苫小牧ゼロワンGirls
雪がちらつく、12月26日。
苫小牧大学の研究室に一人の少女が
立っていた。
少女の名前は明石香苗
明るい茶髪のチョートヘアをたなびかせ、ダボダボの研究着に下はスウェット。
およそ、女子力の欠片もない服装の香苗は、何やら息巻いていた。
右手には黒い液体入りのペットボトル。
左手は腰に当て、ペットボトルをマイクに仕立てて、ごほんと一息入れて、話し出した。
香苗「ありがとう、みなさん。
まず最初に私を支えてくれたチームの皆。投資者の皆様、恩師の加藤先生ならびに私を産み、育ててくれた両親に感謝したいと思います。
そして、2105年にして、初の。日本人初の、ノーベル科学セレクション22世紀ニューアジア地区部門個人の部。金賞受賞の栄誉を承り、このような素晴らしい会を開いていただいた関係者の皆様、ありがとうございます。」
そんな口上を述べる香苗を後目に、稲田美佳が部屋に入る、黒のストレートヘアを頂点で結ったポニーテールをたなびかせ、
香苗よりは綺麗な研究着を羽織った少女は、何ら不思議な事もないといった素振りで近くの椅子に腰かけた。
美佳「コーヒー、もらうよ。」
香苗「研究内容は、『コーヒーの苦味成分をいかにして甘味に変えるか』なんちゃって。」
美佳「変えたら意味ないべや。」
香苗「ああ、しばれるー。私のも入れてよ砂糖ましまし、ミルク盛り盛りで!」
いかにも、爺ちゃんの口癖を真似しましたと言うような方言を使い香苗は、美佳に懇願する。
美佳「自分で入れれば、豆どこ?」
香苗「イオンのサミット袋に入ってるっしょ。」
美佳は慣れた手つきでイオンのサミット袋から、挽いてあるコーヒー豆を取り出すと、自分のカップと香苗のカップに入れる。
そして、そのまま電気ケトルを付けようとする。
美佳「あれ? 沸いてる。」
香苗「沸かしておきました!」
ビシッと音が聞こえそうなほどの敬礼をする香苗。
ふーんっと。これまた、いつもの事かと納得した美佳は、二人分のコーヒーを注ぎ、
自分のカバンから文庫"若きウェルテルの悩み"を取り出し読み出した。
そんな、美佳をニコニコと見つめる香苗。
香苗「・・・ねえ、あと5年で何ができると思う?」
美佳「あと5日で、世界が終わるのに?」
さも、当然の様に口にする美佳。
その様子に不服な香苗。
香苗「仮定の話だよ、科学、科学、サイエンスフィクション。」
美佳「科学は、あんたの専門でしょ。」
香苗「わたしはね、こぶき屋のたい焼きを死ぬほど食べる。」
美佳「あれを? 無理無理、3年間は胃に残るよ。」
香苗「あーもっと食べとけばまだ、今も胃にいたのかなぁ・・・」
美佳「あんたほんと好きだったもんね・・・」
香苗「あれを嫌いな市民はいない! ホッキカレーは嫌いでも、たい焼きは嫌いにならないで。」
美佳「日本史のあれ? 昔流行ったアイドルの名言。」
香苗「あの文句、気に入ってんだよね。」
話に一段落ついたかと、美佳はまた、小説の世界へ入り込む。
そんな、いつも通りの美佳を見て、殊更にニコニコと笑みを浮かべる香苗は、先程から持っていたペットボトルを高々と掲げた。
香苗「てれてれってれー! タイムマシン!」
香苗の宣言に対し、チラリと美佳は香苗の掲げるペットボトルを見る。
美佳「なにそれ・・・ゲロ? あ、たい焼きの餡とか。」
香苗「みなまでいうな! ・・・さっきの演説はお遊びではない。これで、こぶき屋までタイムスリップだ」
そういうと香苗は、美佳に黒い液体入りペットボトルを差し出す。
美佳は、差し出されたペットボトルをマジマジと見る。
美佳「白いガラナならぬ、黒いガラナか・・・いやまて、ガラナは元々黒いよな。」
香苗「危ない!」
香苗は、美佳の手にチョップを食らわせる。
美佳は、衝撃でペットボトルを落としそうになるが、香苗がすかさずキャッチする。
美佳「いったぃ・・・青タンできるじゃん。せっかく、コールドスリープ用に肌、磨いてきたのにさぁ・・・」
香苗「これしかないんだから、変にちょさないでよ!」
美佳「なにそれ?」
香苗「だから、タイムマシン」
美佳「ドラえさんの?」
ドラえさんとは、2090年から始まった国民的アニメである。
香苗「21世紀のラストドラえさん、と呼びなさい!」
香苗の持つペットボトルを訝しく見る美佳。
美佳「はじっこに何か溜まってるし、ジンギスカンのタレみたい」
香苗「実はさぁ、これ3日前に、科学省に出したらさぁ、審査通っちゃってさぁ!」
美佳「マジ? クリスマスに? 何してんのあんた?」
香苗「もちろん、SFをしてたのよ。」
美佳「最後ぐらい、男と過ごしなよ。」
香苗「別にいいじゃん、恥ずかしくもないよーだ。家でお母さんとザンギとケーキ食べたもん。美味しかったもん。」
美佳「その近くのホテルに私はいましたよぅ」
香苗の男っ気の無さに、呆れる美佳。
香苗「ザンギ食べた?」
美佳「食べてない!」
ほんとに、この娘は・・・
でも、お母さんと一緒に過ごすのも良かったかもね・・・
美佳は、遠い日を見るように窓の外を眺める。
外にはあの頃と変わらず、ただ、深々と雪が降り積もっている。
何を自分は自棄になっているのだろか?
きっと、あの事、あの時・・・
彼と一緒に行かなかった自分に対してなんだろう。
美佳「過去を捨てきれてないのは、私のほうか・・・」
そんな美佳の呟きも露知らず、香苗は興奮して言葉を続ける。
香苗「今日、結果が届くんだよ! わやでしょう? お祝いにお母さんとザンギパーティーだよ! 美佳も来るよね?」
この娘みたいに、生きれたらどんだけいいだろうか?
美佳は、どう? と言う香苗に微笑みかける。
美佳「その、御誘いにお呼ばれします。」
香苗「やったー! 美佳も手伝ってね! ニューテイストなザンギ作りに。」
美佳「普通の作ろうよ・・・」
にへらぁと頬笑む香苗に苦笑を浮かべながら、美佳は今のまま、終わっても私は後悔しないかもね。
と、自分を納得させる。
その時、部屋に携帯の着信音が鳴り響く。
香苗のだ。
香苗「来ったー!」
もしもし、明石香苗です。
という言葉と共に、部屋を飛び出していく香苗。
部屋には、美佳と、さっき香苗が掲げていたタイムマシンが残った。
美佳は先程まで読み進めていた文庫を開き、読み出すも、どうしてもタイムマシンなる黒い液体が気になる。
もし、あの頃に戻れたら稲田美佳はどうするだろう?
そんな、不毛な考えがもし、現実になったら。
私はウェルテルなのか?
悩んで悩んで、進まず。
停まることを選ぶのか?
気がつくと美佳はペットボトルに手をかけていた。
蓋をゆっくり、慎重に開けていく。
蓋を取ると、美佳は1度目を閉じ、
ペットボトルに口づけた。
一口、
二口、
勢いで飲んでいったが、その異常な味に味覚が気づく。
されど、停まらない。
私は停まらない!
1度決めたら最後まで!
美佳は異味を我慢して黒い液体を飲み干した。
美佳「・・・まずい。やっぱ、ゴホッ。ジンギスカンのタレじゃん、キャラメルより不味い。オェ・・・」
ペットボトルを置く。
そして、美佳は空のペットボトルを右手に掲げて、左手を腰に当て叫ぶ。
美佳「世界政府のかたがたの勝手な決定で、地球保護のためとかで、2100年1月1日。全人類は一斉にコールドスリープされます! 今は2099年12月26日! あと、5日しかありません! こんな決定ありなのでしょうか!? 私は断固として政府の決定に反対します!」
誰にも聞こえぬ、美佳の宣言が終わる。
わかってる、
後悔があるからだ。
私には後悔がある。
だから、何にもかんにも許せない。
受け入れられない。
目を背ける!
力なく美佳は膝をつく。
美佳「どうせ、あの人には会えないんだ・・・時間も、人も帰って来ないんだ・・・あんたも知ってたのに・・・こんなイタズラひどいんじゃない?」
美佳は膝に顔を埋める。
肩が小刻みに揺れる。
本物だと思ってなかったよ。
それでも!
それでもさ・・・
こんな時だと、
信じてみたくなるじゃない・・・
美佳が顔を埋めていると、突然に香苗が入ってくる。
相変わらずのボサボサ衣装に、
手には大きな紙袋。
美佳は、香苗に怒ることはしない、
彼女はこれを信じてたんだ。
私のために?
これを作ろうとしたのかはわからない。
でも、今までも
こんな彼女に勇気づけられてきたじゃない・・・
美佳は、顔をあげる。
サヨナラを言いたかった。
せめて、最後にサヨナラを言いたかった。
美佳は顔を豪快に拭うと、何事もなかったように香苗へ振り向く。
美佳「結果は? どうだったアインシュタインさん?」
香苗「何言ってんの? 何そのペットボトル? うわ! 馬鹿だあんた、コーヒーと間違えてジンギスカンのタレ入れてやんの。」
さすがにちょっとムッと来たけど我慢、我慢。
ん? このペットボトルってあんたのじゃ・・・
香苗「ごめんって、いま美味しいの入れてあげるからさぁ。」
香苗は紙袋を置くと、コーヒー入れに行く。
きっと、結果はダメだったんだな・・・
だから、あんなに強がって・・・
勝手に飲んだこと謝んなきゃね。
美佳「香苗。」
香苗に謝罪と励ましをと思い
呼ぼうとするが
香苗の持ってきた紙袋から美味しくて懐かしい匂いがするのに、美佳は気づく。
美佳「美味しそうな匂い、それに何か懐かしい・・・」
香苗「まだ食べちゃダメだよ!」
美佳は、匂いの主に手をかける。
大きくて温かい袋の中には
大きな大きなたい焼きがギッシリ詰まっていた。
美佳「・・・え?」
香苗「なくなっちゃうって言うからさぁ・・・今のうちに食いだめしかなきゃね」
この大きなたい焼き、間違えない!
こぶき屋の!
何で?
美佳の視界に先程飲んだ黒い液体ペットボトルが眼に入る。
まさか、ほんとに?
戻ったの?
美佳の疑問は確信へ。
美佳は、突然立ちあがり、上着をひっ掴み、部屋を出ていこうとする。
香苗は、友人の突然の行動に驚く。
香苗「美佳! どこいくの!?」
扉に手をかけたまま美佳はゆっくり香苗を向く。
もう、停まらない。
美佳「・・・アメリカ・・・後悔だけはしたくないからさ。」
何年ぶりかの、笑顔を見せて、美佳は部屋を飛び出すしていく。
部屋に残された香苗。
淹れた二つのコーヒーをテーブルに置き優しく頬笑む。
その後、コーヒーを啜りながら窓の外を眺める。
そして、また優しく頬笑む香苗。
いっぱいに買い込んできたたい焼きを紙袋から出して、その一つに齧りつく。
香苗「・・・おもたい・・・」
予想通り、ヘビーなたい焼きに舌つづみをうつ香苗。
香苗から一筋の涙が零れ落ちる。
それでも、鼻をすすり、
満面の笑みを浮かべる。
外はいまだ雪模様。
昔、書いた劇作を小説にしてみました。
今後も短篇でちょこちょこやろうと思います。