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第94話 蹂躙

 「映像窓」に映し出された、クリス・クラリスの口の端が、三日月のように邪悪に歪む。


 ――いや、今はダリューンか。


「名も知らぬプレイヤー、シンの創造主よ。今はシンに間借りする「異物」にしか過ぎぬ貴方を、私が排除する時が来た」


 俺の知るダリューンとは全く違う声。

 甘い声と呼んで、どこからも異論が出ないであろうその声が告げるのは怨嗟の言葉。

 大事な「シン」を歪める存在として、「俺」を排除しようとする妄執に捉われた男の言葉だ。


 俺の耳には、本来のダリューンの声と重なって聞こえる。


 これは言葉で何言っても通じないだろうな。

 叩き伏せてから、言うべきを言い、聞くべきを聞こう。

 言葉で、ああだこうだ言ったところで、相容れるはずはない。

 

 であれば、どちらかが相手を膝下に組み伏せた上で、己の我を通すしかない。

 ゆずれぬものってのは、そういうものだ。

 

 言いたい事を呑みこんで、深呼吸して構える。


「御託はいい。かかってこい」


「ははは、そのあたりはまさしくシン、君らしい。安心するよ。まあもとよりこっちもそのつもりさ。だけど正面から戦って、君に勝てるわけはないから細工はさせてもらう」


 ダリューンの事だからもう少し会話で揺さぶってくるかと思ったが、そんなつもりはないようだ。

 このタイミング、この状況での介入によほど自信があるんだろう。

 まあいい、どちらにせよ戦わずに済ませられる相手でもない。

 

 気持ち悪い文字で埋められた「映像窓」と、目の前の巨大な「映像窓」が歪んで消える。

 思い出したように警報が鳴り響き、通常の警告(アラーム)表示がされた「映像窓」が複数立ち上がる。


『現在「対戦フィールド」は外部からの干渉を受けています。機能保持不可能』


『防壁展開。――効果無し。強制解放シーク……エン……ス……』


 ざざざと雑音(ノイズ)が走り、再び「映像窓」は消失する。

 完全とはいかなくとも、この空間の主導権はダリューンが掌握したか。


 「宿者」(ハビトール)を操り、どのような制限をかけた空間であれば俺に勝てると判断しているのか。


 完全に世界(ヴァル・ステイル)と隔離されているのか、起動したままの「三位一体」(トリニティ)も、今の映像窓の消失と同タイミングで、(ヨル)、クレアの感覚を遮断される。


 会場になっている「浮島」へ「転移」(テレポート)し、そこに何の異常もないことを確認して慌てているところで感覚は切れた。

 思い切り心配しているだろう、はやく無事を知らせねば。


 逆の状況だと思うとぞっとする。


 ギィギィといった耳障りな音がこの空間に響く。

 出所を見上げれば、何の変哲もない空の一角が蜘蛛の巣のようにひび割れ、そこから何かが出てこようとしている。


 演出過剰だろう、ダリューン。

 さっさと来い。


 カリィン! カリィン! カリィン!


 連続する、空が割れる音。

 俺の意思が伝わったわけではなかろうが、通常の空一面が硝子のように砕け、そこからクリス・クラリスが降ってきた。

 空が割れた向こうの側の空間は、一面の赤色だ。


 ――趣味が悪い。


 定石は先手必勝。

 相手が何かやってくる前に、まず叩き伏せる。


 本来、今のダリューンの身体であるクリス・クラリスがたとえカンスト――レベル99であっても、150をオーバーしている俺には攻撃は通らない。

 当然ガルさんの様に何らかの手段は持っているのだろうが、さっきと違い出すのを待ってやる義理も、メリットもない。


 最強最大の技を、初撃から叩き込む。


 全身に雷撃を纏い、触れただけでも相手を行動不能にする「雷公鞭(ライコウベン)(マトイ)」を発動させる。

 「術式格闘士」(マギカ・ルクター)がレベル150を超えた時点で使用可能になった、現時点での雷撃系最強スキルだ。


 発動と同時に複数の魔法陣が全身を包むように現れ……ない?

 ――発動していない。


 だが、同時に発動した「瞬脚」――空中機動でクリス・クラリスに向かって突撃することは成功している。

 どういう状況だ、これは?

 ここはスキル制限フィールドなのか?


()()()()()()()では使えない」


 底冷えのするダリューンの声――全然違うのに、ちゃんとそう聞こえる――が響く。


 無防備に距離をつめた形になっている俺に、遠距離攻撃である「龍砲」が撃ちこまれる。


 クリス・クラリスも格闘系か!


 慌てて防御スキル「禍祓(マガバライ)」を発動する。


 ――これは発動してくれた。


 なんとか間に合って受けるが、空中でバランスを崩してすっ飛ばされる。

 今の「禍祓(マガバライ)」が発動していなければ、やばかった。


 というか何らかの制限フィールドだというのであれば、俺のレベルも制限されているのか。

 確かにゲームとしての「F.D.O」フィリウス・ディ・オンライン時代であれば、同条件での対人戦を成立させるために、レベルやスキル・術式を各種制限できるようにはなっていた。


 それを応用したのか。


 地面を転がりながら、思考を走らせる。

 思えば地面をすっころがされるなんて、ずいぶんと久しぶりだ。

 余裕ぶってる場合じゃないな。


 借り物の力。


 ダリューンは確かにそういった。

 ここではそれは使えないと。

 俺と、本来のシンが合一以降、新たに手に入れた力をそう定義しているとすれば。


 ――シンがもともと持っていた力、つまりは千年前にシンが行使可能だった力は使えるという事か。


 もし合一後に、この世界(ヴァル・ステイル)へ来た直後。

 レベル1に戻っていたあの時以降、再び手に入れたものすべてをそう定義されていたら、初手で終わっていた訳だ。


 まあダリューンは、「シン」が鍛えて手に入れた力を「借り物」とは呼ぶまい。


 ダメでもともと、「神の目」(デウス・オクルス)の起動を試してみるが、ノイズすら走らない。

 全くの沈黙だ。


 つまり「俺」が宿っていた時に使えた特殊スキルは、全て封印できる空間という事ね。


 ダリューンめ、そういう意味なら鍛えて得たスキルも術式も、「宿者」(ハビトール)となっている時しか使えないだろうが。


 都合のいい解釈しやがって。


 まあいい、ここでは旧カンスト、レベル99と考えて行動すればいいか。


 条件が互角なら、遅れをとるつもりは毛頭無い。

 しかもクリス・クラリス本人相手であれば「格闘」の遣い手として同等以上を行かれる可能性もあるが、あくまでも操っているのはダリューンのはずだ。

 口喧嘩や戦略戦術ならともかく、殴り合いで負けるわけは無い。

 こちとらそればっかりやってきた身だ。


「――同等条件なら、私に負けるわけは無いと思ってますか?」


 地面から跳ね起きた俺の背後に、一瞬で回りこんでいたクリス・クラリスが言葉をかけてくる。


 くっそ、速いな。


 速度特化のスキルカスタマイズとスキルコネクト構成(ビルド)だと、攻撃力に振ってる俺はちょっと不利だ。

 もともと対人戦意識して構成(ビルド)して無いしな、俺は。


 それにお前はジ○ジョか、ダリューン。

 独白読んできてるんじゃねえよ、そういうのはヨーコさんで御腹いっぱいだ。


 零距離で発動される「累瞬撃・雷」かさねしゅんげき・イカヅチを、「累瞬撃・地」(かさねしゅんげき・チ)で受ける。


 後手に回っただけ、数発抜かれた。


 ええい、くっそ。


 レベルカンスト同士だから喰らうとかなりの距離を吹っ飛ばされるし、硬直(リコイル)が洒落にならない。


 しかし、素人とは思えない挙動してるな、ダリューンのやつ。

 千年も時間があれば、俺以上にもなれるって訳か。

 そういや美少女仮面とかやってたんだっけな、いい歳して。

 それともクリス・クラリス本来の体術を再現する術を持っているのか。


 ――追撃してこない、距離は離れた。


 次は先手を取らせてもらう。


 多重追尾(マルチ・ロック)遠距離スキル、「九頭龍砲」を発動。

 俺の背後、円形に浮き上がった九つの光弾が、一斉にクリス・クラリスへ殺到する。


 躱すなり、弾くなりそれはどちらでも良い。

 そこへこいつをぶち込んでやる。


 接近戦を身上とする俺としては少々不本意だが、九発の「龍砲」を防いだ直後にこいつをぶち込まれたら、無効化しきれないはずだ。

 そこからの被ダメージ硬直(リコイル)に、一気に連撃(コンボ)で決めてやる。


 レベル99(カンスト)「術式格闘士」(マギカ・ルクター)の遠距離最強技、「天砕」(アトミス・カエルム)


 右手を左肩上に翳し、手の甲を外側に、五指を開く。

 そのまま振り払うように右手を突き出し、開かれたままの掌の先から莫大な光が広がった後、爆縮する。

 一瞬で展開された、五重の魔法陣、その中心に超新星のような光が宿り――


 ピィン!


 という澄んだ音と共に、高圧縮された魔力が放出される。

 一瞬で音速を突破し、衝撃波(ソニック・ブーム)水蒸気円錐(ウェイバー・コーン)が多重に発生する。

 直撃すればレベル99(カンスト)プレイヤーキャラクターのHPであっても三割は削り、破壊可能オブジェクトであれば小さな島くらいは消し飛ばす攻撃がクリス・クラリスへ直進する。


 その場から動かぬまま、「九頭龍砲」を「禍祓(マガバライ)」で無効化していたクリス・クラリスでは、完全無効化は不可能だ。

 両手の「禍祓(マガバライ)」を使い切っても、五割は通る。

 速度特化構成(ビルド)では、攻撃力特化構成(ビルド)の遠距離攻撃を捌き切れまい。


 喰らった後に発生する、被ダメージ硬直(リコイル)の間に決める。


 一定時間放出を続ける、「天砕」(アトミス・カエルム)が放出時間の半分を超える。


 ここで耐え切れなくな、る……はず……


 !


 まさか――片手だけで、全部凌ぎきられた。

 

 最後まで放出してしまっては、「瞬脚」でキャンセルをかけて追撃に入る事もでない。

 逆に俺のほうがスキル硬直(リコイル)に入ってしまう。


 でもなぜだ、同じレベルで、攻撃力特化構成(ビルド)の俺の攻撃を躱すならともかく、凌ぎきられるなんて……レベル99(カンスト)同士であればあり得ない。


 ダリューンの「仕掛け」は同一条件下に、俺を引き摺り下ろすことだけではないのか。

 いや、言ってみればそんな五分五分の状況で、ダリューンが勝負を仕掛けてくることは考えにくい。

 

 ――ダリューンにとって、確実に勝てる状況。


 少なくともダリューン自身がそう思っているからこそ、このタイミングで現れた。

 そう考えるべきだ。


 だが一方的ではない。

 レベル99(カンスト)までのものに限定されるとはいえ、スキルも術式も使える。

 今のところ一方的にしてやられているとはいえ、まだ勝負が決まってしまったわけではない。


 ダリューンにとって圧倒的有利な状況下かもしれないが、一方的に俺がなすすべもないまま決着をつけてしまえるような状況でもないって事だ。


 考えろ、速度でも威力でも、なぜ同じレベル99(カンスト)同士でありながら上をいかれる?

 この「対戦フィールド」のルールはなんだ?


「近接戦闘を旨とする身でありながら、遠距離スキルに頼るとは……」


 言われた。

 同時に「瞬脚」で一気に間合いを詰められる。

 

 硬直(リコイル)で動けない腹部に蹴りをぶち込まれ、吹っ飛んだあと背後の切立った壁に叩きつけられた。 


「自身の身体と意思、命を使って鍛え上げた「シン」のみであれば、あのような温い攻撃にはなりません。今の私でも凌ぎきる事は出来なかったでしょう。ですが貴方のように、コントローラー? ですか。そんなものを、ぽちぽち操作していただけの存在と混ざってしまっては、弱くなるのも当然じゃありませんか?」


 当然クリス・クラリスは追撃してきており、追加発生した被ダメージ硬直(リコイル)で動けない俺に、大降りの打ち降ろしの右を叩き込まれる。

 

 爆砕する壁にめり込まされる。


 とんだ逆壁ドンだ、ちっくしょう。


 言われた事には……くそ、言い返せない。

 なんだ、弱くなってるのは「俺」のせいってのか。

 

 考えがまとまらない。


 まずい。


 そのまま左フックを決められ、地面と水平にすっ飛ばされる。

 当然同じ速度で距離をつめながら、連撃(コンボ)を決められ続けている。


 くそ、痛ってえ。


「貴方は、世界(ヴァル・ステイル)を守るために血反吐を吐いていない」


 激高するでもなく、淡々と「プレイヤー」としての俺を糾弾するダリューン。


 ゲームで血反吐なんてはけるかよ!

 お前に今吐かされてるけどな!


 地面とドリブルするように短打を撃ちこまれ、地面を削り取って吹っ飛び続ける。

 やりたい放題やられている。


「貴方は、強くなるために痛みを堪えたこともない」


 VRゲームでもあるまいに、痛みなんて感じられないんだよ!

 今物凄く痛い思いしてるけどな!


 飛ばされる方向にあった巨石に叩きつけられ、それごと蹴り抜かれる。

 通常技による連撃(コンボ)を、きっちり決められている。

 防御(ガード)出来ていれば遅延(ディレイ)に割り込めるが、被ダメージ硬直(リコイル)を喰らい続けている現状では成す術がない。

 まさかこのまま一方的に削りきられて負けるのか。


 負けたらどうなる。


「貴方は、救いきれなかった人々の事で悪夢に(うな)されたこともない」


 だってゲームだったからな!

 合一してから、「泣けるわー」とか言ってた「シナリオ」が「現実」だった場合、どれだけ辛いか思い知ったわ!


 通常技十連撃(コンボ)のラストで、空中へ撃ち上げられる。

 完全に無防備な状態で浮かされた状態だ。

 ここからなら、どんな大技でも叩き込めるだろう。

 クリス・クラリス自身も飛び上がり、俺の背後にピタリとつく。


「貴方はただ――「ゲーム」として()()()()()()()()()


 返す言葉もございませんよ!


 みんなが現実の世界(ヴァル・ステイル)で歯ぁ食いしばって頑張ってるなんて知らないまま、シナリオの出来がいいだのバランスがどうだの、あいつはあそこで死んでこそ盛り上がるよなとか言ってたよ!


 楽しかったともさ!

 十年以上やり続けるくらい楽しいゲームだったよ!

 それがまさか現実だなんて思うかよ!

 そんなこと言い出してたら、入院させられるわ!


 背後で巨大な魔力が膨れ上がる。

 ――止めの大技か。


 背を向けているので何の技かはわからないが、強烈な一撃を背中にくらってふっ飛ばされる。

 地面で二度、三度バウンドし、かなりの距離を飛ばされている。


 仰向けになった視界に、遥か上空で右腕を大きく振りかぶったクリス・クラリスの姿を捉える。

 こっちが止めの技か。


 「星齧(ロド・ステラ)


 技名通り、星の一部を齧り取ったように地形さえ変える一撃。

 右腕に多重展開された魔法陣と、これから右腕が通る経路に積層展開された魔法陣が、その威力の高さを指し示している。

 実際に俺も使える技だから、威力はよく知ってるしな。


 今までの連撃(コンボ)に加えて、これが直撃すれば勝負は決まってしまうだろう。


 だけど躱す手段は――


「そんな貴方はシンの中には要らない。だから――」


 ――ない。 


「ここで退場してください」




 直撃した。

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