終わらない冬
ギリギリですが投稿。
季節は巡る……はずだった。
「今年は冬が長いなぁ……このままじゃ作物がダメになっちまう」
「薪が足りない!このままじゃ凍え死んじまうよ!」
「なんで暖かくならないんだ?いつもならもうそろそろ春じゃないか!」
町の人々の声は城に住まう国王にも届いた。
寒い冬は毎年であれば4ヶ月程で終わっていた。この国の民達は大体の予想を立て、冬を越せる程度の蓄えしか持っていない。もしもの場合を考え、食料や薪の類は民に分け与えられるように確保してはいるが……春の訪れの気配を感じられぬ今の状態では国庫を開けたとしても一体いつまで持つのか。
このままではいけない。現在、四季の塔に住まう冬の女王には早々に出てもらわねば。
「宰相、これを民達に発表せよ」
《冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。》
************************
その頃の四季の塔では───
「どうしましょう?これ以上、私がここにい続けると人々が飢えてしまう……ねぇ、リラとは連絡が取れたかしら?」
冬の女王エリカが、街の様子を伺う鏡を前に暗い声を出し側に居た者に声をかける。
冬の女王の側近であるスノウは、メガネを押し上げ答えた。
「代替わりした春の女王リラ様とは、残念ながら連絡が取れておりません。夏の女王カルミア様と、秋の女王ルクリア様の御二方も探してくださっておりますが、未だ見つからず……」
「そう……困ったわね。このままでは私は塔を出ていかない悪者になってしまうじゃないの」
悲しい微笑みをしたまま、軽い口調でエリカは呟いた。
「春の季節を飛ばし、夏の女王に入って頂くのはやはり無理なのでしょうか……」
「それは無理ね。掟があるのよ?『例え一つの季節が短くても良いから四季を廻さなければいけない』『四季が順に巡らない場合はこの国に異変が起きる』代を引き継ぐ時に必ず教えられるのだけど……」
「先代……カリン様が伝え忘れている……という事は無いでしょうか?」
「カリンが伝えきれない事があった場合、次代の女王を育成するのは側近の仕事。カリンが伝え忘れても、彼が忘れているなんて事はないと思うのだけれどね」
「あの方はまだ現役でいらしゃいましたね」
「先代春の女王カリンの側近キリ……彼とも連絡が取れないのかしら?」
「春の女王が住まう塔に使いをやったのですが、別の者から回答が来ましたのでキリ殿と連絡は取っていません」
「そう、急ぎキリと連絡を取ってみてちょうだい。何か知っているかもしれないわ」
「承知いたしました」
*************************
「唯ひたすら祈るだけなんて嫌だわ。どうして私が春の女王になんてなったのかしら?」
鬱蒼とした森の中に建てられた小さな小屋。ここはリラが幼い頃より隠れ家として使っている山小屋であった。
四季の女王は代替わりをする。誰でもいい訳ではなく素質あるものに痣が出るのだ。
四季の女王だからと何か特別な力がある訳ではなく、痣を持つものが塔に入れば四季が巡る。そして塔に入った後は唯ひたすら決められた時間決められた場所で祈るのだ。そんな面倒臭い事などしたくないというのがリラの思いだった。
「私が居なくなれば、誰か違う人間にこの痣が出るんじゃないのかしら?放棄して結構経つけど消えないわねぇ。それにしても自分のせいではあるけれど、雪が降り積もって小屋から出るに出れなくなるなんて間抜けにも程があるわ……」
自分が塔へ行かなかったせいで冬の女王が塔から出れなくなり、冬が終わらず常春と言われているこの街にまで影響が出始めているのだ。
常春の街イキシア、代々春の女王を選出してきた街で四季が巡るこの国の中でも四季とは関係の無い、過ごしやすい穏やかな気候に恵まれ花の生産が盛んな所である。今この街を覆う白い雪とは無縁の街だった。
雪なんて初めて見るだろう街のみんなの慌てようは想像に難くなく、申し訳ないという気持ちはあれども『動きたくない』という気持ちに占領されてしまっているリラにはどうする事も出来ないのだった。
「リラ様……」
扉の外、聞き慣れた低い声にとても驚いた。
「キリ?やだ、どうしてここが分かったの?」
小さな声で呟き、扉を開けるでも無く凝視したままリラは足を抱えて小さくなった。
「この小屋にいらっしゃる事は分かっております。リラ様、どうか四季の塔へ参りましょう。このままではエリカ様にご迷惑がかかってしまいます」
大きな声ではない、ただゆっくりとトーンを変えることなく語り掛けるように話すキリの声をリラは黙って聞いていた。
「ここを開けては下さいませんか?」
やはり、逃げきれないのだろう。カリン様にも散々言われていた。『四季の巡りを滞らせてはならない』と、分かっていたのだ。祈りたくないなど我儘を通せるような事ではない。だが、何もこんな時期でなくてもいいじゃない!と叫びたかった。
「カリン様……」
一筋の涙がリラの頬をながら落ちた。
**************************
「陛下、春の女王の側近であるキリから手紙が届いております」
「キリは何と?」
「『新しく立った春の女王は、先代の急逝によるショックで自分の殻に閉じこもられております。春の女王の職務放棄により国王、国民の皆様に多大なご迷惑をお掛けしてしまい誠に申し訳ございません。現在の状況は、四季の塔に閉じ込めれている冬の女王が悪い訳ではなく、全ては春の女王が側近である私が諌めきれなかった結果により起った事でございます。国王が出したお触れは、取り様によっては冬の女王が悪者になってしまう為即刻取り下げて頂きたくお願い申し上げます。春の女王は私キリが責任を持って連れて参りますので、今しばらくお待ちいただければ幸いでございます。』との事です」
「そうか……宰相、触れを一度下げる。四季の塔に使いを出せ」
どこかホッとしたような表情で国王は宰相に言う。宰相も表情を和らげ頷いた。
「承知いたしました」
***************************
「エリカ様、城から使いの方が来られて、触れの撤回をしたと報告が入りました」
スノウは、窓の外を唯ひたすら見つめ続けていた冬の女王に向かって告げた。
「そう、塔のまわりにいる人達はどうなったかしら?」
冬の女王が見つめる先にはまだ、四季の塔にいる冬の女王に向かって叫び続ける人々の姿があった。
「使いの方が、皆に声をかけて回って引き上げています」
だが人とは不思議なもので、中々言葉に耳を傾けない者もいる。塔のまわりにいる者達全てが引くにはそれなりの時間がかかるだろう。そうスノウは感じていた。
「キリ殿が春の女王を説得できれば良いのですが…」
スノウの言葉にエリカは、窓の外の空を見上げた。
「キリはリラの居場所を知っていると言っていたわね。カリンの事と春の時期が被ってしまった……リラにはまだ覚悟が出来てなかったのね。でも、キリが居ればきっと大丈夫ね」
エリカがふわりと微笑むのを、スノウは窓越しに眺めていた。
************************
泣き疲れて、寝てしまっていたらしい。キリの声が聞こえた時は空は明るかったが、今は薄暗くなり始めていた。
「キリ!」
キリが外にいる事を思い出し、慌てて扉を開けた。
「やっと出てきてくださったのですね」
扉の外には火を起こした場所で本を読むキリの姿があった。
「今、貴方がしなければ行けない事はお分かりですか?」
リラの側まで来たキリは、扉の外から語り掛けた時と変わらない声で問いかける。
「ごめんなさい。今の状況は私の責任よね……」
「私に謝っていただいても困ります。その謝罪は冬の女王にお願いします。それよりも……こんなに体が冷えきって!暖かいスープが用意してあります。お召し物も馬車の中に。温まってから直ぐに四季の塔へ向かいましょう」
背中を軽く押され、リラはゆっくりとキリと共に歩き小屋から出た。
****************************
「やっと厳しい冬が開けたぞー!!」
「祭りだ!春が来たー!!」
あれだけ降り続いた雪は、春の女王が塔に入り冬の女王が塔から出た瞬間に止んだ。次の日には暖かい陽射しが、積もった雪を溶かし、雪の下に眠っていた動植物達が目覚めた。
通常の季節が巡り、冬の女王に抗議をしていた国民達は国王より事の真相を聞かされ、皆後悔し、冬の女王へと謝罪を行った。
代理で国民達の声を聞いたわ側近のスノウは淡々と、国民達へ避難の声をかけたかと思うと………
「私がお使えする冬の女王は、とても心の広い方。先程の言葉は全て、私が思った事です。冬の女王はこうおっしやっています。『四季の女王と言われてはいても1人の人間であり、皆さんと同じ様に泣くこともあれば笑うこともある。誰が悪いと責めるより、どうか理解をして欲しい。そして善悪の判断をして、悪い事であれば怒ってほしい。今回の事は良い経験となりました。』との事です。冬の女王に感謝して下さいね!」
少しムスッとした顔で、スノウは国民達に告げ、冬の女王の元に戻って行った。
*************************
「此度の件は、私も反省しなければならないな」
国王がかけていた椅子に背を預け、深く息を吐きながら宰相に告げた。
「我らも人の子。過ちを犯す事もありましょう。しかし、そこで反省が出来なければ我々は人の上に立つことなど出来ないでしょう。この件を忘れぬように今後に活かしましょう」
宰相は辛辣な言葉を告げてさっさと帰っていった冬の女王の側近の姿を思い出し、窓の外を見た。
空は青く澄み渡り、王宮の庭には花が咲き乱れ、暖かい陽射しが執務室へ差し込んでいる。
春を待ち望んでいた民達の歌声が響き渡るこの国の未来は明るいと苦味を含む笑を作り、仕事に戻っていった。
ありがとうございました。