第93話 妄執
攻撃が通らないという事は、戦いとして成立しない。
待っているのは一方的な……
「主、主、棄権せんか? 今すぐ棄権したら夜もそんなに……」
「シン君に、集中攻撃しましたね? アオヒメ?」
「あああ、もうだめじゃ。翼毟られる。誰じゃ痛覚を通常通りにしようとかいうたのは!」
「シロヒメも、ガル様が甘やかしているのですわね。私の目の前で我が主に集中攻撃を仕掛けて、ただで済むはずないですのに」
「クロヒメだったか? 熊はあんまり好みではないが、主殿に手を出したからには喰らうか」
シロヒメとクロヒメは、声もなく二人で首をふるふると左右に振っている。
夜もクレアも笑顔だ。
物凄い笑顔だ。
神竜は無表情。
「ガルさん、俺達がレベル上限解除されているというのは、誰からの情報ですか? まあ勝ってから教えてもらいますので今はいいですけど」
ガルさんの性格上、勝負に負けた上で隠し事はしない。
できないと言ったほうが良いかもしれない。
そう言う人なのだ。
「アオヒメ、シロヒメ、クロヒメ、落ち着けって。――大した自信だなあ、シン。でも逆にその情報知っててお前ぇに突っかけたってこた、こっちにも切り札があることぐらいは解るよな?」
まあそれはそうだろう。
半信半疑だったかもしれないが、俺達がレベル上限解除されていれば、自身をカンストさせても全ての攻撃が「無効化」される可能性はある。
それを知っていて、突っかけてきたりは……ガルさんならやりかねないなあ。
ハッタリではないとは思うけど、ハッタリであっても不思議はない。
まあ情報源は「システム」か「堕神群」としか考えられないし、「堕神」を敵とみなす「異能者」達に力と情報を与えているのは「システム」の可能性が高い。
万一後れを取っても、「対戦フィールド」の中の事だし、手札を晒してもらう方が得策だろう。
「でしょうね。見せてもらえるんですか?」
「勝負事で出し惜しみしてどうするよ。つかお前ぇこそ、こっちが切り札出す前に瞬殺しなくていいのか? やろうと思えば出来るだろ、多分」
「切り札見せてもらえる方が得かなあ、って今考えてます」
「腹立つなー、その余裕。じゃあちっと待ってろ。「神殺し」技見せてやる!」
そう言って、一応距離を取る。
三姫もそれに従って、後ろに飛びのいた。
同時に人化を解いて、本来の姿に戻っている。
対戦中に「待ってろ」というのも大概だと思うけれど、ガルさんのいう事だから深く考えないことにする。
「ここで謝ったほうが良いんじゃないのかなあ」というシロヒメの言葉が悲哀を誘う。
でもここで見せてもらわなければならない。
――「神殺し」技。
やっぱり「堕神」を敵と見做して、倒すための力を与えられているという事なんだろうな。
俺達が「Scutum Fidei」の力を得て、三人で何とか神竜を無力化できたように、「異能者」達もただ倒すだけなら、できるだけの力を得ていても不思議はない。
神の権能を貫き、神を殺す技。
おそらく「システム」に保障された「無効化」や「破壊不能」を解除する属性を持った技。
そんなものを「堕神降臨」の時に使われては困る。
神竜をそうしたように、俺達の目的は「堕神解放」であって、「堕神討伐」ではない。
ここで切り札も含めて「異能者」を叩き伏せ、味方にしておかなければならない。
乱戦の中、横合いから「神殺し」をされたりすれば、次の「堕神」を必ず解放するという神竜との約束が果たせなくなる。
それはいかにも拙い。
確実にその可能性は潰しておく。
距離を取ったガルさんは多重魔法陣に覆われている。
同じ魔法陣にアオヒメ、シロヒメ、クロヒメも覆われ、それぞれが立体的に交差する。
ああ、これはあれだ、合体系だ。
ガルさんの身体を中心に、生体装甲のように三姫の身体が合一してゆく。
背にはアオヒメの翼を生やし、巨大な尻尾を伸ばす。
四肢はシロヒメの強靭なそれと合一し、巨大で鋭い爪を宿す。
全身はクロヒメの毛皮に覆われ、圧倒的な防御力を誇るのだろう。
眼帯をしていない左目が開かれ、そこにはアオヒメのものであろう竜眼が宿っている。
短く刈り込まれていた灰色の髪が蒼と白と黒を交えてざわざわと長髪になる。
翼竜、サーベルタイガー、大熊の特徴を人の身に宿した、合成魔獣。
「言葉選んで言いますけど、正直きもいです。きもいですよね?」
「否定はできませんわね。我が主と私もあの手の技持ってますけど、あんな感じですの? 発動中って」
「シン君とクレアのは、きもいというよりエロいです」
「エロいんですの? 初耳! 初耳ですのよ?」
いやめっちゃ奥の手出してくれてる最中なんですけど、ガルさん達。
夜もクレアももうちょっと空気読みませんか。
「四身合体なら、我をベースにした「神殻外装Ver「神竜」/シン専用機」の方がはるかにかっこいいのじゃ。――勝った」
ドヤ顔で何言ってんの神竜。
夜もクレアも当然ですと言う顔で頷かない。
たぶん会場は大盛り上がりだと思うし、今の言葉は運営がカットしてくれていることを祈ろう。
「てめえら、もうちっと真面目にやりやがれ!」
ほら怒られた。
でもなあ、発動待っている時点でまじめにやってるとは言い難い。
少なくとも俺達にとって「脅威」となる技ではない。
完全に人外の姿となったガルさんが、のっそりと俺達の前に立つ。
「おう、これで完成だ。きもいとか言うな、俺の可愛い三姫が泣くだろが。これ準備に結構かかってよ。待ってもらった手前、不意打ちはしねえけど、ものすげえ速ええぞ、こうなったら。それにあらゆる防御を無効化する特性がある。この形態になったら、レベル差であろうが、神の権能であろうが貫ける。亜神化してるシンもその例外じゃねえと思うぜ?」
「ブレずに獣好きですわねえ、ガル様」
「ケモナーっていうんでしたっけ、シン君。シン君も私たちに猫耳とかしてほしいですか?」
「たまにはいいかもね。でも神竜いてくれるからなあ、もう」
ガルさんのケモナーをいまさら指摘してもしょうがないだろう。
この人どっちかっていうと人化すら嫌うくらいのケモナーなのに。
そのくせ三姫の人化姿見てると、人の女性の好みも多岐にわたってて感心する。
三姫の人化って、ガルさんが人間の女性にも手を出すの嫌っての事なんだよな、確か。
ケモナーの業は深い。
「完全人化がよければ「分体」はそうするが? 主殿」
「そういうのはずるいです、神竜」
「そうですわ。ただでさえ幼女というアドバンテージ持っていますのに」
ちょっとクレアさん、アドバンテージなのかそれ?
ひどく俺が誤解を受けそうなんでやめてもらえませんか。
「じゃがのう。夜殿とクレア殿は、主殿の好みそのままの具現化なのじゃろう? 我はそうではない故、見た目的には後れを取っておるのじゃ。そこを何とか埋めたくてのう」
何の話始めてるんですか。
やめてください、世界中に配信されてるかもしれないんですよ。
「おーいもういいかお前ぇら。俺も人のこたあ言えねえけど、大概だなシンの身内も。いいんならいくぞー」
あ、はい。
すいません。
そう言った瞬間、完全にガルさん(合成魔獣形態)を見失う。
完全に俺の知覚から消えている。
ほんとに速い、このレベル差で見失うとは思っていなかった。
クレアが即座に「完全防御」を発動する。
ガガガァン!
直後に響き渡る轟音。
レベル150オーバーの俺達に捉えられることなく、攻撃を仕掛けてきているのだ。
なるほど、仕組みとして「絶対に保護されたもの」の理は崩すが、発動されたスキルに対しては無条件で抜けるわけではないのだな。
「固ってえ! なんだそりゃ、それが自信の源か? まさか範囲で完全に防がれるとは思わなかったぜ!」
本気でびっくりしているガルさんの声が響く。
レベルの上昇に合わせて、クレアの「絶対防御」は一撃に対してではなく、一定範囲及び、短時間だが時間展開になっている。
今のレベルであれば、発動から三十秒は「絶対防御」が継続する。
三十秒以内に決着付けなきゃ、油断してると危ないな。
夜や、神竜の奥の手は出さなくてもいいだろう。
レベルが150を超えたことで、上位スキルにシフトした俺の技で行ける。
というか「神殺し」がスキルである以上、俺には相性が悪すぎる。
「出し惜しみしてもしょうがねえな、最大最強の技ぶち込むぜ! 喰らえ! 究極……」
ガルさんのノリノリの声が聞こえるが、撃たれたらちょっとまずいかもしれない。
まさかとは思うが、「絶対防御」を抜いてくる攻撃があるかもしれないし。
そうなったらもう「絶対防御」じゃない気がするけど。
目の前で軽く、両の掌を打ち合わせる。
――柏手。
パァン!
という乾いた音が広がる範囲に、俺のスキル「権能砕き」が拡散する。
レベル100で取得した時点では、拳で打ち込まなければ発動しなかったが、レベル150にレベルアップした際に範囲技へ上位シフトした。
柏手の音が届く範囲の、敵対発動中スキルを全て打ち消す。
自身にかかったデバフ系、相手にかかったバフ系も総じて消し飛ばす、とんでもないスキルだ。
それだけに連射はできないが。
「――武神……あら?」
あんな位置にいたのか。
俺達から見て右斜め上空で、こちらに向かって両手を突き出しているガルさんを捕捉する。
突然左半分の視界がなくなったら間抜けな声も出るよな。
「え? ちょ……」
合成魔獣化を「権能砕き」で解除された、ガルさんとシロヒメとクロヒメが落ちてくる。
アオヒメは自力で飛べるが、意識がないのかあらぬ方向へ滑空して行っている。
派手に墜落した。
一拍遅れてアオヒメも地面に激突する。
意識の在ったガルさんは、空中機動で何とか着地するが、アオヒメ、シロヒメ、クロヒメを受け止めるのは間に合わなかったようだ。
まあ墜落程度のダメージで勝敗判定が付くほどやわじゃないだろうが。
三姫が動かないのは、意識を失ったままなのか、狸寝入りなのか。
「さてと」
「お仕置きの時間ですわね」
「我の担当は熊でいいのか?」
うちの三人がゆっくりとそれぞれの墜落地点に移動を始める。
いや鬼じゃないんだから、「神殺し」解除された状態だと、一方的な虐待じゃないか。
「くっそなんだそりゃ。一方的に解除されちまうのかよ。わーったよ負けだ負け。勝負にならねえこたよくわかった。少なくとも俺はシンの指示に従うし、知ってるこた何でも話す。だからここで負けにしてくれや、シン。というか夜とクレアを止めてお願い。三姫死んでしまう」
奥の手である「神殺し」をあっさり解除されたガルさんが、降参の意志を示す。
というより三姫に対する夜とクレア、神竜のお仕置きが忍びないんだろう。
意外なほどあっさりと負けを認めてくれた。
いや、ここ「対戦フィールド」だから死にはしないと思うけど。
対戦者であるガルさんの宣言を受けて、「映像窓」に勝者が表示される。
こうなればもう、相手に攻撃を加えることもできなくなる。
舌打ちとかしてないよね、夜、クレア、神竜。
「敗者宣言」を受けた瞬間、三姫は飛び上がってガルさんの背後に隠れた。
やっぱり狸寝入りだったのか。
「主よ、よくすぐに負けを認めてくれた。今晩は何でもいう事を聞くぞ」
「ガル様意地はらなくてほんとに良かった。今晩は尻尾ギュッとしてもいいよ、我慢する」
「どうなる事かと、本当にどうなる事かと思いました。今夜は私がベッドになります。特別です」
本当に怖かったんだな、三姫。
要らんところでガルさんの性癖というか、ケモナーとしての業の深さが暴露されている気がするけどまあいい。
これで当初の目的は果たせたと言っていいだろう。
決勝まではまだ何回か戦う必要があるけれど、「神殺し」がああいう形態であるのならば問題はない。
ガルさん自身が言っていたのは事実だしな。
ガルさん以上に強い「異能者」はそうそう居ない。
「ちっくしょう、やっぱシンには勝てねえなあ。今回はちっと自信あったんだがなあ……」
そう言いながら元の会場へ転送されてゆく、敗者パーティー。
映し出される「映像窓」には熱狂する会場の様子が映っている。
次は勝者である俺達だ。
夜とクレア、神竜が次々に転送されてゆく。
俺が最後かと思って立っているが、いっこうに転送がはじまらない。
なんだ?
そう思った瞬間、「対戦フィールド」に無数の「映像窓」が立ち上がる。
真っ赤に染まる「映像窓」には、「緊急事態」の表示。
それが次々と、黒一色に染めかえられてゆく。
そこにびっしりと表示されている文字は……
「ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ダリューン様 シン様 ……」
本能的にぞっとした瞬間、巨大な映像窓が俺の目の前に表示される。
そこには死んだ魚のような目をした、整った顔の女の子がドアップでうつっていた。
頭には、もう片付いた問題のはずの「茨の冠」が載っている。
いや、少し形が違う。
その口が繰り返し、ぶつぶつとダリューン様、シン様と繰り返している。
見たことがある、この子は……
不意に目の焦点があって、こちらの視線と絡み合う。
先ほどまでの無表情がウソのように、整った顔にとびきりの笑顔で笑って、口を開く。
「本当に久しぶりだねえ、シン」
クリス・クラリス。
――ダリューンが自身を主とし、「茨の冠」を最初に使った「宿者」
それが今、その美しい声で、その美しい顔で、ダリューンとして口をきく。
「決着をつけに来たよ、プレイヤー」




