で。
おかげで「あの王子様とは最近どうなの?」なんて、週一のペースで母にからかわれるんだから、本当に過去の先輩を張り倒したい。
……訂正。張り倒したいのは今の先輩も同じことだった。
◇◆◇◆◇
「真帆ちゃんはひどい……俺がどれだけあなたを待ち望んでいたと思ってるんだ」
結局、朝の土下座事件は私がその場を逃げ出すことで無理やり幕を閉じた。
どうやらそれがお気に召さなかったらしい先輩に、昼休みに屋上まで連れ出されて泣きつかれている、というわけ。
シクシクと泣き真似をする先輩は、とてもじゃないけれど年上とは思えない。
子どもじみたことをしていても、その神さまに祝福されたような美貌は少しも損なわれていないんだから、正直ちょっとずるい。
「ひどいのは先輩ですよ。またあんな目立つところで……! それでなくても注目されてるんですから、もう少し人の目を気にしてください」
屋上には今は私たち以外誰もいないから、遠慮のない口を利ける。朝も最後のほうは遠慮なんてしていられなかったけど、あれはいっぱいいっぱいだったから仕方がないということにしてほしい。
何しろ校門前で土下座だ。頭を下げられたことはこれまで何度となくあれど、さすがにあれは初めてだった。
今度はどんな尾ひれ背びれのついた噂が流れることだろうか。悲しいことに、王子様に頭を下げさせる一年生として、入学してたった一ヶ月で私もかなりの有名人となってしまっている。
先輩がそう呼ぶものだから、シンデレラだなんて言う人もいる。学園の王子様に見初められた(と思われている)私は、観衆からすれば正しくシンデレラなんだろう。
先輩に憧れていた乙女たちはアブナイ発言にドン引きしたらしく、嫌がらせなどがまったくないことは、不幸中の幸いと言えるかもしれない。
「とてもじゃないけど、嫁取りの舞踏会で王子と踊ったシンデレラの言葉とは思えないな」
「今の私は、シンデレラじゃありません。もう何度も言っているはずです」
苦笑する先輩に、私はきっぱりと答えた。
私は、新田真帆だ。褒め言葉の前には必ずといっていいほど“それなり”とつく、ごくごく普通の、女子高生。
王子に見初められた前世の私とは、何もかもが違う。
謙遜でも卑下でもなく、私は今の私というものを知っていて、そんな自分をわりと気に入っている。
「もちろん、わかってるよ。前世はただの無機物だった俺だってこうして人間の姿を得たからね。それでも俺は、あなたに履かれたいと願ってしまう。かつてシンデレラ“だった”あなたに」
先輩は自然な動作で私の手を取って、甲に口づけを落とした。
それは本当に王子様のようで、先輩のことなんてどうとも思っていないはずなのに、ドキッと胸が高鳴った。
「どうやって人間を履くんですか!」
「だから踏んで……」
「私にそんな趣味はありませんっ!!」
「真帆ちゃんは強情だね……」
強情だなんて、他の誰より先輩にだけは言われたくない言葉だった。
絶対に踏まないって数えきれないくらい断っているのに、聞く耳を持たないのは先輩のほうじゃないか。
押しの強すぎる先輩に、私は今日も頭を悩ませる。
高校生になってから、正確には先輩と出会ってから、ため息の数は増える一方だった。