第84話 ギルドの風景 下
しばらくの移動を経て、「薬草収集」に適した西サヴァル平原中央近くの森に到着する。
此処には質のいい薬草が大量に生えているのと同時に、好戦的魔物である「ガルフ」もそれなりの数が湧出している。
薬草をさっと収集して、さっと離脱しなければ、まず間違いなく絡まれる。
とはいえレベルでいえば3平均くらいなので、レベル1でもフルパーティーであればさほど問題はない。
クエストクリアに必要な数の薬草を採集していると、案の定絡まれた。
「きました、好戦的魔物である「ガルフ」です。皆さんなら十分倒せるで相手です」
「任せとけ!」
威勢のいい掛け声とともに「ガルフ」に突っかけるフィーロとリッツ。
片手剣と盾を使いこなすフィーロがターゲットを取り、死角からリッツが連撃を叩き込む。
リルカ、ターニャ、サーシャは短剣で、ターゲットが来ない程度に「ガルフ」の体力を削る。
なるほど戦い慣れている。
陣形と言い、要所で行う連携と言い、魔力がないことを前提とした五人での戦い方は、充分にこなれていると言っていい。
これが魔物ではなく、ただの獣であれば狼の群れくらいには対処できるだろうし、熊のような単体相手であれば危なげなく狩れるだろう。
「狼の巣」を名乗っても、故郷で馬鹿にされることなどなかったはずだ。
さしたるダメージを受けることもなく、まもなく「ガルフ」を倒すことに成功する。
さすがに一匹でレベルは上がらなかったが、自信を得るには充分だったようだ。
「ほら見ろ! 魔物だって俺達「狼の巣」にかかればこんなもんだ! 見てただろジン。これでCランクは間違いないよな、俺達も」
額に汗した、うれしそうな笑顔でフィーロが俺に確認を取ってくる。
他のメンバーも、疲労はきつそうだがみな嬉しそうだ。
俺は手を出さないでくれと言われていたので、一切出していない。
そんな必要がないくらい、手慣れた戦いであったことは確かだ。
確かにこのまま「ガルフ」を「冒険者ギルド」に持ち替えれば、ランクC認定は固いだろう。
持ち帰れれば。
「そうだね。でも次が来るよ」
「――え?」
魔物、なかでも好戦的魔物で最も恐ろしいのは単体での戦闘力ではない。
怖いのは各種の敵対意志共有、いわゆるリンクだ。
視覚による物はまだましで、聴覚や臭覚によるものの範囲はかなり広い。
特に狼系などの視覚臭覚双方を備えた魔物を、同種が大量に湧出している中で倒した場合、同族の血の匂いに反応して大量のリンクを発生させる。
故に「魔物狩り」を対象にしたクエストは、B以上のランクが必要とされる。
それが解っていない「冒険者」は、数の暴力の前に屈することになる。
森から「ガルフ」が二匹飛び出してくる。
焦った表情ながらも、フィーロとリッツがそれぞれのターゲットを取り、連携してなんとか削ってゆく。
さすがに無傷とはいかなかったがなんとかその二匹も倒しきった。
フィーロとリッツのレベルが上がる。
「よし、レベルあがった!」
「俺もだフィーロ兄!」
傷を負いながらも、人生で初めて経験するレベルアップに喜ぶ二人。
だが格闘士であるリッツのダメージは深くはないものの馬鹿にはならず、次また二匹が来たら相当に危うい。
それを理解しているターニャとサーシャが青い顔で撤退を主張する。
「まだ薬草集まってないけど、すぐに逃げよう。このまま次々こられたらさすがにまずいよ」
「そうですね。私たちには回復手段がありません。逃げ切れなければジリ貧です」
「そ、そうか、そうだな。うんわかった。すぐに撤退しよう」
フィーロは理解がはやい。
今の状況がどれだけ拙いかを瞬時に理解する。
薬草の収集に拘ることなく即時撤退を決めたのは英断と言えるだろう。
だがもう遅い。
魔物の特性を調べていない事。
ここまで馬などを確保せず徒歩で来たこと。
回復の手段を用意していない事。
最初の一匹に絡まれた時点で「詰んでいる」事にはいまだ気付いてはいない。
「ジン、すまん。逃げよう。俺が間違ってた。ちゃんと調べてからじゃないと魔物狩りは……」
そこまで言ったところで、森から五匹の「ガルフ」が飛び出してくる。
魔物はそれぞれが一人一人に向かうような馬鹿なことはしない。
まず一番弱そうな獲物を集団で狩る。
今そう判断されたのは女性陣ではなく、もっともダメージの大きいリッツだ。
五匹全てがリッツに殺到する。
「リッツ!」
リルカの悲痛な声が響くが、それで「ガルフ」が足を止めることなどない。
フィーロが慌てて一匹のターゲットを取るが、女性陣ではターゲットを取るほどの攻撃を与える手段がない。
たとえターゲットを取ったとしても、一対一ではやがてやられるだろう。
そして戦いが長引けば、新たな「ガルフ」が現れるのだ。
この時点でやっと、フィーロは自分たちが「詰んでいる」ことを理解した。
「あ……」
絶望的な表情を浮かべるフィーロ。
一瞬縋るような視線を俺に向けるが、すぐに謝罪の言葉を口にする。
「ジンすまん。調子に乗った俺ら、いや俺がお前まで巻き込んじまった。なんとかお前だけでも逃げてくれ。ここをどうにかするとは言い切れないけど、本当にすまん。――リッツ、ちょっとだけ耐えろ!」
そう言って五匹が殺到するリッツに向けて、ラッシュで突撃をかける。
ここへ連れてきた俺へ恨み言の一つも言わず、「巻き込んだ」との認識で謝罪する。
どうしようもない状況だけど、自分で出来る限りは何とかしようと、少なくとも最初に死ぬのは自分と決めたような行動だ。
悪いやつじゃない。
でもパーティーリーダーってのは、良い人ならそれでいいってもんでもない。
もっと慎重じゃなきゃダメだし、もっと警戒しなくちゃだめだろう。
さっき会ったばっかりの俺に言われるまま、死地にのこのこ仲間連れて踏み込んじゃだめだ。
ここに連れてきたのは俺だし、偉そうにいう事ではないけども。
実際、運がよければ、薬草収集して、「ガルフ」二、三匹倒して撤退できる可能性も充分あるのだ。
運が悪ければこうなるが。
さて……
「――だから言っただろうが、ド新人!」
おや?
その言葉が聞こえると同時に、リッツに向かっていた「ガルフ」五匹のケツに、同時に矢が突き刺さる。
狩人の攻撃スキル、「同時多数射撃」だ。
それぞれ一撃では倒しきれなかったようだが、「ガルフ」にとって無視できるダメージではない。
ターゲットを狩人――
――「冒険者ギルド」を出てから、ずっと狩人の行動スキル「隠行」で俺達についてきてくれていた、デリオさんに変更する。
殺到してくる「ガルフ」に、慌てることなくもう一度「同時多数射撃」を放つ。
全弾が「ガルフ」の眉間に命中し、同時に五匹が倒れた。
「狼の巣」のメンバーが、信じられないタイミングで現れた救世主を、呆けたような表情で見つめる。
「冒険者ギルド」で自分たちの無謀を諌めてくれた先輩冒険者。
言う事を聞くどころか、生意気を言って出て行った新人を、危なっかしいからと見守ってくれていた。
「ったく、「狼の巣」が狼の魔物にやられてちゃ立つ瀬がねえだろがよ。「冒険者」がバカで弱いなんて噂を、今立てられるわけにゃ行かねーんだ。しゃんとしろおい!」
助かった事実に呆然となるフィーロ他「狼の巣」のメンバーに、デリオさんが大声で活を入れる。
嫌味はなく、テレと思いやりがその声にはある。
うわー、かっこいいなあデリオさん。
これ見てたらリリーナさん惚れてくれるかもだよ。
「冒険者」の危険度を理解してもらった上で、今後も上手くやっていくにはこの方がずっといい。
俺のやろうとしてたやり方はあまりにも嫌味っぽいし、我ながらもうちょっと他の手段ないかなあと思ってたくらいだったし。
「あ、ありがとうございます! さ、さっきは生意気言ってすいませんでしたぁ!」
我に返ったフィーロが、大声で感謝と反省を告げる。
他の「狼の巣」のメンバーも一斉に頭を下げている。
「死」を生々しく感じたせいで、女性陣は泣いているし、フィーロとリッツも涙目だ。
俺も頭を下げた。
頭を下げる俺をちらっと見たデリオさんが、言葉を続ける。
「あー、まー、なんだ。「冒険者」の新人なんてあんなもんだ。だけど馬鹿やりゃあ死ぬのは自分だけじゃなくてパーティー全員になるし、事と次第によっちゃ他人も巻き込む。止めた手前、最後までケツ持っただけだから気にすんな。次に活かせ。俺もばかやって同じように先輩に助けられた事がある。次はお前らが誰か後輩助けてやれや」
らしくないと思ったのか、赤面している。
それでもなお言葉を繋ぐ。
「それになあ、俺ら「冒険者」とか偉そうこいてっけど、この前の「大侵攻」なんて為す術無かったのが実際なんだよ。無我夢中で目の前の敵ぶっ叩いてる間に、「大先輩」がなんとかしてくれたってのが事の真相だ。その「大先輩」が「ド新人まもったれや」つーから俺らはそれに従ってんだけ。それだけ。以上」
早口言葉のように言い切って、くるりと背中を向ける。
「もたもたしてっとまた来るぜ。さっさと撤退だ。おら、「隠行」かければもう大丈夫だから、けーるぞ。ギルドで一杯やろうや、奢ったるわ」
かっこよすぎるだろうデリオさん。
ほんとなら俺も一緒に呑みたいけど、今日は夜とクレアのがご飯作ってくれてるからなあ。
『シン君、出来ました! 会心の出来です! 冷める前に帰ってきてください、いやこっちから行きます』
『我が主、これは勝負ですの。夜のとちゃんと食べ比べてくださいな。これはきっちりと結果を出さねばなりませんわ』
はかったようなタイミングで、夜とクレアから念話が入る。
皇都ハルモニア上空に滞空していた「天空城」が、ものすごい勢いでこっちへ移動を開始する。
それなりに距離があったはずなのに、あっという間に頭上まで到達する。
距離あるとはいっても、その程度「天空城」にはあってないようなものだ。
あまりの事にフィーロ以下、「狼の巣」のメンバーの口があいている。
直後、「転移」を使って、夜とクレアが俺の左右に現れる。
「シン君、シン君、勝負です。クレアと決着を付けねばなり、ませ、ん?」
「我が主、こればかりは譲れませんのよ? 私の方がおいしいはず、です、わ?」
物凄いテンションで俺の両腕にしがみつく「吸血姫夜」と「聖女クレア」を見て、フィーロ達は呆然を通り越して愕然とした顔をしている。
デリオさんは苦笑いだ。
「映像窓」の届かない故郷に居て、本当の俺の顔は知らなくても「救世神話」に描かれている夜とクレアの顔を知らぬ者はこの世界、リィン大陸にはいない。
その上「天空城」が移動してきて現れたとなれば、疑う余地もない。
という事は、その二人がしがみ付く「自称ジン」とやらが何者かは明白だ。
「あ、あれ? シン君、ここで何してたんですか?」
「あ、お知り合いですの?」
二人とも他人がいるかどうかも確認していなかったらしく、エプロン姿のままだ。
さすがに恥ずかしいのか、声が小さくなっている。
ギギギと音がしそうな様子で、フィーロが無言でデリオさんの方へ顔を向ける。
ため息一つついてデリオさんが答える。
「あー、うん多分大将偽名使ってたんだろうけど、あれ、「救世の英雄」シン様な。危なっかしいド新人に厳しい現実教えてくださる予定だったみたいだけど、俺が横取りしたってこった。びっくりしたろ? 俺も初めて知った時はびっくりしたもんだ」
もう一度ギギギと首を回して、フィーロがこっちを向く。
「騙してすまん。寄ってく?」
頭上にある「天空城」を指さして聞いてみる。
「俺は遠慮させてもらいまさぁ。ド新人どもはお呼ばれするか?」
全員がギギギと首を振る。
「んじゃ、俺ぁこいつら連れてギルドに戻りまさ。よけりゃあこの辺の魔物掃除しといてくださいや、たまにえらい強いの湧きやがるんで。この後苦戦でもしたら格好つきませんや」
苦笑いで告げるデリオさんに了解したと伝える。
「今度奢るよ、デリオさん。いろいろ助かった。フィーロごめんな。赦してくれるなら今度またヨーコさんとこで呑もう」
そう伝えて、夜とクレアとともに「天空城」へ「転移」する。
夜とクレアが腕によりをかけてくれた料理を食べさせてもらわねば。
いつの間にか勝負になっていたとは知らなかったが。
勝者の商品はなんなんだろうな。
「えっと、シン君、何してたんですか?」
「デリオさん以外は、知らない方たちでしたわよね?」
自分の作った料理を用意しつつ、夜とクレアが聞いてくる。
「うん、今日登録してくれた新人冒険者。いい奴らだけど危なっかしいから、現実知ってもらおうと思ってたら、デリオさんが憎まれ役代わってくれた感じ。いやあれカッコ良かったから、憎まれ役じゃないなあ。なんか俺が意味不明の役どころになってしまった感がある」
苦笑いしながら告げると、夜とクレアが興味を持ったようだ。
「食事しながら聞かせていただけますの?」
「聞きたいです」
「うん、俺も話したい。俺が好きな「冒険者ギルド」が、順調に復活していってるのがすごく実感できた。この流れ止めたくないなあと思ったよ」
いい休日だった。
こうして自分たちがやっていることに意味があるんだと、少なくとも自分自身が納得していくのは大事なんじゃないかな。
育成はもちろん大事だ。
でも自分が優先したいと思っている世界を、もっとよく知っておくべきかもしれない。
夜やクレアとこうして仲良くする事。
自分たちの行動が、世界に及ぼす結果をちゃんと知る事。
明日は夜とクレアと一緒に、いろんなところを見て回ろうか。
神竜の艤装完了までまだ日はあるし、武闘大会の準備進捗も確認したい。
書類や映像、口頭での報告ばかりじゃなくて、現地で実際に見てみよう。
「夜、クレア、明日は一緒に……」




