第85話 万里の一歩
夜とクレアを伴って、俺達の判断に従って発生しているあらゆる変化の「現場」を回る。
昨日の「冒険者ギルド」での一幕を経験し、それが必要だと感じた。
昨夜、二人の手作り料理を食べつつその事を話すと、二人とも同意してくれた。
ちなみに夜の手作り料理は「肉じゃが」、クレアの手作り料理は「ハンバーグ」だった。
子供みたいだが、両方とも俺の大好物だ。
いろいろあったサイドメニューは二人の合作とのことだった。
「甲乙つけがたい」などという逃げを二人は赦してくれず、明確に判定を下さねばならなかった。
勝者はクレア。
技術や込められた気持を数値化する能力は、さすがに「神の目」にも備わってはいない。
そういう事じゃないしな、この「勝負」は。
そうなると「選択した料理」のアドバンテージがもろに出る。
和食系が得意な夜と、洋食系が得意なクレア。
となれば、どうしても家庭料理では洋食系が好きな俺に対してはクレアが有利となる。
出汁や食材などそりゃあ手間暇かけてくれた、とてもおいしい「肉じゃが」だったけれど、凝ったソースと肉汁たっぷりのハンバーグに、悩んだ末に軍配を上げてしまった。
宣言後、勝ち誇るクレアの足元に膝をついた夜が悔しそうに言っていた。
「家庭料理の奥義ともいえる「肉じゃが」でまさかの黒星。相手が「ハンバーグ」であれば仕方ないかもしれませんが……御寿司や御鍋なら!」
うん、とはいえ夜に「何握りましょう?」とか聞かれてもな。
鍋やると、他の食べ物食べる余裕もないし。
食べきれる量の二品を出して勝負となれば、少々夜は不利だな。
「ほほほ。一品料理での勝負なら、我が主の好物である「ビーフシチュー」も「カツレツ」も「デミオムライス」も残っておりますの。連勝を狙いますわ」
悔しがる夜にクレアが投げた言葉である。
女同士の戦いというには微笑ましい上に、俺にとってありがたすぎる話だ。
たまには俺も「男料理」を頑張らなきゃならないかな。
「料理スキル」でつくるのではない以上、二人みたいに上手にはできないと思うけど。
……ちゃんと「手作り」であそこまで作れるって、すごい話だ。
もっと感謝しよう。
朝起きてから、「現場」を回ることをアデルに告げたら苦言を呈された。
「そういう事は事前に、せめて数日前に知らせてください」
とのこと。
解らないでもないが、別に抜き打ち検査で咎めに回るわけじゃないんだから。
と思っていたのだが。
「抜き打ち自体は悪いことではないのです。ですがシン様の立場で、我々に全く告げずに行われるといろいろとその、問題が」
こう言われて大いに反省した。
そうだよな。
俺が突然現場に現れ、現場の責任者やその場の者たちがそれを知らないことはまあ良いとしても。
管理運営する立場の者たちもそれを知らされていなかったとなれば、俺が「世界会議」を蔑にしていると取られても不思議はない。
「絶対者」に軽んじられていると取られた「世界会議」に、従わないものが出る可能性がある。
それを俺自らが率先してやるようでは、アデルに苦言を呈されても仕方がない。
ちゃんと謝罪し、今後は事前に伝えることを確約した。
「わかってくれたのなら、それで充分です」
との言葉とともに、朝一からアデルが手配をしてくれたおかげで、俺達は予定通り「現場」を回ることが可能になった。
まず俺達が向かったのは奴隷から解放された人たちの「開拓現場」だ。
「大侵攻」を退けた際に、広大と言っていい魔物領域の解放がなされた。
そこの開拓と入植を、「奴隷解放」によって、奴隷ではなくなった人々にやってもらっている。
豊かな土地だが、即収穫を望める訳もない。
初期投資に関しては、完全に「世界会議」が行っている。
奴隷から解放された人々が当面生活していくために必要なものや、教育の準備など、やらねばならないことは山積している。
「思ったより、ずっと活気がありますねシン君」
「物凄い勢いで、みんな働いてますわね」
夜とクレアの言うとおり、すごい勢いというか、熱気だ。
各所で建物が建てられ、森の伐採が行われ、畑の開墾が行われている。
かなりの人数が動いているにも拘らず、無駄が出ないように効率的に人が配されているようだ。
家を建てたり、水路を整備したりといった専門的な知識、技術が必要な作業は「世界会議」に雇われた技術者達の指示の下、単純な力仕事の部分を解放された人たちが行っている。
自分たちが住む家、自分たちが食べるための田畑、自分たちの暮らしをよくするための水路やその他諸々の必要なこと。
それをみな、一生懸命造っている。
現場の総監督の立場にある者は、「世界会議」から知らせを受けているのだろう、緊張気味だ。
まあそれはしょうがないだろう。
一生懸命やってくれているのはよく伝わってくる。
俺達の脇を、数人の子供たちが笑いながら駆け抜けてゆく。
暫定設置されている「学校」へ行くのだろう。
この子たちも「元奴隷」であったのかと思うと、「解放」そのものは間違っていなかったと思える。
あとは無責任に放り出さず、皆が幸せになれるようにしていけばいい。
圧倒的な経済的広がりを見せているこの状況なら、不可能ではないはずだ。
「学校」と言えば、「教師」不足が深刻だとの報告も受けている。
子供のみならず、大人にも教育が必要な状況で、リィン大陸全土でこのような開拓、入植が行われているのだ。
一カ所に一人の教師でも相当な人数が必要になる。
その辺は、上手く「映像窓」を使って解決する計画が、アデル主導で進んでいるはずだ。
はやく形になって欲しい。
何事もそう簡単には進まないだろう。
でもこの光景は確実に一歩一歩前進していることを感じさせてくれる。
万里の道も一歩から。
困難だ、不可能だと騒ぐばかりで踏み出さなければ、永遠にたどり着くことなど出来はしない。
問題もあるだろう。
躓くこともあるだろう。
それでもこうやって、「一歩」を目の当たりにするのは嬉しいことだ。
「はやく、ここが街になればいいな」
「そうですね」
「そうですわね」
じっと眺めていると、土地を開墾している一団の方でちょっとした騒ぎが起こる。
何人かがその場へ集まっていくが、問題は解決していないようだ。
「どうした?」
夜とクレアを伴い、その場所の責任者らしき人に尋ねる。
さすがに全ての現場責任者にまで話は通っていないようで、役人の服を着て、フードで顔を隠している俺達を、「世界会議」の視察団か何かと思っているらしい責任者が答えてくれる。
「ああ、よくあるんですがね。ごっつい岩とか、人の手じゃどうにもならんのが在ったりするんですわ。なんとかしようとは試みるんですが、一開拓地に魔力やスキル持ちの方を常駐させる訳にもいきませんで、中央に連絡して「冒険者」様待ちですなあ」
ああ、成程そういう事か。
森を切り開くにも厄介な大木が在ったり、土地を耕すにも大きな岩とかあったりで、そう簡単には進まないわけだ。
そう言う障害物を排除するために、「世界会議」から「冒険者ギルド」へ依頼という形で仕事が行き、なんとかできるスキル持ちや、「冒険者ギルド」で魔力を補充された術者である「冒険者」が派遣されるという流れなんだな。
「冒険者ギルド」がこう言う機能の仕方をしていると、少しうれしい。
フィーロ達もこういう現場で地道に実績を積めばいいのだ。
魔物を倒して一攫千金ばかりが「冒険者」じゃない。
スキルや術式の行使でも、強くはなって行けるんだし。
だが今回はせっかくここに俺達がいるのだ、少しは役に立とう。
「冒険者」たちの食い扶持を減らすのは申し訳ないが、ここは効率優先で。
「いいよ、今回は俺がなんとかしよう。このあたり一帯が開墾予定地なんだな?」
俺の申し出に、現場監督は驚いた表情を見せる。
まあそうだよな、普通視察団の人間が「冒険者」と同じことを出来るとは思うまい。
自分が出世したポジションの人間くらいにしか思っていなかったはずだ。
「は、はい。視察団の方は、魔力かスキルお持ちなんですか?」
「うん、まあね。このあたり一帯から人を遠ざけてもらえるか?」
「そ、そりゃもちろんご指示とあれば。しかしこんな広大な土地、たった三人でどうなさるおつもりですか? 「冒険者」様でもこのくらいの岩砕くとなれば大仕事ですよ?」
地中に埋まっていた岩は五メートル四方くらいを晒しているが、全体はもっと大きいだろう。
これは確かにスキルで砕くにしても、「冒険者」のミドルレベルだとそれなりに大変だろう。
怪訝な表情をしながらも、中央からの視察団と思っている俺達の指示に従って、数km四方にわたる開墾予定地から、全ての人がいったん離れる。
何が起こるのかと興味を持った、この開拓地の人々が手を止めてこちらを観察しているのがわかる。
ほったて小屋のような「学校」から、子供たちも出てきてこっちを興味深そうに見ている。
「夜」
「はい」
俺の声に従って、夜が「土の精霊」を召喚する。
無数に現出した「土の精霊」が、広大な土地全てに広がってゆく。
「こんなもんですね」
開墾予定地全体へ広がった無数の「土の精霊」が光を発し、地中に埋まっていた岩や巨大な岩盤を掘り起こし、空中へと浮かばせる。
見守っていた全ての人々から、驚愕の声が漏れる。
術式の行使を目にする機会なんて、ほとんどないんだろうから無理もない。
確かにこの広大な空間に岩が無数に浮かんでいる光景は驚愕に値するだろう。
「クレア」
「承知ですわ」
続けて声をかけたクレアが、返答と同時に「聖光」を発動させる。
ロックオン対象を空中に浮いている岩に設定し、クレアの背後から無数の光の矢が放たれる。
着弾した端から、天空から降り下る「光の柱」に貫かれ、無数の岩はあっという間に砕かれて消える。
一瞬の出来事だ。
最初ぽかんと口を開けていた人々が、我に返って一斉に称賛の声を上げ始めた。
「すげえな! 数か月かかると思ってた作業がものの数秒で終わったぜ」
「なんなんだ、最近の「冒険者」様はこんな破格な連中も出てきてるのか?」
「なんにしてもありがてえ、助かったぜ「冒険者」様方!」
口々に驚きと感謝の言葉を投げてくれる。
大人たちは、自分たちの仕事が大幅に進んだ事実に大喜びだ。
子供たちは、捗った作業よりも、いま目の前で発動した術式に大興奮。
先生らしき人が止めるのにも構わず、こちらへ向かって走り出している。
夜とクレアがやや誇らしげに胸を張っている。
いいよな、術式格闘士である俺では、こう言う作業に向いたスキルも術式もあんまりない。
「累瞬撃」で数km四方を岩砕いて回るのも滑稽だしな。
「すげええ! どうやったの? 今のどうやったの? 俺にもできる?」
「ぴかぴか光って綺麗! すごい!」
「かっけえええ! 絶対俺も「冒険者」になるんだ! かーちゃんに言ったらぶん殴られたけど」
「私もなるよ、「冒険者」に。その時はルリオも仲間に入れたげてもいいわよ?」
「うるっせーミリア。女なんかと組めるかよ。なー、ディール。俺達が組めば無敵だよな!」
「うん!」
俺達の所まで駆けてきた子供たちが、興奮状態で言葉をまくし立てる。
そりゃ子供にとっては、「冒険者」は憧れだろう。
それも目の前であんな派手な「力」を見せられて、興奮するなという方が無理だ。
たぶん自分たちが「奴隷の子」であった事なんて大人よりも早く忘れ、次の世代を担ってゆく。
そうなるように俺達もやれることはやらないとな。
「お? そんなこと言っていいのかルリオ、ディール。今のやったのは女の子だぞ?」
思わず話しかけてしまった。
「え?」
ルリオとディールだけでなく、駆け寄ってきていた子供たちの視線が集まる。
「だろ? 夜、クレア」
「そうですね、シン君。ルリオ君、ディール君、そんなこと言ってたらモテなくなっちゃうぞ」
「ふふ、ミリアちゃんももうちょっと素直に誘ったほうが良いですわ? 男の子は存外鈍感ですのよ? ね? 我が主」
はいごめんなさい。
夜とクレアがフードを外すと、子供たちの顔が驚きに変わる。
こんな子供たちでも、「救世神話」に描かれる夜とクレアは知っているのだ。
「うわすげえ! 「吸血姫夜」と「聖女クレア」だ! 本物だ!」
「こらルリオ! 様付けないと駄目でしょ! ごめんなさい夜様、クレア様」
「うわー、とーちゃんに自慢しよ、とーちゃんクレア様のファンつってかーちゃんにぶん殴られてたからな、絶対に羨ましがる」
「夜様、綺麗……」
ひとしきり大騒ぎした後に、全員が俺の方を見る。
子供だって馬鹿じゃない、夜とクレアを連れて歩けるのは誰かなんてすぐ理解する。
それに夜とクレアが、俺の名を口にしてるしな。
「我が主」は違うか。
「ってことは、兄ちゃんが「シン様」なんだな?」
どうやらルリオがこの子供たちのリーダー格のようだ。
ルリオの質問に口をはさむ子供はいない。
俺もフードを外し、ルリオに応える。
「救世神話」の絵とのあまりのギャップにがっかりしなければいいけど。
「そうだ。俺がシンだ」
何か言われたり、違いに対して笑われたりするのかと思ったが、驚いたことに子供たちは真面目な顔で俺を見つめ続けている。
「とーちゃんとかーちゃんが言ってた。シン様が自分たちを「奴隷」から解放してくれたんだって。俺達は「奴隷の子」ばかりで暮らしていたからよくわかってないけど、とーちゃんとかーちゃん泣いてた。俺らが奴隷として生きていかなくてよくなって、本当に嬉しいって。なんかどうしていい解らないって文句言ってた人たちもいたけど、ここでがんばってるとーちゃんたちは、みんなシン様に感謝してる。だから――」
そこまで言って、他の子どもたちを見まわすルリオ。
全員で頷き合った後、俺の方へと向き直る。
そうして他の子どもたちと一緒に、一斉に頭を下げる。
「ありがとうございました!」
ぴたりと揃った、感謝の言葉。
不覚にもちょっと動揺してしまった。
子供だけど、しっかりしている。
すごいな。
「……どういたしまして」
俺が動揺しているのを一発で見抜いた夜とクレアが笑いをこらえている。
何とも間の抜けた返事をしてしまったが、しょうがないだろう、予想外だったんだ。
俺の返事を受けて、子供たちが一斉に顔を上げる。
「それでシン様! 技教えてくれよ! すげえ強いんだろシン様。弟子にしてくれ!」
「俺も頑張れば「天空城騎士団」入れるかな!?」
あっという間に纏わりつかれた。
子供たちの騒ぎから、俺達の正体に気が付いた大人たちも出始める。
一番びっくりしているのは、さっき話してた現場監督だ。
悪気はなかったんだよ、ごめんな。
ひとしきり子供たちの相手をした後で、次の「現場」へ向かう。
次は、「魔術学校」の建築現場だ。
「よかったですね、シン君」
「ちょっと見ないくらいの笑顔でしたわ、我が主」
「うん」
上手く行っている事ばかりじゃないのは理解しているつもりだ。
それでも今日、ここの現場を見れてよかったと、そう思う。




