第89話 実戦証明
『発進シークエンスへ以降。固定解除開始』
発進準備のアナウンスに続き、今は俺と合一している神殻外装「神竜」の固定が解かれる。
固定解除後は自分でバランスを取らなければならないのか。
とはいえただ立っているだけなら、何の問題もない気がする。
『第一拘束術式解呪。――解呪確認。移動型ブリッジの除去開始』
『第二拘束術式解呪。――解呪確認。物理的固定装置1番から17番まですべて解除。――解除確認』
術式による固定もかかっていたようで、アナウンスに合わせて、「神殻外装」を覆うように展開されていたのであろう立体魔法陣が可視化した後、砕けるエフェクトが発生する。
二重の立体魔法陣が砕けた後は、外部装甲にロックボルトを打ち込む形で固定している、物理的な固定装置が解除されてゆく。
1番から17番まで、解除されるたびに派手な音が発生する。
『第一から第三までの固定用アーム解除。固定用外装甲を全て除去。――除去完了』
固定装置が解除されてゆくのに同期して、身体を固定していた感覚が消えてゆく。
すべて解除された段階で、身体が少し沈んだような感覚を得る。
地に足がついた感覚。
ただ立つのも難しいとか、そんな高難易度ではなくてほっとする。
『現在「神殻外装Ver「神竜」/シン専用機」の状態は自律行動可能状況。内部魔力及び増槽の魔力に問題なし。稼働用魔力の抽出良好』
『了解。「神殻外装Ver「神竜」/シン専用機」射出カタパルトへ移動』
立っている足場ごと、巨躯が移動を開始する。
向かい合っていた「神竜」に一旦近づき、九十度向きを変えて防護気密扉に向き合う。
『魔力射出機内圧上昇。発進シークエンスは予定通り進行中。「聖櫃」の防護気密扉開放開始――開放完了』
ガコォン!
という轟音と共に防護気密扉が開かれる。
結構長い距離がある魔力射出機レールの、一定距離ごとに魔法陣が浮かぶ。
おそらくは加速補助の大型魔法陣だ。
通過するごとに加速されてゆく仕組みだろう。
転移術式あるのになー、とか思ってはいけない。
巨大ロボット(ちがう)の発進には、様式美というものがある。
神竜えらい。
『「神殻外装Ver「神竜」/シン専用機」主翼展開』
「了解。「神殻外装Ver「神竜」/シン専用機」主翼展開」
アナウンスの指示に神竜が答える。
全部神竜なんだけどな。
「ほれ主殿。主翼展開してくれぬか。射出後即落ちるのは嫌じゃぞ」
「いや神竜、それ無茶振り。解らんって、肩甲骨の先とか」
ほんと勘弁してください。
翼のある生き物じゃないんです、俺。
夜は吸血鬼になってから蝙蝠の羽、クレアは神子になってから天使の羽生やしてたことあるけど、あれは感覚無くて参考にならないんだよな。
飛翔系スキルのエフェクトみたいなものなんだろう。
本物の翼をもつ神竜とは違う。
「しょうがないのう」
目の前にふよふよ浮いていた神竜が、俺の背後に回り込む。
何するんだ? と思っていたら、背中、肩甲骨のあたりに後ろから抱きつかれた。
ぺたこいのがあたってるあたってる。
というか服とはいっても黒色にボディペイントしただけのような代物だ、裸で抱き着かれているのと変わらん。
「肩甲骨の先に我がくっついておるのがわかるじゃろう? 肩甲骨を動かして、そのくっついている我を左右に広げるような感じで……何を硬直しておるのじゃ?」
いやあのな?
まあいい、言っても多分通じない。
よくわからんが、両肩を窄める様にして、肩甲骨を外に広げるイメージでやってみた。
たたまれていた神竜本体の翼が、左右水平に展開する。
『「神殻外装Ver「神竜」/シン専用機」主翼展開――確認』
お、これでよかったのか。
背中の温かい神竜の感覚が、本当に翼のように感じてくる。
「そうじゃ、筋がよい主殿。安定するまでしばらくこうやっておるから、はやく慣れてくれ」
はい、鋭意努力します。
少なくとも夜とクレアが合一するまでにはこの「補助」を取らないと、事態が混迷の度合いを深めることは間違いない。
『発進準備完了』
アナウンスが発進準備が整ったことを告げる。
これでいつでも飛び出せるわけだ。
魔力射出機なのに、蒸気射出機のような水蒸気みたいなものが発生している。
ほんと雰囲気優先だな、さすがゲーム的演出というべきか。
『こっちは準備完了。この後実戦証明取ったら、二人の合一実験に入るからそのつもりでいてくれ』
『シン君、今のところ問題ないんですね? 大丈夫ですね?』
『我が主、どんな感じですの? 神竜の中は』
発進準備に入ると同時にせり上がってきた隔離壁の向こう側にいる、夜とクレアに状況を伝える。
パーティーリングの機能は合一していても問題なく使用可能なようだ。
神竜が情報管制で遮断すればその限りではないのかもしれないが。
『問題ないよ、夜。経験値の減少もすごく緩やかだし、神竜も自覚できていない「愚者の罠」の類はないみたい。うーんどういえばいいんだろ。合一したらわかると思うけど、自分の姿で空中に浮かんでて、その動きを神竜の本体がトレースしてくれる感じなのかな。後なんかお湯の中にいるみたいであったかい。浮かんでるのに地面の感覚が足には在って、不思議な感じ』
そうやって視線を下に向けると、自分の足元に波紋のようなものが出来ている。
『神竜の中はあったかい、と。凄い会話ですねシン様。他の女の中の感想を、自分の女に伝えるとは。マチズモと言って過言ではないでしょう』
『曲解! 曲解が過ぎますの!』
『あのう。神竜は、そのう、痛くないんですか?』
『我か? 痛くはないな。なにかくすぐったい感じはするが、それはまだ主殿が激しく動いておらぬからかもしれぬ』
『いいなあ……』
ちょっとやめてもらえませんか。
セクハラ。
セクハラでどこに訴えればいいですか。
『と、とりあえず発進して、その辺の魔物狩ってみる。ボス級でも瞬殺だと思うけど、各種武装を使用した際の経験値減少値とか、魔物倒した場合の経験値どうなるのかとか試したいから』
『了解です。無理だけはしないでくださいね』
『問題ないとわかれば、すぐに私たちも合一しますの』
よし、まずは発進だ。
はやく発進だ。
この会話を続けるのは危険。
「よし、神竜。発進!」
『最終安全装置解除。「神殻外装Ver「神竜」/シン専用機」、射出』
アナウンスと同時に、ふっ飛ばすような勢いで足場が打ち出される。
本能的に前傾姿勢となり、圧倒的な加速度を体感する。
それは多重展開された魔法陣を抜けるたびになお加速され、あっという間に全ての魔法陣を割砕いて、開放された防護気密扉から空中へ躍り出る。
不意に失われる、地に足の着いた感覚。
一気に広がる天空の視界。
あったかい空間の中に居ながら、風を切り裂く感覚を得れるというのは不思議なものだ。
自分自身が空中に浮遊しているようにしか思えない。
失われてゆく射出速度の中、複数の映像窓が展開されてゆく。
『主翼より浮遊フィールド発生確認。姿勢制御はOSが担当』
『「神殻外装Ver「神竜」/シン専用機」、離昇確認』
『空中移動は主翼操作により、操者制御。全副翼は制御補助に全面展開』
『姿勢安定。空中浮遊状態で制止』
射出用の初期加速が完全に失われても、神殻外装は空中に浮遊している。
背中に抱き着いていてくれる「分体」の温度が翼を意識させてくれる。
この背中から発生して、全体を包むような感覚が「浮遊フィールド」というわけか。
「我の補助があるとはいえ、安定して浮いておるな主殿。翼を意識して行きたい方向へ移動してみるがよい。それが出来れば後は速度に慣れていくだけじゃ」
一瞬でかなりの距離が離れた「聖櫃」の方へ振り返り、そちらへ移動するように意識して「翼」を操作する。
慣れない為か、相当な勢いで振り返り、とんでもない速度で「聖櫃」へ突進する。
なんとなくの方向だけだったので、少し右側を一瞬で通過した。
これ座標あってたら事故ってたんじゃないのか。
「あ、主殿、もう少しゆっくり……な、慣れぬ感覚が」
背中で翼役をやってくれている「神竜」がギュッと俺にしがみつく。
しまった、「神竜」も慣れてないんだ、丁寧にゆっくり動かないと。
「ごめん、痛かったか?」
「痛くはないのじゃが、妙な感覚が、な。お互い慣れるまではゆっくりだとありがたい」
「わかった、ごめん」
突然急な動きをしてびっくりしたのか、背中の「神竜」の息が荒い。
短い間隔の吐息が、くすぐったい。
「と、とりあえず索敵頼む。魔物発見次第、各種武装の実験に入る」
「……承知」
荒い息の中、「神竜」は索敵を開始する。
眼下の辺境域の森には、無数の魔物が湧出しているはずだ。
ほとんど間もおかず、「神竜」から報告が入る。
「射程範囲内に2万5486の各種魔物捕捉。全ての魔物の各種知覚範囲外じゃな。一方的に蹂躙できるが、やるか? 主殿」
俺の目の前に、その2万5486とやらを紅点として表示したレーダーが映し出される。
数えられるかこんなもん。
「まずは試しだな。最大射出数の攻撃スキルで殲滅してみよう。何がいい?」
「流星光雨でよかろ」
「じゃあそれで。何体ロックオンできる?」
「全部」
「え?」
「全部じゃ主殿」
俺の背中で火器管制を行っている「神竜」の返答に思わず言葉に詰まる。
兵装起動が完了したのか、俺の視線がなぞるレーダーの紅点に、無数の白いロックオンカーソルが重ねられてゆく。
ちょっと待って、2万5486を一気に撃つの?
経験値一気に無くなって俺ロストしたりしない?
狼狽えているうちに俺の周りに無数の光点が発生する。
これ、2万5486個浮かんでるのか、本当に。
慌てて視界右上にある経験値表示を見るが、左側の数値が100ほど減っているだけだ。
本来「神竜」の魔力使用スキルとはいえ、コストパフォーマンス良すぎないか?
確かに地方反乱の時も、数千を一斉発射していたけど。
「主殿、発動意志」
ああそうか、兵装選択とか展開は火器管制を取り仕切る「神竜」が出来ても、発動は操者である俺の意志がトリガーになる。
無数の紅点に白いロックオンカーソルが重なったものを「敵」とは認識しにくいが、まあゲームであればこういう攻撃もある。
発動意識を発揮しさせるために「技名呼称」を自分に許す。
「流星光雨!」
「流星光雨!」
俺の「技名呼称」を「神竜」が復唱する。
膨大な数の光点は、ロックオンした対象に向かって走る光線となり、空を焼く。
光に埋め尽くされる「神殻外装」の周辺。
光の滝のようになって、眼下にいるはずの敵へと殺到する流星光雨の光。
レーダーから目を離し、敵がいるのであろう眼下の森を見る。
実際の眼下の森にも、無数の紅点とそれに重なる白いロックオンカーソルが表示されており、そこへ滝のようになった光の線が降りそそぐ。
冗談みたいな速度で、無数の紅点とそれに重なる白いロックオンカーソルが消えてゆく。
視界左に半透明で表示された「映像窓」に、取得経験値とドロップアイテムがバグったかのような勢いでスクロールしていく。
ほんとに2万5486体の魔物を殲滅したんだな、今。
戦闘もへったくれもない。
視界右上にある経験値表示がおかしなことになっている。
たかが100程度を使用して、倒した魔物の経験値は、正しく取得されているようで、すっ飛んだような勢いで左右双方の数値が跳ね上がってゆく。
これ本当に無敵の存在じゃないか。
使った経験値とは比べるのもバカバカしくなるくらいの経験値をその技で取得できるとなれば、はっきり言ってノーリスクだ。
あれだけ上がりにくかったレベルも、すでに110を突破し、まだ経験値取得が終了していない。
「神の目」も同時に立ち上がり、物凄い勢いでログが流れているため、何がどうなったかは落ちついてから確認するしかないだろう。
『シン君、シン君、今事故りそうになった後何したんですか? 物凄い光が地上に降り注ぎましたけど、魔物虐殺ですか』
『冗談みたいな戦闘力ですけれど、危険度はありませんの?』
夜とクレアの視界から見たさっきの流星光雨は物凄かった。
これはもう個人戦闘とかそういう域の代物じゃない。
世界を壊す事が、冗談じゃなく可能なものだ。
『危険度どころか、ものすごい経験値得てる、今。まだ実験はいろいろしなくちゃならないけど、冗談じゃなくこれ世界を滅ぼせるよ。一旦帰還する、三人一緒に合一するのを先にした方がいいかもしれない』
『わかりました、まってます』
『私たちの戦闘力なんて問題になりませんわね。何をもって神竜に対抗すればいいのかわかりませんわ』
『……深刻な問題ですよね。ところで「神竜」はお料理得意ですか?』
『我がそんなもの出来るわけなかろう』
『クレア、やっぱり料理です。料理頑張りましょう!』
『何か激しく間違っている気がしますのよ?』
いつも通り過ぎてホッとするよ。
とにかく一度「聖櫃」へ戻ろう。
思っていたよりもすさまじい力だ。
それに合一した三人、「神竜」も含めて経験値を取得できるというなら育成のプランが根底からひっくり返る。
高レベルフィールドで乱獲すれば、一気に二段階目のレベルキャップまで行けるかもしれない。
レベルキャップがないのであれば、可能な限り積み上げればいい。
ゲームであればバランス崩壊なんてものじゃないインフレだが、この世界は現実だ。
安全性を積み上げられるならそれに越したことはない。
思っていた以上の実戦証明を取れた。
来たるべき時までに、完全に使いこなせるようになっておく必要がある。
無敵の存在。
使いこなせれば負けはない。
「ありがとな、神竜」
「今回は礼を受け入れよう。だが次からは余計じゃぞ主殿。我は主殿の鎧じゃ。好きにつこうてくれればよい。それで次の「堕神」を必ず解放してくれればそれでよい」
「約束するよ。「神竜」がその身を俺に委ねてまで願った事だからな」
「……う、うむ。そうじゃ。頼むぞ主殿」
背中で翼役をやってくれている、「神竜」が少し熱くなる。
テレたりもするんだな、「神竜」。