第88話 起動実験
神殻外装「神竜」が起動実験に入る。
「聖櫃」の中が俄かに慌ただしくなり、各種の光が明滅を始める。
艤装を完了した巨大な「神竜」の本体――「神殻外装」を囲む、移動型ブリッジや固定装置、兵装や装甲を整備する為の機材一式が、一斉に稼働を始める。
巨大な自身の「本体」の前に、小さな躰の「分体」が立っている。
竜眼を閉じ、両腕を左右に広げ、少しだけ浮いている。
閉じられた竜眼の間、眉間の位置に小さな魔法陣が浮かび回転を始めた。
『神殻外装統御OS「「神竜」」起動』
『本体冷却一時停止。「神殻外装」本体、起動シークエンスに入ります』
『制止拘束用魔法陣は展開継続。移動型ブリッジ及び各種固定装置も現状維持続行。起動完了後オールグリーンを確認できるまで固定』
『起動用補助魔力、加圧開始。合一用魔法陣展開開始。主槽用のみ。副槽は停止。管制制御権を神殻外装OS「「神竜」」に設定。――完了』
『本体各部、正常起動』
『主槽、合一準備完了。神殻外装の生体、並びにOS「「神竜」」に異常反応無し』
「聖櫃」にアナウンスが響き、巨大な「「神竜」」の前面に、同じくらい巨大な積層魔法陣が展開される。
いくつ積層されているのかはわからないが、一層ごとに逆回転を行っている。
イィイン、イィインと不思議な音を奏でている。
完全にSF系の主役機初起動シーンだな、これは。
「すごいな……アナウンスとかは整備用AIとかなのか?」
「いや、我」
「神竜」が自分で言ってるのかよ!
その割には複数の声、というか男性の声も混ざってたぞ?
「シン君、「神竜」結構楽しんでませんか、これ?」
「でもまあ男の子にはたまらないシチュエーションであることは認めざるを得ませんわ。見てください夜、我が主のこの表情。子供みたいですの」
それは認めよう。
「神竜」のノリがいいこともだが、俺がこの巨大兵装、神殻外装「神竜」に合一して、己の意志で動かせるというのは凄くわくわくしてる。
俺の巨人殺し技である「変身」のような魔法よりの巨大化技も大好きだが、ロボットに乗るかのようなシチュエーションを喜ばない男は少ないだろう。
正直「神殻外装」という名称の響き、「聖櫃」の雰囲気からかなり期待はしていた。
しかしここまで神竜が盛り上げてくれるとは思っていなかった。
そりゃ笑顔にもなるさ。
「我の本体は「神殻外装」として特化したために、意志としての本体はいまやこっちの「分体」であると言っても過言ではない。本体はもう、シン殿専用の鎧じゃな。ゆえに起動時には「分体」の我も一緒に合一する。はじめるぞ」
今更止める理由はない。
自らの本体に対峙していた「分体」の神竜が、眉間の魔法陣を浮かべたままで俺の目の前まで移動してくる。
少し空中に浮いたままなので、滑るような移動だ。
背が低い分をカバーするように、俺の目線の位置まで浮遊高度を上げる。
そのまま眉間に浮いた魔法陣を、俺の前頭部、おでこの部分に押し付けるようにしてくる。
おでこが熱い。
いやそれより近い近い、竜眼を閉じたままの神竜の顔。
幼いけれど、めちゃくちゃ整ってるからドキドキはする。
ロリコンだからではない、断じて。
「今シン殿の情報を、我に取り込んでおる。それが完了してシン殿の「刻印」が我に刻まれれば、我はシン殿専用の「神殻外装」として確定し、シン殿以外が我の主槽と合一することはなくなる。――いいのじゃな?」
くどいくらい繰り返される、神竜の確認。
「堕神群」に属していた己に、自覚できない罠が仕込まれている可能性も考慮しているのか。
だけど本当に今さらだ。
少なくとも「神竜」と合一するよりはずっと信用できる。
そう仕向けられている可能性だってそりゃああるけれど、そんなことを言っていてはきりがない。
「神殻外装」を必要だと判断したからには、神竜を信頼する。
それが大前提なのだ。
「――いいよ。今後ともよろしく頼む」
「言ったな、シン殿。我は実はちょっと重いぞ。こうなったからには「両翼」にも遠慮せぬから覚悟しておれ。――こちらこそ、これからもよろしく頼む、主殿」
予想外の言葉とともに、その美しい竜眼を開いて俺の目を覗き込む。
俺の目からも、確実に何らかの情報を読み込まれている。
びっくりして無防備な俺の唇に、己のそれを不意打ちで重ねてくる。
小さい両手で、こちらの頭を固定され、舌を絡め取られた。
唾液からも情報取得してるんじゃないだろうな。
それと同時に、神竜の眉間の魔法陣が強い光を発し、神竜のおでこから眉間にかけて、紋章のような光が浮かびあがる。
これが俺の「刻印」ってやつか。
なんか禍々しい感じなのが気になるんですが。
「これで我は主殿のモノじゃ。本体も分体も好きにしてくれて構わぬ。今はまあ、三番目でよかろ。暫定序列はあくまでも暫定、今の圧倒的上位を崩せぬと決まったわけでもない。今日からよろしく頼む、夜殿、クレア殿」
俺の呼び方が「シン殿」から「主殿」に変化している。
それになんか、女性度が増してませんか、神竜。
「負 け ま せ ん」
「受けて立ちますわ!」
勝負事なのか。
え? 深く考えてなかったけど、神竜も今日からあの部屋で一緒に住むの?
ただでさえ新居生活スタートから夜とクレア二人同時ってどうなのよって状況なのに、たかが一週間で三人目連れ込むってホントにどうなの?
「冒険者ギルド」に行くのが怖い、ヨーコさん言いふらすだろうし。
夜とクレアの返答に、悪戯っぽい表情を浮かべて、神竜の「分体」が己の本体に再び対峙する。
――いまや「本体」と「分体」は逆なのか?
『操者承認完了。OSに「刻印」完了。神殻外装に「刻印」開始…………完了』
再び始まったアナウンスに合わせて、「神殻外装」の方の神竜にも、先程「分体」の方に浮かんだ紋章を巨大化させた光が刻み込まれる。
これで、神殻外装「神竜」は「俺専用機」となった訳だ。
…………ちょっとまて。
「神殻外装」を運用するために、今の儀式? が必要だとするならば、「神竜」の方はどうやったんだ。
俺達の力だとダリューンは言い、「神竜」も俺、夜、クレアに特化した構成になっていたと明言した。
OS――意識となる存在は欠けているが、同じく「俺専用機」――神殻外装はその特性上、誰かの専用機にならざるを得ないのだろう――とするための儀式を経ずして、運用可能になるものなのか?
今の一連の流れからして、俺の「刻印」が刻まれていない「神殻外装」を起動することなど出来ないと思えるんだが……
『操者を主槽に転送。合一シークエンス開始』
その声とともに、俺の躰は幾重にも発生した魔法陣に囲まれ、姿を消す。
夜とクレアの目がら見る限りにおいてはかなりカッコいいぞ、合一シーン。
次の瞬間、俺の視界は「神殻外装」の、「神竜」と同じ位置になる。
空中に浮いた自分自身の躰の周りを、半透明化された「神殻外装」が覆っている状況。
スケールは「神殻外装」と一致している訳ではないらしい。
もしそうならば今俺の感覚として、巨大化した俺が「聖櫃」に固定されているようなものになるはずだが、そうではない。
あくまで自分本来のスケールのまま、それに合わせたスケールの「神殻外装」が体を覆っている感じだ。
その状態で空中に浮いていると言えばいいか、結構落ち着かない。
夜やクレア、 「天空城騎士団」の団員達がこちらを見上げているのが見える。
「三位一体」を通して見つめ合っている状況で、俺と夜、クレアの目に映るものが異なっているというのは変な感じだ。
『操作同調係数99.81% 誤差許容範囲内』
『合一、全て問題なし。操者は本体の制御に特化。火器管制、攻性防御管制はOSが行います。ナビゲーションシステム起動』
そのアナウンスと同時に、ぽんっと言った感じで目の前に「神竜」「分体」が現れる。
「ふむ、問題ないようじゃな。ここからは我が制御補助をする。主殿は本体を自分の身体と思ってつこうてくれればよい。翼あたりが慣れぬだろうが、何、翼で飛ぶわけではないし、分体の感覚でいえば肩甲骨の先に翼があって、それを操作する感覚でやってくれればすぐ慣れるはずじゃ。――どうした主殿、間抜け面じゃぞ? 口があいておる」
いやあのな。
なんとなくそういう感じで、「神竜」が出てくるあたりまでは予想できてたけどな。
「いや、服。服を着なさい、「神竜」。なんで素っ裸で出てくるんだよ!」
「お? ああ、そういうものか? でも主殿も素っ裸じゃぞ。主殿はよくて我はいかんのか?」
言われて自分の体を今一度冷静に確認する。
現状「聖櫃」に固定されているから、視界がある程度制限されているから気付いてなかったけど、俺も素っ裸だ。
勘弁してくれ。
「……俺にも何か着せていただけますか」
「落ちつかぬか。我の本体などある意味常に素っ裸じゃがな。ふむ操作には余計な情報が無い方が望ましいゆえ、衣服は除外したが、弊害とならぬ物なら問題ない。これでよいか?」
そう言うと、顎あたりから下を艶のある黒一色が覆う。
身体に完全にフィットしたラバースーツ、というか黒のボディペイントにしか見えない!
まあ贅沢言ってもしょうがないか、一応見えないならよしとする。
……いや、同じ服装? に「神竜」もなってるけど、これ拙いんじゃないか。
外見は幼女である「神竜」「分体」ならあんまり害はないが、これ夜とクレアも合一して同じ格好だと、俺が酷く落ち着かないぞ。
そのため俺の一部が形状変化を起こしても、隠しようないしこれなんて拷問?
いや、そんなこと言ってる場合じゃない。
「「神竜」、情報くれるか。特に起動中の経験値減少について」
「承知」
俺の視界に、複数の「映像窓」が立ち上がる。
中央に表示される赤の「映像窓」には、今の俺の総経験値が左右に表示されている。
今のところイコールだ。
つまり合一から今までで、まだ経験値「1」も消費していないことになる。
まだ一切動いていない為かもしれないが、合一しているだけでものすごい勢いで減っていくという最悪の事態ではないことにほっとする。
レベル3のクロウラーでも、一匹狩れば二桁の経験値を得れる。
よかった、レベル差が一定以上離れると取得経験値がゼロになる仕組みじゃなくて。
これなら落ち着いて各種実験が出来そうだ。
他の「映像窓」は兵装や各部の状況、レーダーなども表示されている。
「神の目」と違い、俺の意志に対応している訳ではないようだ。
視線を合わせれば拡大くらいはされるが、位置の移動やオンオフはできない。
「その辺は申し訳ないのじゃが、口頭で指示してくれ。我が制御する。「神殻外装」の主槽合一は本体制御に特化されていて、火器管制や攻性防御管制、情報管制はOSである我か、副槽に合一したものがするのじゃ。副槽は本体制御の必要がない分、思考トレースで制御可能なので、夜殿とクレア殿が合一した上で、「三位一体」が発動しておれば、ものすごい精度で「神殻外装」を運用することが可能になるじゃろう」
なるほど、ある程度理解した。
しかし神竜を模倣したという事だから、本当に俺達に特化したものになっていたんだな。
いやまずは起動実験が問題なく終わったことを喜ぼう。
次は運用実験に入る。
それで問題なければ、夜とクレアとの合一も実験しなければならない。
まずは固定を解除して、「聖櫃」の外に出よう。
「主様、今のところ問題はないようだ。発進準備に入ってよいか?」
発進準備!
心が躍る言葉だ。
「頼む、「神竜」」
俺の返事を受けて「神竜」が複数の「映像窓」を操作し始める。
本格的な戦闘になったら、目の前に居られると結構視界を妨げると思うんだが、その際は死角に入ってくれるんだろう。
そもそも人の姿で現れる必要があるのかという問題はあるが、その辺はいいか。
俺の死角からの攻撃などにも対応してくれるんだろうし、複数の「意識」がある状況は、操作の主軸がぶれていなければ効果的だ。
俺達の「三位一体」は、「神殻外装」を上手く扱うのに最適なスキルだと言える。
まあまずは空中機動と兵装一式を試して、経験値の減少値を把握する。
それで問題なければ、夜とクレアも合一してもらおう。
『発進準備!』
『発進準備!』
復唱されるアナウンスも全て「神竜」だと思うと笑えてくる。
だが雰囲気は大事だ。
さて慣れない操作だし慎重に行かないとな。
固定が外れれば俺の意志で「神殻外装」は動く。
下手なお約束で、「聖櫃」壊したり、アラン騎士団長を踏んだりするわけにはいかない。
いきなり落ちたらちょっと嫌だな。
空中戦闘機動の感じでいいんだろうか。
肩甲骨から翼が生えている感じ……なるほど。
わからん。




