第87話 無敵の鎧、完成
いろいろ見て回っていると、あっという間に一週間は過ぎた。
冒険者ギルドで遭遇した出来事をきっかけに、開拓地と学校の建設現場を夜とクレアを伴って訪れた。
その後は各種公共施設の整備がなされている場所や、各国の軍事訓練、各「浮島」の運用状況、各地に設立された「病院」の視察など多岐にわたって見て回ったりもした。
途中、開拓予定地のフィールドボス撃破や、やっぱり根絶はできていない盗賊たちの掃滅など、荒事にも少々関わる事にもなったが、大きな問題は発生していない。
ただ、やっぱり「軍」とは独立した「警察組織」みたいなものは必要なのだと痛感させられたのも事実だ。
「軍」では図体が大きすぎて、小回りが利かない場面が多い。
これは新たに増えた課題だな。
その同じ期間で、夜とクレアと同じ部屋で過ごす暮らしにも少しは慣れてきている。
毎日同じ部屋で眠り、起きる暮らし。
思っていたのよりも、それはずっとはいいものだった。
ヨーコさんに
「シン様、夜様、クレア様、三人の香りが同じになるとは、思っていたよりも艶めかしいものですね」
との感想をいただき、盛大に赤面するハメになったが。
そうやって、いろいろと馴染んでいくのだろう。
後、夜とクレアは、そんな無理することはないのに、夕食は意地でも自分たちでつくるつもりの構え。
「はりきって最初から得意料理と言いますか、シン君の好きなもの出しまくってますから、日々メニューが弱くなっていくという弊害が……」
「今はまだ余裕はありますけど、レパートリーを増やすことは必須ですわね……」
女の子としてはいろいろ譲れない部分もあるようだけど、毎日手作りで一生懸命作ってくれてるってだけで俺は充分なんだけどな。
「そんなこと言ってくれるのは、最初だけだと聞いています」
「知らないうちに、その言葉がフォローになってしまったら御終いですの」
世の奥様方は、毎日大変だ。
いや王侯貴族の奥方は、たまにしか自分でつくったりはしないか。
夜とクレアは、世の大多数を占める「普通の奥さん」として譲れない部分があるようだ。
俺も「旦那さん」として、二人に呆れられないようにしなけりゃ駄目だけど、さてどうしたらいいものか。
「でーんと構えていてくれればいいんです、シン君は」
「私たちが同じ空間にいることを、認めてくださっていれば、それで充分ですの」
とは二人の言だが、それをいいことにふんぞり返っていたらダメになりそうな気がする。
たまには俺の提案で外に食べに出たり、俺の手料理も食べて欲しいから俺が造ると言ったこともしていかないとな。
当面は毎日の食材の買い出しには一緒について行こう。
選んだりするには役立たずだが、荷物持ちくらいはできる。
というかレパートリーの枯渇を危惧しているようだけど、それなら毎日二人で戦わなければ倍の期間持つと思うんだけどな。
それに、ある程度でローテーションしても、俺は一向に困らないけど。
そこもまあ、譲れぬ何かがあるようだし、余計なことは言わないでおく。
かいがいしく世話してもらえることは幸せだし、世話してくれてる二人が楽しいそうだからそれでいいか、と思っている。
そんな中、神竜から連絡が入った。
曰く、全ての艤装および自己診断が完了し、起動実験に入る準備が整ったとのことだ。
今や起動実験を先延ばしにする要素は何もない。
完全に育成を休んだのは三日だけで、それからはかなりのハイペースで進めてもいた。
神殻外装「神竜」の起動は、魂を削って行われる。
ゲームであった「F.D.O」においては、経験値を費やすことで「神竜」の力を借りる事が出来たので、おそらく現実であるこの世界でも同じだろう。
考え得る限り最強の戦力である神殻外装「神竜」を、不安なく運用するには経験値を溜めこむことが最も重要な事だ。
それについても「完璧な獣の肉」による限定解除第一段階で、レベル上限を解放している俺達には有利となる。
レベル100を超えて経験値を積み上げられているという事は、それだけ余裕を持てるという事に他ならない。
連日の育成にも拘らずレベル110には辿り着けてはいないが、ゲーム当時と同程度の「経験値消費量」であれば、レベルが108に落ちるまでの経験値で相当な長時間起動していられるはずだ。
各種武装の消費量は不明だが、それらを全開で使用しながらでも丸一日くらいは問題ないだろう。
一番恐ろしいのはダメージによって「経験値」をごっそり削られることだが、起動実験ではその心配はない。
とはいえ、あくまでゲームとしての知識に基づいているに過ぎないので、実戦までに起動実験をする必要があるという事実に変わりはない。
そのために今、俺達は「方舟」内、「聖櫃」を訪れている。
「天空城」に付き従って移動する「方舟」内に今いるのは、「天空城騎士団」の団員だけだ。
「神殻外装」としての神竜は、「極秘」扱い。
この場にいない者で、その存在を知るのは両手の指の数に満たない数だ。
起動実験も秘匿状況下で行われるため、「天空城」は現在、かなりの辺境域まで移動している。
起動後の兵装実験や、想定している魔物との実戦試験にもその方が都合がいい。
皇都ハルモニアの人々の名物となっている「神竜小屋」に、本体の姿が無ければ不審に思われるだろうから、そこには「分体」を置いている。
正直、本体の姿ででも「分体」出来るのには驚いた。
戦闘能力という点では本体よりは数段落ちるとのことだが、複数の神竜本体に襲い掛かられるなんて、悪夢以外のなにものでもない。
やっぱり「分体」は、人化バージョンがいい。
ロリ的な意味ではなく。
その人化バージョンの「分体」が、俺達を迎えてくれる。
「この一週間で、全ての艤装および自己診断を完了。「問題無し」を確認。我の方は準備万端、あとは起動実験を行うだけじゃが、そちらは? シン殿」
「こっちも「問題無し」 いつでも行けるよ」
俺の答えに頷くと、ちらりと神竜が夜とクレアを見る。
からかうというよりは気遣わしげな光がその竜眼にはある。
「もうよいのか? 夜殿、クレア殿?」
神竜の台詞に、あるゲームを思い出すが突込みは入れない。
誰も理解してはくれないからだ。
解ってくれるとすれば、あの謎の男くらいか。
「黙秘権を行使します」
「同じくですわ」
やや赤面して、二人がそっぽを向く。
他の団員たちには一通りいじられた後だが、ずっと「聖櫃」に籠っていた神竜と、このネタでのやり取りは初めてだ。
切っ掛けが神竜であったことも含めて照れくさいのだろう。
「……済んだのじゃな?」
それにこの直球だからなあ。
黙秘権の行使が一番正しい気がするよ、俺も。
「済んだんでしょうね。ええ一週間もあってまだならキングオブチキンの称号を差し上げます、シン様に」
まあそれは甘んじて受けるしかないだろうな、本当にそうならば。
だがしかし俺は一週間前の俺とは違う。
夜とクレアと同じ部屋で、起きて寝る暮らしをもう一週間も続けているのだ。
――一つ上の男。
「シン様の自信に満ちた顔が、少しイラッと来ますね。まあしょうがありません、私もそこに加わるためには必要なステップです」
やっぱり最終的には参加するつもりなんだヨーコさん。
全く想像できない反面、割と自然に溶け込んでしまいそうな気もする。
黙っていれば相当な美人なのに、不思議な人だヨーコさんも。
「フィオナお姉さま、何が済んだんですか?」
「なんでしょうね? でもシン兄様、夜御姉様、クレア御姉様からする香りが同じになっているでしょう? だから多分済んだのですわ」
恒例になった、皇族組幼女二人(一方の精神年齢は千十歳)による連携攻撃だ。
だいたいはシルリアの質問にフィオナが答える形で連撃を決めてくる。
「同じ香りがするって素敵ですね、フィオナお姉さま! 私もはやくシン様とおなじ香りになりたいです!」
「そうね、あともう数年は必要かな」
「今度入学する学校卒業したらちょうどいい頃ですね! それを目標に頑張って勉強します!」
最近フィオナとシルリアのコンビネーション攻撃がかなり高度になってきている。
この手の会話のたびに外堀を埋められている錯覚に陥るが、フィオナはともかくシルリアは無自覚だろう。
だからこそ手強いともいえる。
「イイナー、シンサマウラヤマシイナー」
校長先生は黙っててもらおうか。
知ってるんだぜ、一昨日フィリアーナ公爵令嬢の御父上、レッドフォード公爵マルロイ・キャヴェンディッツ公に呼び出されていただろう。
羨ましがってる場合かな、アラン・クリスフォード殿。
貴殿も俺同様、弄られる身になるのにそう時間は必要としないんじゃないのか?
大丈夫だ、アラン騎士団長の気持ちがそうだっていうなら、あらゆる横槍は排除する。
夜とクレアも公認だし、「月下氷人」は任せてもらおう。
あ、その前に俺と夜とクレアが正式に結婚式とかしなきゃダメか。
そうじゃなきゃ仲人なんてできないしな。
まあそれも、全てが片付いた後だ。
「すまん神竜、いつも通り脱線した。始められるか?」
「うむ、シン殿。その前に話しておかねばならんことがある」
そう言って神竜は、この一週間で行った自らの艤装について説明してくれた。
神竜本体の対面に固定されている神竜を精査することにより、ほぼその艤装を真似たこと。
必要な装備一式は己が持つ精査でわかる範囲においては、何らかの仕込みがされている形跡はなかったこと。
そして神竜の合一操作槽は、胸部中央で「神殻外装」としての本体を操作する為の物とは他に、左肩と右肩部分に二つあるらしい。
それぞれが左が攻撃管制補助、右が攻性防御管制補助を行う為のものとのことだ。
「神殻外装「神竜」はまさしく、シン殿、夜殿、クレア殿が合一することを前提として構成されておった。我はそれを真似たが、基本的にはシン殿一人でも運用可能なようにしておる。「神竜」とは違い、我の意志もある事だしな」
罠にしても、そうじゃないにしても――罠じゃない可能性はないと言ってもいいだろうけど――俺、夜、クレアでの運用を前提にしていたという事か。
どれだけ怪しくても、使わざるを得ない状況を用意できるなら、その一回で三人を一斉に絡め取れるようにしておくのは当然か。
「神竜」の方は心配ないとは思うが、起動実験を三人でする意味もない。
最初は俺一人で実験すればいいだろう。
艤装の完了した神殻外装「神竜」を見上げる。
「神竜」の赤と対照的な、蒼をベースとした配色。
ほとんど全身を分厚い装甲で覆われ、両肩、翼の付け根部分に大きな隆起がある。
どう見ても巨大な砲台のようだが、それぞれが竜の頭を模している。
そこに夜とクレアが合一できるという事か。
合一するのは「神竜」の本体とだろうから、装甲の下の「神竜」本体は、俺達が知る通常の形態からは変化しているのだろう。
精密な呪言や、魔法陣が胸の中央部分に集中している。
そこが俺の合一する部分なのだろう。
――巨大な鎧。
俺の持つ巨人殺し技――「術式格闘士」専用スキル「変身」を使用しても、これには歯が立たないだろう。
「形態:七罪人ira:コードSatan」の特殊状態「憤怒の熾天使」でも結果は同じに思える。
何よりも魂――経験値こそ削られるものの、制限時間が事実上ないというのが最大のアドバンテージだ。
この力を使いこなすことは、絶対に必要だ。
「「神竜」、頼む。起動実験に入ろう」
じっと「本体」を見上げていた視線を「分体」に戻し、開始を告げる。
「承知。夜殿、クレア殿、よいな?」
頷いてから、再び二人に確認を取る「神竜」。
二人とも無言で頷く。
ここで妙にごねない為に、一週間前から一緒に暮らし出しているのだ。
二人曰く、ここでごねたら女としての沽券に関わるらしい。
三人同時が可能という新事実は出てきたが、要らん危険度を増やす意味もない。
「その代わり、問題なかったら私たちもすぐに合一しますね? いいですよねシン君、「神竜」?」
「我が主、「三位一体」は絶対に停止させてはダメですのよ?」
それでもやはり不安なのだろう。
その言葉を、俺と「神竜」が了承する。
起動実験開始だ。
……四人で合一するって、実はえらいことじゃないのか? と思ったのは口に出さないでおいた。
「神竜」たしか、そんなニュアンスのこと言ってたような気がするけど、いいのかな。