第86話 王立魔術学校
「世界会議」が進めている大改革の大きな柱の一つに「教育」がある。
従来から各国には学校制度があり、富裕層以上の子供に対して必要な教育をする仕組みはある程度完成している。
また各国の戦力を増強する意味において、一定年齢と試験などによる選別を通過すれば誰でも入れる「軍立学校」も存在した。
学費は必要ない代わりに、入学と同時に軍属となり、卒業後は各国の軍人として働く。
基本入った以上辞める自由はなく、その旨の誓約書を入学時に書かされたらしい。
怖いわ。
とはいうもののその国の軍事機密に触れ、戦術レベルの実態や装備の程度、軍内人事や果ては装備の手配先まで、配属部署によっては知る事となる。
他国との緊張状態が続いていたつい先頃までは、そんな「軍人」に職業選択の自由などを認めている状況でもなかったのだろう。
今は全く状況が変わっている。
現状に即した「学校」を設立することが、「世界会議」の急務、柱の一柱となることは自明の理なのだ。
大改革とは、軍備や公共施設といった、いわば物理面に限定されたものではない。
もちろんそれらも劇的に変化していっているが、むしろ法や運用規則などの理論面を、それらの変化に即したものにする事も大切なのだ。
中でも「教育」は物理面、理論面の両輪の軸となる「思想」にも直結するため、国家レベルの組織においては最重要となる。
どの国家においても、「国家に都合のいい教育」がなされることは当然の事だ。
「世界会議」が成立した今、その歪みの部分を是正し、世界全体にとって都合のいい教育を行っていく必要がある。
「奴隷制度」や「種族差別思想」を過去のものにするには、力による「絶対の禁止」とともに、経済面での現実性、教育面での長い時間をかけた理解も必要なのだ。
この難事に一番やる気を見せているのが、現「世界会議」代表、アデルである。
もうものすごい勢いで進めていて、俺への決済認可が一番多いのも教育関連かもしれない。
「教育」と一言で言っても多岐にわたる。
奴隷から解放された人々への知識、思想、技術の教育。
俺達がもたらした「逸失技術」によって劇的に変化した、公共施設の運用に関する教育。
俺達の君臨と同時に、大きく変化した「法」に対応するための教育も大変だと聞いている。
「ログ確認」による冤罪が出ないことを前提に、一部の刑罰については相当厳罰化したもんなあ。
それに当たり前だが「法の平等」は徹底してもらっている。
先の「グレイリット辺境領の反乱」のような、止むに止まれぬ事情があってのことではなく、いつまでも既得権益、過去の法が絶対だと信じる貴族様や大商人様は結構いるのだ。
彼らの言い方では
「天空城に逆らうわけではない、だがしかし古より定められている法に則れば……」
という事になる。
「世界会議」ではなく「天空城」に逆らう気がないという言い方が、ある意味現実を指し示している。
今尚、大部分の貴族たちにとっては、圧倒的な戦力を前にして嫌々膝を屈しているにすぎないという。
ある意味俺達こそが、その「古よりの法」を真っ向から否定していることに気付いていないのか、気付いていても屁理屈で何とかなると思っているのか……
そんな中でアデルはできる限りの手を尽くしている。
「天空城」が備える「映像窓」という「逸失技術」を有効活用し、少ない先生で多くの生徒を教える事が出来る仕組みも構築しているとのことだ。
中でもアデルがかなり力を入れているのが「王立魔術学校」の設立だ。
何で王立なの? と尋ねたところ、その方が値打ちが出るし、どうせ魔力補給を俺達に頼るしかない現状、「世界の王」と見做されている俺直轄の学校とした方がいろいろ都合がいいと言われた。
「王」って俺かよ。
なんかいつまでも「世界会議」だと収まりが悪いとのことで、正式名称を考えているそうだ。
勘だが、「天空城騎士団」よりもすごい名前が出てきそうな気がする。
こわい。
千年間失われていた魔力を、歪ながらも取り戻したことで人々は再び術式の行使が可能になっている。
それに伴い、極一部の人間しか使用できなかった各種スキルも見直され、あらゆる公共施設にそれらを投入する事が期待されている。
まあ当然そうなる。
軍事力においては言うまでもなく、今までアレスディア教会に頼るしかなかった「回復術式」が一般的になれば、「医療」は劇的に変わる。
今は「冒険者ギルド」に頼っている開拓開墾の問題解決など、どんな事業においても術式・スキルのあるなしは決定的な差となるのは明白だ。
千年の間にほとんど使い手がいなくなっているという事は、一からの「教育」が必要なのだ。
才能をある者を集め、伸ばし、問題なく運用できるように育て、社会に貢献してもらう。
千年間途絶えていた現状での才能ある者の選別は、大人も子供も関係なく行う必要があるだろう。
そのために「浮島」を一つ「王立魔術学校専用」とし、学び舎から演習場、宿舎に至るまでをすべて集約させる形で計画は進行している。
皇都ハルモニア上空で行われているその作業はすでに有名で、王族貴族の子弟はもちろんのこと、世界中の我こそはと言った者たちが「入学試験」に備えているらしい。
まあ「合格」すれば「浮島」で数年単位で暮らし、術式なりスキルなりを身に付けて世に出るのだ。
自分に自信のある者で、目指さない者はいないだろう。
「王立魔術学校」とは称しているものの、術式・スキルに特化したものではなく、各ジャンルの学部を創設し、最高学府として成立させる事を目指しているらしい。
「なんかいいですね、「王立魔術学校」って。私も入学したいかもです」
「我が主と級友とかっていいですわね、確かに」
「王立魔術学校」用「浮島」に移動し、建設中の「学び舎」を目にした夜とクレアが思わずという感じで内心をこぼす。
うん、わかる。
俺もここで、夜とクレアと「学生生活」とか送れたら楽しいだろうなあって想像してた。
でも俺達だと「先生」役になってしまうんじゃなかろうか。
下手すりゃ「校長先生」だよな。
そんな学園モノは嫌だ。
「でもまあ、シルリアの入学は決定しているんだよな。先生も同時にやるみたいだけど。術式・スキルにおいては先生で、他の勉強に関しては生徒だってさ。「王立魔術学校」に箔を付ける意味でも、「天空城騎士団」兼現ウィンダリア皇国皇女のシルリアは最適なんだと」
それとこれはまだ未定だけど、先生の元締めとしてアラン・クリスフォード――アラン騎士団長が候補に挙がっているらしい。
思わず笑ったが、考えてみれば適役だ。
元々大国ウィンダリア皇国の騎士団長であり、今は、「天空城騎士団」の一角でもある。
「宿者」、「異能者」を除けば突出したレベルとスキル・術式を誇り、人望も人脈も、適度な年齢も備えている。
「校長先生」だな、アラン騎士団長。
元に戻った方が様になるんじゃないのか?
「いいなあ、シルリア。シン君、私たちも先生兼生徒は無理ですか? まだまだしないといけないお勉強は多いと思うんですけど」
「そうですわねえ、我が主であれば校長兼生徒とかもできそうですわね」
「いや、無理あるだろ……」
でもいろんな問題が解決した暁には、それもいいかもしれない。
「王立魔術学校」で学び、放課後や休日は「冒険者ギルド」で依頼を受けて冒険し、長期休暇には旅をして、まだ知らない場所を探索する。
四季折々のイベントを、夜とクレアと一緒に経験してゆく。
級友にフィオナとシルリア、神竜。
校長先生はアラン騎士団長で、「冒険者ギルドマスター」のヨーコさんが客員教授として女教師ポジションだな。
「生徒会」とかもいいかもしれない。
生徒会長 クレア
副会長 夜
会計 フィオナ
書記 シルリア
補佐 神竜
とか見てみたい。
この生徒会、絶対夜が実権握ってるよな。
俺は生徒会には入らないただの一般生徒で、生徒会の起こす騒ぎに巻き込まれていく役どころで。
「シン君、シン君、帰ってきてください。笑顔がちょっと怖いです」
「よっぽど楽しい想像ですのね……ちょっと聞いてみたいですわ」
……ああ、入学式イベントあたりを具体的に妄想してた。
我ながら怖いわ、なんで俺と夜とクレアが知らない人同士で出会ってるんだ。
勘弁してください。
さすがの君らでもきっと引きます。
でもあれだ、全てを解決さえすれば、無い未来でもないんだ。
そんなことを言ったら、アデルに盛大に溜息つかれるだろうけど。
「いや、無理あっても楽しいかなと思ってさ」
「ありですよね、学校生活」
「我が主が入学するなら当然私もお付き合いしますわ」
本当に考えてみてもいいかもしれない。
でも今はそういうバラ色の未来の想像よりも、目の前の灰色の現実に対処だ。
「王立魔術学校」設立に関しても、「古よりの法」とやらを盾に、自分たちの都合のいいようにしようという連中がいるらしい。
今日の「現場」めぐりをアデルに頼んだ際、アデルの方からお願いされた案件がこれだ。
直接、彼らの蒙を啓いて欲しい、とは教育ネタだけにうまくいうもんだと感心したが、まあぶっちゃけていえば力ずくで黙らせてくれという事だろう。
まあ適材適所という事だよな、これも。
一部完成している「学び舎」の一室に足を踏み入れると、そこにはアデル対多数の人間が、会議というよりも言い合いみたいになっている。
「世界会議」でも見た事のない顔だ、何がそんなに気に入らないのか。
突然入室した俺達を確認して、皆が一斉に押し黙る。
当然反対者には伝えていないわな、今日俺達がここに来ることは。
ちょっとずるいやり方だけど、効果的であることは確かだ。
今までアデルに向かってがなり立てていた言葉に自信があるのであれば、俺が居ようが居まいが関係ないはずだしな。
「これはシン様、お見苦しいところを。本日は何用でございましょうか?」
わざとらしいというか、こう言うのを自然に出来るのがすごいよ「政治家」は。
朝「映像窓」で自分から頼んでおいてのこの対応に、夜とクレアも目をぱちくりさせている。
「ひ、卑怯な、虎の威を借りるとは……」
「し、知らされておらぬぞアデル代表。このようなやり方は……」
えらく動揺している。
みな総じて若い、おそらくは貴族の立場にある人たちなんだろう。
いや思うんだけどさ。
現実において虎の威を借りられる人って、虎と合意形成出来てるんだから虎と同じなんじゃないかな。
卑怯かそれ?
本来の意味通りに使っているのだとしたら、「やーい虎のばーか!」って事だから夜さんとクレアさんが切れます。
それに俺が来るのを知ってたら言わない意見に、価値なんかあるのか。
「シン様、違うのです、これは……」
うん、別に君たちから説明してもらわなくてもいいかな。
慌てて弁明をはじめようとした連中の前に、「ログ窓」が現れる。
アデルとの会話内容が全て表示され、俺が禁じている事に抵触した発言が抽出される。
彼らはつまり、良いところのご子息連中という事だ。
『奴隷と同じ学校になんか行けるか』
『亜人と級友など認められん』
『国に貢献してきた我々の身分なら、試験は免除でしかるべきだ』
『そもそも我が子爵家は……』
『奴隷や亜人は話にならんが、そもそも平民が我らと同じ場所で学べると思いあがるなど……』
ほんとにもう、大丈夫かなこの人たち。
お父さんも「世界会議」に参加していないクラスの、そのご子息な訳だ。
お父さんたちは、貴族社会の親分筋から「バカやんな」って強く言われてるから大丈夫でも、息子さんたちはこんな行動に出ています、と。
君たちのお父さん、この事実知ったら卒倒するんじゃないかな?
というかアデル、こんなのの対処に苦労なんかしないだろお前なら。
一喝して終わりなのに、こんな場を持ったというのはあれか。
下級貴族に対する弱みを大量に握って、その親分たちも制御しやすくするためか。
つまり朝の弱った表情も演技だったって事か。
「――俺は、禁じたはずだな」
別に迫力出してしゃべっちゃいないけど、夜とクレアが怖い空気出してるので皆さん沈黙を守っておられる。
見た目は少年と美女二人なんだけどな。
怖いだろ、二人が怒ってると。
そうじゃなければ甘く見て自身の破滅につながる暴言吐きそうだもんな、この人たち。
夜とクレアは意外とやさしい。
「今回の件は見なかったことにする。ログはアデル代表に渡すけどな」
俺の言葉に、ほっとしたと同時に動揺した空気も生まれる。
言わされた訳でもない自分たちの発言を、記録に残されたからと言って動揺する時点でどうかしていることに気付いたほうが良いと思う。
「あとな? 入学は強制ではないんだから、嫌なら受けなければいい。入りたければ試験突破して入ればいい。当たり前の事だ、違うか?」
何でこんな当たり前のことが解らなくなるんだろうな。
やっぱり教育って怖いと実感する。
彼らだって、悪く作用した「貴族教育」の被害者であるともいえるのだ。
どうにも同情する気に慣れないが。
今日行った比較的世代の浅い元奴隷の人たちと違って、代々奴隷だった人たちの思考と同じく、代々貴族だった人たちはこうなってしまうのかもしれない。
こう言うのを「力ずく」だけでなく、ちゃんと是正していってこその改革なのだろう。
あ、アデルのやつ、これを狙っての仕込みだったのか。
俺達に数世代にわたる教育の結果を「実感」させるのが目的で。
俺達が極端な「断罪」に走れば、止める気だったんだろうな。
「改革」の実感を得たい俺達に、「感謝」を返すであろう世代の浅い元奴隷の開拓地へ向かわせる。
「改革」の弊害を、俺達が呆れられるような実例で知らしめる。
これが逆だと、少なからずへこむだろうしな。
解放してあげたと思い上がりかねない状況で、感謝を向けてもらえるはずのその相手から不安を告げられたり、主人から離されたことへの怒りをぶつけられる。
人々から搾取するだけの存在だと思い込みがちな「貴族」達の、ずっと人々を支えてきたやり方が、俺達の「改革」のために立ち行かなくなっている現実を突きつけられる。
仕方がないことだと納得させながらも、やっぱり落ち込むだろう。
それはこの「改革」の中心である俺達にとって、不必要な情報だと判断したのだ、アデルは。
朝の「事前に……」というのも、こっちの意味合いが強いのかもしれない。
十代の少年の考える事じゃないなあ。
でも俺達以上に俺達の力を上手に使ってくれるのも確かだ。
俺達は虎でいい、合意形成が取れているのなら、アデルの指し示す方向へのっしのっし歩く役でいい。
「ありがとうございます、シン様」
「……こちらこそ」
得難い人物が、俺達と同じ方向を向いていてくれるのはありがたい。
でも俺の返事で、自分の意図に俺が気付いたことを察して、驚いた顔をするのはさすがに失礼じゃないかな?
「……今、シン君が軽くバカにされたような気がします」
「……アデル君には、驚いた表情の意味を説明してもらいますわ」
君ら凄いな。
というかこの程度の台詞でどんだけ真っ青になるんだアデル。
そこまで脅されたのか、この前。
「馬鹿になんかされてないよ。むしろ感心されたんじゃないかな?」
「そうですの?」
「そうなんですか?」
「俺がそう感じてるんだから、それが正解じゃないの?」
「……ですね」
「反論の余地はありませんわ」
めちゃくちゃホッとしてるなアデル。
まあ頼りになる少年宰相だ。
今後も大変だろうけど、よろしく頼む。




