第91話 大会規定
「よお久しぶりだな、シン」
皇都ハルモニアに帰還すると、即皇城でガルさんとの会見となった。
落ち着きの無いガルさんが、よくも俺達の帰還まで大人しく待っていたものだと思う。
千年ぶりの再会を、久しぶりで済ませるところもガルさんらしい。
「ご無沙汰しております、ガルさん。アオヒメ、シロヒメ、クロヒメも元気そうで何より。まずは先の「大侵攻」の際の助力に感謝を。なかでもアラン騎士団長を助けていただいた事には深く感謝します。ありがとうございました」
俺の背後に控える「天空城騎士団」の団員全員と一緒に頭を下げる。
直接助けられたアラン騎士団長は、一段と深く礼をしている。
俺の言葉に、三姫は頭を下げ、ガルさんは怪訝そうな表情になる。
「なんだ? お前ぇそんな感じだったっけ? なにそのガキが背伸びしたようなしゃべり方。気持ちわりぃから、素でしゃべれ素で」
思わず苦笑いだ。
「俺」が混ざっている事をどう説明しようかなと考えていると、ガルさんが三姫から蹴られた。
相変わらず容赦ないな、あの三人(頭?)
「あのな主様。無駄にシン様に喧嘩売るのはよすのじゃ。わしはまたマジ切れした夜にカトンボみたいに叩き落されるのはごめんじゃ」
「ガル様、そういう口の利き方はシン様と二人の時にしてね。クレア姉ちゃんは本気で怒ると私の牙素手で砕くよ? それに今のところ弱者が強者に偉そうな口利くのは、ちょっとかっこ悪いかな」
「夜様、クレア様のみならず、フィオナ元第一皇女と神竜の殺気も膨れ上がりました。両義四象の一角にかかれば私はおいしく食べられます。神竜にかかれば私の防御力など無意味でしょう。自重をお願いします」
いやそんな、気に食わなかったら力でねじ伏せるみたいなことはしないよ。
たぶんしないと思う。
しないんじゃないかな?
ごめん、最終的にはするかも。
振り返ってみんなをみると、視線を逸らされた。
やる気だったのか。
「お、お前らこのやろう。……いや、すまんシン。なんか違和感あってよ」
「いえ、無理も無いんですよガルさん。違和感無いほうがおかしいんです」
俺と混ざる前のシンしか知らないガルさんにとって、直接口を利いて違和感が無いわけは無い。
夜やクレアは言うに及ばず、ヨーコさんやフィオナほど近くもなかったがやはり何かしら感じるものはあるだろう。
混ざる前は、歳相応の少年と青年の間だったわけだし。
オッサン成分は隠しきれるものではない。
「ダリューンのやつがぶち切れてた理由ってやつか。ほーん、解らんでも無いが、こうして直接あってしゃべってみりゃ違和感こそあるものの、シンはシンとしか思えねえけどな。まあそこらへんはどうでもいいわ、お前らで決着つけてくれ。今回らしくもなく会ってしゃべろうと思ったのは、俺ら「異能者」の立ち位置についてだ。ヨーコ嬢ちゃんとフィオナ元第一皇女は、最初っからシンの側に立つつもりみてえだがな」
ヨーコさんを嬢ちゃん呼ばわりできるのは凄いと思う。
それよりやっぱりダリューンとの接触はあったんだな。
それをどうでもいいといってしまえるところも、ガルさんならではか。
自分でも意外なくらい、ガルさんに「違和感はあるけどシンはシン」といってもらえた事に、うれしいというかほっとしている。
どうしても「俺」が異物なんじゃないかという不安は付きまとう。
俺本人は、「俺」の記憶も統合されたシンとして成立してるけど、傍から見たら「別人」になってしまったように見えるのかもと思ってしまう。
千年ぶりにあったガルさんに、違和感こそ指摘されても別人扱いされない事に、自分で思っているよりも安心したのだろう。
夜やクレア、ヨーコさんやシルリア、神竜といった女性陣からはとはまた違った安心感を、ガルさんの言葉はくれた。
「私たち「異能者」は世界の守護者にして、英雄の剣。シン様が「救世の英雄」である以上、それに付き従う事に何の疑問があるというのですか、ガル様?」
常に無いまじめな雰囲気だ、ヨーコさん。
いや冷静に考えれば、俺に絡む時以外は常にこんな感じだから、こっちが素なのかな。
「それについちゃあ、ヨーコ嬢の言うとおり。俺の三姫もシンには懐きやがるしな。俺も本音で言やあ、シンが敵になるなんざ思っちゃいねえよ」
「では?」
「確認だよ、確認。解ってんだろうヨーコ嬢。俺達の守護する世界ってのは、「今の人の世」って意味じゃない。だから千年前に魔力が失われようが、ダリューンが引っ掻き回そうが、俺らは平気で世界をほっぽり出して、「英雄の再臨」を待つ構えに入った。その時々の人々が苦しもうが、人の世が終わる事は無いと確信できたからだ」
そういう判断が「異能者」にはあったんだな。
人の手による人の世の混乱には介入しない。
あくまでも人の手に負えない、「異能」を以てしか対処できない事態に、「英雄」と共に臨むことが「異能者」達のあり方という事か。
「シンの再臨と同時に、俺ら「異能者」も千年の眠りから覚醒した。だからシンが俺らにとっての「英雄」なのはまあ間違いないでいいだろ。だが本来俺達にあるはずの「衝動」は起こっていない。嬢ちゃんやフィオナ元第一皇女もそうだろ? 違うか?」
「……違いませんね」
「それはその通りですね。でも……」
「衝動」ってなんだ。
今まで聞いたことが無い言葉だ。
ヨーコさんとフィオナには珍しい、気遣わしげな視線が俺に向けられる。
俺に気を使わねばならないような話なのか。
「そういうこった。――シン。実は俺達「異能者」には、「英雄」に無条件で付き従いたくなる「衝動」がある。こいつは正直言って「強制」といってもいいくらいの代物だ。「英雄」の役に立ち、「英雄」の為に死ぬ事を屁とも思わなくなる。あれだけ癖が強くて自己中で、基本自分が強くなる事にしか興味が無い、我が儘放題の老若男女の「異能者」が、お前ぇにだけは協力的だったのはそのせいだ」
なるほど、と素直に納得できる。
もしただの「シン」として聞いていたのであれば、少し落ち込んだかもしれない。
俺にだけは協力的な個性的な面々を、自慢に思ったことは正直あるのだ。
だがこの世界が、ゲーム的に演出されていた事を知る今となっては逆に納得してしまう。
「主人公」に対する好き嫌いで、協力しない重要ノンプレイヤーキャラクターなんかが存在したら、ゲームシナリオとしては破綻する。
それを防ぐための「衝動」というわけだ。
まあ中には「好感度」を上げないと発生しないクエストとかあったりはしたけど、それはあくまでも何らかの「行動」の積み上げによるものだ。
「生理的に受け付けないから協力しない」などといわれてはプレイヤーとしては堪ったものではない。
今の神竜のように、「俺以外の男の人はいやです」なんていわれた日には、そのプレイヤーの世界は詰んでしまう。
ゲーム世界において、「主人公」に都合がよくなければゲームは成立しないのだ。
現実である今の世界で考えると、ちょっとさびしくはあるけれど。
「だから自信持っていいぜ。少なくともそこに今立ってるヨーコ嬢とフィオナ元第一皇女についちゃ、間違いなく自分の意志でお前の側に立ってる。たいしたもんだ。ヨーコ嬢は覚醒と同時にシンのところすっ飛んで行ったし、フィオナ元第一皇女にいたっちゃ、お前ぇにもう一回会いたいから無理やり「異能者化」して千年をマジで過ごしたんだろ。頭下がるわ」
ヨーコさんがあらぬ方に視線を逃がし、フィオナが赤面して顔を伏せる。
そうだよな。
そういう制約のあるなしにかかわらず、俺の側に立ってくれているという事実はありがたい。
フィオナはよく言ってくれていた、「どうあれ妾はシン兄様の味方です」と。
盲目的だなあと苦笑いしていたけれど、こういう事実を知るとその言葉の意味合いも変わる。
ヨーコさんはすぐに俺達のいる場所に現れてくれた。
フィオナは千年待っててくれた。
簡単に千年って言うけど、今の俺には想像もつかない。
夜とクレアにもう一度会うためなら、それくらいのことをする自信はある。
でも実際にやったことが無い者に、その重みは本当の意味で理解できない。
千年前と違って、夜とクレアがフィオナを肯定的というか、俺のそばに居るのを当たり前のように扱うのは、女として共感できる部分があるからなのだろうか。
「まあ俺を含む多くの異能者も、シン、お前ぇのことは嫌いじゃねえ。だからこの前は「衝動」に関係なく力を貸した。それにあの騒ぎが起こったってこたあ、どうやら世界の敵は居る。だったら俺達「異能者」は「英雄」の下に集い、協力するべきだ。だから「武闘大会」なんだよ」
――ん?
そこまでの流れはまあ理解できたが、最後がなぜ「武闘大会」に繋がるのかがよくわからない。
「シン様。ガル様は理屈はいいから実力でぶっ飛ばして、自分を含む「異能者」を従わせろとそう仰りたいようですよ。良くも悪くも「異能者」は単純です。今のシン様が世界に害なす存在ではなく、自分たちを苦もなくひねる力を持っているならそれに従うと。そうですね? ガル様」
ヨーコさんが通訳してくれる。
なんとなく解るが、それでいいのか「異能者」という気もする。
「概ねそういうこった。俺が思わせぶりにそこのオトコマエを通して伝えた、「神様が敵かもしれない」っていう情報も外れちゃなかったが、お前ぇは神竜をぶっ倒すばかりか、きちんと助けて味方にしちまった。ちなみにその情報はダリューンの奴から聞いた。――あいつも複雑な奴だよなあ、今のお前ぇを憎みながら、ものすごく心配もしてる。一回直接あえばそれで仕舞いじゃねえのかとも思うが、やつはただの人だったしな。まあどうにかして今も生きてんだろ、やつの事だから」
そこは自分が介入すべき問題ではないと思ったのか、ガルさんが言葉を切る。
ダリューンとの事は俺が決着をつけねばならない問題だしな。
あれが素直に寿命で鬼籍に入っているとは考えにくい。
どこかで決着をつけることにはなるだろう。
「まあ、こまけえこたあいい。シンが世界の味方で、俺達「異能者」の誰よりも強ええってんならその指示に従うさ。それを証明してくれりゃいい」
どうやらそれでいいらしい。
覚醒と同時に、辺境に引きこもって強くなる事を追求している「異能者」達が多数居るのは事実だそうだ。
「衝動」が無いのをいいことに、自分の欲望を最優先しているというわけだ。
ガルさんはそういう、「武闘大会」開催の情報も得ようが無い連中を、首根っこ引っつかんで集めてきてくれたとの事。
「武闘大会」の存在を知れば、彼らは強者と戦いたがる。
今はほとんどの「異能者」が皇都ハルモニアに集結済みで、「武闘大会」の開催を待っている。
「なるほど」
「よっしゃ、話すべきことは話したから、さっさとおっぱじめようぜシン。主催者権限で一回戦は俺らとやろうぜ。それくらいはありだろ? なーに俺らは「異能者」の中でもかなり強え。最初に俺らをぶっ倒せば、目的のひとつは即完了みてえなもんだ」
そういって豪快に笑う。
というかこの人、いろいろ話してくれたけど、これを通したくてわざわざ来たんじゃないだろうな。
いや、ありえる、というか間違いなくそうだ。
間違いなく最初に俺達と戦えるように、根回しに来たのが真実だろう。
まあ確かにそれくらいは許される範疇だろうけど。
「それに「世界の敵」が居るなら、なんかちょっかいかけてくんだろ、このタイミングで。そうなったら無条件で協力してやらぁな。悪い話じゃねえだろ」
確かにその通りだ。
ノンプレイヤーキャラクター化した「宿者」や、成長著しい「冒険者」達。
「天空城」や増加した浮島。
隔絶した戦力を持つに至った「天空城騎士団」。
そして俺達が新たに手に入れた圧倒的な力である「神殻外装」
それでも戦力は多いに越したことは無い。
どれだけ強力な戦力でも、同時多発展開される事態に対処できない可能性を潰しきる事はできない。
その際「異能者」達がここに協力してくれているだけでもありがたいが、完全に指揮下に入って連携して動いてくれるというならばなおの事助かる。
なにより「異能者」達の思惑が「世界を守護する」一点であることが確認できたのが大きい。
「システム」からの介入か、「堕神群」の誘導かはわからないが、いろんな情報も得ているようだ。
それでも彼らの軸となるのは「世界の敵」の排除だ。
それが元神々だろうが、ダリューンだろうが、「堕神群」だろうが、俺達だろうが――あるいは「システム」そのものであろうが、そこは揺らがない。
「システム」が世界を消そうとするのであれば「敵」とみなして戦ってくれるだろう。
そんな存在達が、味方になってくれる、とは行かなくても今此処に集結してくれているだけでも充分だ。
なにかがあった時に即時対応できる戦力が増えている事実に、文句を言う筋合いはどこにもない。
「守り手」は多ければ多いほど助かる。
「武闘大会」を開催する手間隙を考えても、充分におつりが来るだろう。
単純に経済活動として考えるのであれば、莫大な利益が予想されているし。
「主殿。なぜか解らんがそこはかとなくイラつくので、我の本体で「異能者」全員焼き払えばいいのではないか?」
いやそれやったら全員死ぬでしょ。
意味ねえ。
だいたいなんでそんなイラついてるの、神竜。
「神竜、それは駄目です、みんないなくなっちゃいますから。ちゃんと大会で結果を出しましょう。ええ」
「ここまで高値で自分を売り込んだんですもの、相当の自信がありますのね、「魔獣遣い」、ガル・ギェレク様。アオヒメ、シロヒメ、クロヒメ、久しぶりにお相手いたしますわ。覚悟はよろしいですのね?」
あれ、夜とクレアもなんか怖いけど、どうした。
俺にはわかる、これは怖い笑顔だ。
そんな怒るところあったか?
三姫が引きつった笑いを浮かべてるぞ。
三姫にそんなに酷い事した事あったっけ、千年前。
夜がアオヒメをカトンボみたいに叩き落したり、クレアがシロヒメの牙砕いたり、正直記憶に無いんだが。
「どうするんじゃ主。マジ切れはいっとるぞ、夜」
「棄権。棄権していいかなガル様。牙砕かれるのってどれだけ痛いか知ってる? 変な声出るんだよ、自分の声とも思えないような。いやだ、牙が無い自分を鏡でみた時のあの情けなさはいやあああ!!!」
「ああ、私の爪も毛皮もまたすべて剥がれるのですか。元に戻るまで今度はどれくらいかかるんですかねえ……」
いや、あの、「武闘大会」は「闘技場」のシステム使ってやるからそんな心配は無いと思うんだけど、どんだけトラウマ植え付けられてんの三姫。
ガルさん、頼りの「魔獣」がそんな状態でよく喧嘩吹っかけてくるよな。
「ええい、落ち着け。殺されやせんわ。たぶん。つーかなに、シンお前神竜手懐けてなんか新しい力手にいれてんのか? 見せろ、いや見せてください。なんならそれでやろうぜ。な?」
うん、ガルさん消し炭になるからやめたほうがいいと思う。
あれは「闘技場」のシステムじゃ対応できないだろうし。
しかし相変わらず「強い敵」と戦うのが好きな人だなあ。
決まった大会規定は以下の通り。
大会開催は半月後。
・団体戦のみのトーナメント形式。
・チーム人数上限はパーティーメンバーである六人を上限に自由。
※召喚獣、使役獣は人数にカウントしない。
・「異能者」チームは予選免除。
・「闘技場」のシステムを使用し、不殺。
・使用スキル、術式に制限無し。
・参加者の使用魔力は運営側で補充。
・参加者制限はなし。
※軍人でも参加可能。各国軍へは運営が承認をとります。
尚本戦出場者は本人が希望すれば「天空城」付兵士に任官可能。
成績に応じて、「天空城」より各種武具が進呈されます。
※参加賞あり。本戦出場時にも商品あり。
※順位商品は後日発表。
別途賞金あり。順位による賞金額は後日発表。
以上となった。
「天空城騎士団」からは二チームが出場。
俺、夜、クレア、神竜の一緒に暮らしているチーム。
対「異能者」戦の意味合いがわかったので、あえてチームから抜けたヨーコさん、フィオナに、せっかくだから参加してみようとアラン騎士団長、シルリアを加えた四人でもう一チーム。
開催者権限で、本戦一回戦第一戦はガルさん達のチームと、俺達のチームが当たる事になった。
これ優勝商品に凄く豪華なものを並べておいて、俺らが優勝したら非難浴びるだろうな、やっぱり。
三位くらいにいいのを置いておくべきか。
悩んでいると
「「天空城」付き兵になれるという条件だけで、一般参加者は目の色変わるから大丈夫ですよ。後、大会告知をした時点で、アラン騎士団長のあれは「賞品」に出るのかどうかの問い合わせが殺到しています。ある程度出しましょう。無いと暴動が起こる可能性があります」
とアデル代表から言われた。
あれそんな高評価なのか。
十年以上分在るから、まだまだ余裕あるな。
アデルに政治方面で使えるんなら言ってくれというと、凄く喜ばれた。
ある日フサになる要人がいっぱいでたら嫌だなあ。
馬鹿なこと言っていないで、大会開催当日までがんばって育成しなきゃな。
育成というより、一方的な虐殺めいてるけど、現状。




